第144話 山田先生

 ガソリン補充、父親の退院、介護施設への移動、レッカーで移動させた車の始末、新しい軽トラの契約。

 事故に遭ってしまったせいでやる事が増えてしまい、本来ならば1日で済むような簡単な用事だったのだが、なんだか面倒な事になってしまったものだ。


 少し気怠くなりながらも身支度を整え、一度外した手首のテーピングと頭の包帯、それにネットを被り直して家を出る。そして、駐車場にある4WDのジープに乗り込み、また事故に遭わない様に気を付けながら出発した。





「もしもし、彩芽あやめです。・・・あのおじさんが家から出ました。・・・ええ・・・はい。分かりました、大丈夫です。ではこのまま監視を続けます」


 敬太の家から死角となる駐車場に車を止め、見張りをしている女がいた。

 助手席には首につけるコルセットが置かれ、誰かと連絡を取っている。


 敬太が家からジープで出ると、通話を終えた女も車を動かし、ジープが進んだ方向に向かって速度を上げていった。






 敬太はまず、有人のガソリンスタンドに行き、ジープと、20ℓのガソリン携行缶にガソリンを入れてもらう。


 窓拭きなんかのサービスをしてもらっている間に、介護施設に連絡を入れ父親を受け入れる準備をして貰った。以前、家に来てもらっていたデイサービスのおばちゃんに紹介してもらった介護施設だったのだが、結構な人気があるらしく、空きが出るのが珍しいって事を聞いていたので、父親が入院している間も部屋代を払い続け、空きにしない様にお願いしてあったので、今回はスムーズに父親の移動が出来るようになっていた。

 お金のチカラに物を言わせ、少しズルしてしまったが、介護施設側も父親の足の骨折に負い目があったらしく、特に反発されるような事は無く話は済んだ。



 給油が終わったので、次に病院に向かったのだが、そこで何故か父親の担当医と話をする事となった。


「こんにちは~」

「あ、先生こんにちは。どうもお世話になりました」

「いえいえ、退院出来て良かったですね~」

「はい、ありがとうございました」


 退院する為に、父親のパジャマやおむつなんかを纏めていると、担当医をしてくれた山田先生が病室に入って来たのだ。


「ん~森田さん。つかぬ事をお伺いしますが、お父さんって昔から怪我の治りが早いとか言われてませんでしたか?」

「え?いえ~、聞いた事ないですね~・・・」


 敬太に緊張が走った。

 これは、父親にハイポーションを飲ませた結果が不自然過ぎたのかもしれない。

 

「そうですか~。じゃあ、好きな食べ物とかって分かりますか?」

「え、食べ物ですか?ん~なんだったけなぁ、あぁそう言えば味噌汁にはうるさかったですね」


 敬太は自然に話が出来ているだろうか?

 ボロが出ない様にポーカーフェイスに努める。


「普通ですね~・・・」

「どうしてそんな事を?」

「いえ、少し気になりましてね・・・」

「はぁ・・・」


 心臓が早打ちし、汗が噴き出そうだ。敬太は嘘をつくのは苦手なのだ。


「では、お父さんの趣味とか好きな趣向品とかは分かりますか?」

「そうですね、父は煙草とコーヒーが大好きで欠かせない物としてましたね。趣味は何でしょう・・・いつも家でゴロゴロしてたので、これと言った物は無かったのかもしれません」

「なるほど、どちらかと言えば不健康な生活ですか・・・」


 まだか?・・・まだこの質問攻撃は続くのか?


「先生この質問には何かあるんですか?」

「いえ・・・いやちょっと聞いておきたかったのです。どうも忙しい所申し訳ありませんでした」


 敬太がもう耐えられないと、思い切って先生に詰め寄ると、あっけなく退散していった。


 先生が病室から出て行くと、敬太の額に一筋の汗が流れ落ちる。

 まさかハイポーションの秘密を探りに来るとは思ってもいなかったのだ。

 きっとあそこで理詰めにされたら陥落していたかもしれない。


 現代社会における回復薬の異常性を改めて認識したのだった。



 担当医の山田先生に質問攻めにされた敬太は、逃げる様にして病院を後にした。

 父親を車いすで運び、とっとと入院費の清算を済ませると、若干早足になりながら駐車場に向かい、乗って来た4WDのジープで介護施設へと向かった。


 山田先生は、何処まで勘付いているのだろうか?


 不思議だなと思っている程度なのか、それとも父親の大腿骨の骨折まで治っているのを確認されてしまい、本格的に怪しんでいるのだろうか。

 余り騒いで目立つような行動をとって欲しくないのだが、もし、先生が騒ぎ出したら「尊師の聖水」の実験者第一号にしてしまうのも、考えに入れておかなくてはならないなと思った。

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