第142話 入院2
「ふぅ~」
一息吐いて、少し気を落ち着かせてから病室のドアを開き、先程尋ねて来た芸能人の女を探すと、少し離れた廊下にポツンと佇んでいるのが見えた。
どうやら「変態!」っと言って警察に駆け込むような事は無く、話ぐらいは聞いてくれるらしい。
先程の丸出し事件は事故だと言い張らないと、警察のお世話になってしまいそうだ。
「先程はすいませんでした・・・」
「いえ、こちらこそ確認もしないですいません・・・」
少し気まずい雰囲気になってしまった。
立ち話も何なので、自動販売機がある談話スペースに誘おうと思ったのだが、芸能人の女に先手を打たれた。
「あ、あの部屋に入ってもいいですか?」
「え、あ、談話スペースがあっちにあるんですが・・・」
「出来れば目立ちたくないので・・・」
病室は個室なので、若い子と2人きりと言うのはまずいと思っていたのだが、病院の中でもサングラスをかけるような芸能人の考えは違った様だ。
特にやましい事は考えてないし、相手がいいのならこっちは別に構わない。
「どうぞ座って下さい」
「・・・」
病室に入り、敬太はベッドの上に腰掛け、女には病室にあった丸椅子を勧めた。
だが、女は椅子に目もくれず、サングラスを外すと頭を下げてきた。
「あ、あの本当にすいませんでした」
「あぁ、大丈夫だから、頭を上げて。ほら、椅子に座って、ね」
敬太は慌てて止めさせた。謝罪は事故現場でも聞いているし、もう腹を立ててもいない。これ以上は不要だ。それに、さっきの丸見せの件もあるし、今、謝りたい気持ちなのは敬太の方なのだ。
女は敬太が止めると、コルセットをした首を押さえながら頭を上げて、勧めた丸椅子に腰を掛けた。
しかし、若いのに珍しい子だ。
最近は加害者が被害者に謝罪なんてしないと思っていた。間に保険会社を入れて全て丸投げして、慰謝料が謝罪代わりになると思っていたのだ。
芸能人と言うイメージを大切にする職業のせいもあるかもしれないが、こうやって誠意を見せられると悪い気はしなかった。
「こ、これ良かったらどうぞ」
「あ、どうも」
女は高級ブランドのバッグに手を突っ込むと、缶コーヒーを2本ベッドテーブルの上に置いた。案外気が利く様だ。
「そ、それから、これも良かったら使って下さい」
「え、はぁ、なんかすいませんね」
更に女が持っていた紙袋を敬太に渡してきた。
なんだろうと、中を覗くと新しいシャツやズボン、パンツまでも入っていた。どうやら着替えを買ってきてくれたようだ。
なんだろう凄く気が利いていて嬉しいのだが、押しかけ女房の様にグイグイと迫る感じがちょっと怖い気もする。
「わざわざ、ありがとうございます。気を使わせてしまったようで申し訳ない」
「い、いえ・・・そんな・・・はい」
なんだか芸能人ってもっとハキハキして自己中な奴がなるもんだと思っていたが、椅子に座って申し訳なさそうに小さくなっている女を見ると、そうでもないのかと思えた。
「じゃ、頂きます」
「あ、はいどうぞ」
折角、差し入れに缶コーヒーを持って来てくれたので、一言断りを入れてから口をつけた。
「もてなしを受けたら嫌いな物でも一口は口につけろ」って小さい時に誰かに教えられたのだ。父親だったか母親だったか叔父だったか。今となっては思い出せないが、三つ子の魂百までと言う通り、そんな小さな教えを未だに守っている。
それが嫌って訳でも無いし、別にコーヒーがキライって訳じゃないが、そんな事が頭に浮かんできた。
「しかし、ビックリしたでしょう」
「え、え?は・・・はい」
「あ、いや先程は失礼しました。って、そっちじゃなくて事故の事です」
「あっ!・・・はい・・・」
「もてなしを受けたらちゃんと返す事」とも教わっていたので、少し固い雰囲気をほぐす為に会話でもして、もてなし返そうと思ったのだが、1歩目から躓いてしまったようだ。
「ちなみに見えちゃいましたか?」
「え、えっと・・・はい、見えちゃいました」
そこは答えてくれるのね・・・。
「あの違うんですよ、退院するので病衣から着替えていた途中だったんですよ」
「だ、大丈夫ですよ。分かってますから・・・」
コルセットをした芸能人の女は顔を赤くしながらも、ちゃんと会話をしてくれている。セクハラで訴えないで欲しい所だ。
それから話は事故関係に移り、敬太が救急車に乗って先に現場を離れてしまったので、その後の事故現場の様子や、よそ見してしまっていてブレーキが間に合わなかったと事故の原因を聞いたりした。
この辺の事は、昨日の夕方病室にやってきた警察の人と話をしたので知っているのだが、芸能人の女が自分で話をしたかった様なので、敬太は何も言わずに聞いていた。
そんな感じで、なんだかんだと30分ぐらい話をしただろうか、それぐらいになると女も落ち着いたのか、慣れてきたのか、大分雰囲気が柔らかくなっていた。
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