第141話 入院

 朝、目が覚めると病院のベッドの上だった。

 

 交通事故に遭い、頭から血を流していたので検査入院となってしまったのだ。

 現実世界の基準で考えれば、当然の流れだろう。治療をして貰って、体を調べてもらい、異常が無いかを確認してもらって安心を得る。


 しかし、敬太にとっては苦痛でしか無かった。

 ポーションを飲めば頭の傷なんて塞がってしまうのに、頭の傷周辺の毛を剃られ、傷を縫われてしまったのだ。


 頭の傷はパクッと割れた2~3cm程度の裂傷だった様で、3針縫ったらしく、側頭部には500円玉サイズのハゲが出来てしまっていた。

 その後も、頭を打ったのだからと言いCT検査に回され、手首が腫れていたのでレントゲンも撮られた。結果、異常は見られず手首は捻挫と診断された。

 これで帰れるのかと思ったら「後から出る症状もある」とか言われ、様子を見る為に1日泊る羽目になってしまったのだ。


 事故で怪我している事に気が付いた時には、こうやって面倒な事になるのは分かっていたので避けたかったのだが、避けられなかったのだ。あの女のせいで。

 後ろからスポーツカーに乗って追突してきたショートカットで芸能人の女。




 事故現場にパトカーやらが到着して事故処理が始まると、怪我人だった敬太はすぐに救急車に連れ込まれた。

 救急隊員に痛い所は無いかとか、あれこれ質問され、頭の傷を見せると治療する為に病院に搬送すると言ってきたので「大丈夫」「治療しなくていい」と言い、治療拒否の態度を見せたのだが、そこにあの女が割り込んできて「大事にならない様に治療して下さい」と言い出したのだ。

 それでも敬太は態度を崩さず拒否し続けたのだが、最後にはグイグイ来る女と口喧嘩みたいになってしまい、救急隊員さんも微妙な表情になってしまっていたので、仕方が無く敬太の方が折れたのだった。


 その結果、ハゲは作られるし、無駄な時間を取られるし、ゴルは隠さなきゃいけないしで、散々な一泊入院となってしまったのだ。



 ゴルはまだバッグの中で寝ているので、やる事も無くベッドの上でぼんやり考え事をしていると、敬太の個室にノックの音が聞こえ朝食が運ばれてきた。

 昨日の晩にも食べたのだが、病院食はマズいと言うイメージが覆される程美味しくて驚いたもんだ。この品質なら普通に店を出しても客が来るだろう。

 ゴルを起こし、一緒に美味しい朝ご飯を食べながら、そう言えばモーブ達にご飯を用意してなかった事を思い出し、今頃は味気ない保存食を食べているんだろうなと、罪悪感を感じながら朝食を終えた。


 それから、医師による診察が行われたが、何も異常がなかった様で午後には退院してもいいと許しをもらい、ようやく解放してもらえる事となった。



 特に何も無い病室、必要な物は【亜空間庫】にしまってあるので何も不自由はない。あるのは2代目ハードシェルバッグと中に入って静かに寝ているゴルだけ。


 血の染みが出来てしまったシャツも、予備のシャツを取り出せばいいし、パンツもズボンも着替えは一通り、数セット分は予備として【亜空間庫】に入れて持っているので問題はない。

 普通ならば「服を買いに行く服が無い」状態となっていてもおかしくない、交通事故からの入院なので、親族や友達、頼れる人に着替えや必要な物を持って来てもらう所なのだろうが、敬太には必要ないので兄にも入院の事は伝えてなかった。


 ただ、今まで一度も入院した事が無く、始めての入院だったので、変なテンションになってしまったのは許して欲しい。

 入院する際に「パジャマに着替えて下さい」と看護師さんに言われたのだが、パジャマを着る習慣が無かった敬太は持ってなくて、看護師さんが勧めてくれたレンタルの病衣を借りる事にし、甚平の様な病衣を着て入院気分を満喫していたのは仕方が無い事だろう。

 

 そんな訳で、退院するのにやらけばならない事は、着替えと支払いぐらいだった。


 とりあえず、開け放たれているカーテンを閉め、着替えをする事にした。

 男なのでたいした時間は掛からない。病衣を脱いで、畳んでベッドの上に置いて、2日目のパンツを脱ぎ【亜空間庫】から洗ってあるパンツを・・・。


「コンコン」


 間の悪い事に、40近いおっさんがスッポンポンの状態の時に部屋がノックされてしまった。病室が個室だったのですっかり油断していた敬太は、焦ってパンツを履こうとしたが、捻挫している手首に巻かれたテーピングが邪魔をし、いつもの様に出来なくて、かなりもたついてしまい、その間に部屋の引き戸のドアがゆっくり開く音が聞こえて来てしまった。


 これはまずいと、隠れようとしながら「待って」と声を掛けようとしたが、足先に引っかかっているパンツに足を取られ、転んでしまいそうになり、焦って床に手を着けたが、捻挫している方の手を出してしまい、手首に激痛が走り、受け身がとれず、そのままでんぐり返ししてしまった。


「ちょ待っああガアアア・・・」


 きっと敬太の無様な声と、裸ででんぐり返ししたペチンという音が外まで聞こえたのだろう。室内で何かあったのかと来訪者は引き戸を完全に開け放った様だった。


「大丈夫で・・・キャッ!」


 結果、生まれたままの姿で床に仰向けに寝転がるオッサンが現れた。


「す、すいません!」

「・・・」


 敬太はすぐに身を丸め、股間を隠したが、時すでに遅し。

 敬太と来訪者の2人は沈黙したまま動けずに、時間が止まったように見つめ合っていた。


 その間に、一度大きく開け放たれた引き戸は、音も無くゆっくりと閉まって行くのだった。




 来訪者は首にコルセットをはめた、芸能人の女だった。名前は難しかったので覚えてない。

 大きなサングラスをかけ、敬太の一部を見ていた気がする。


 どこから見られたのだろう。でんぐり返しした後からだろうか?

 それともでんぐり返しする前からだろうか?

 どっちにしろダメージがでかい・・・。


 こんなラッキースケベはいらないんだよ!

 敬太は涙を拭きながら着替えを済ませた。

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