第139話 玉突き事故
「あいたたたた・・・」
ぶつかった車の動きが収まったので、顔を上げるとパラパラとフロントガラスの破片が落ちて来た。ダッシュボードやシートの上に大量のガラスの四角い破片が散らばっている。
目の前の、手が届く距離にはコンテナの扉があり、軽トラが前のトレーラーにかなりめり込んでしまっているのが分かる。
追突からの玉突き事故か。信号待ちしている時に巻き込まれてしまった形だ。
ようやく今起こった事を把握でき、少し冷静になってくると、ゴルの事を思い出した。2代目ハードシェルバッグに入れたまま助手席に置いていたのだ。
「ゴル!」
「ンニャー」
焦って声を掛けると、衝撃で足元に落ちていたバッグの中から、ちょっと興奮した感じのゴルの鳴き声が聞こえてきた。とりあえず最悪の事態は避けられた様だ。
長年、車を運転してきたが、こんなに大事故は初めてだった。
若い頃に内輪差の意味が分からなくてガリガリと車体擦った自爆事故。渋滞中によそ見をしていて、隣の列が進んだのでブレーキを離したら前の車は動いてなくて追突してしまったおかまほり。それ以来の人生3回目の事故だ。
2代目ハードシェルバッグを足元から拾い上げ、自分とゴルの体の具合を【鑑定】をかけて確かめるが、HPが少し減っている程度で問題は無さそうだった。
車が潰れて足を挟まれているといった様な事は無く、特に大きな痛みとかも無かった。ぶつけた頭がちょっと痛いのと、手首がちょっと痛いぐらいだ。
ポーションを飲めばたちまち治ってしまう程度だと思うが、周りに目がある状況ではそうもいかない。
ちらりと辺りを伺うと、通行人がスマホを構え敬太の事を撮っていた。
写真を撮っている方は何とも思わないかもしれないが、撮られる方の身としては恥ずかしくもあり腹立たしい限りだ。まったく恐ろしい世の中だな。
「ゴルも怪我してないか?」
「ニャー」
ゴルがバッグの中から顔を出して来たので、軽く体を撫で、一応、本当に怪我が無いか手早く確認だけした。
「ゴメンな。もうちょっとだけ中に入ってて」
「ニャッ」
外から向けられているスマホが気になるので、ゴルの露出は最小限に留めた。何かある訳じゃないが、気持ちが悪いのだ。
いつまでもこんなガラスの破片が飛び散る車内に居るのも嫌なので、外に出ようと思い、ギアがニュートラルに入っているか確認しようと、クラッチを踏んだが、がちっと硬くなっていて踏み込む事が出来なかった。どうやら壊れてしまっている様だ。
仕方がないのでサイドブレーキを引いて、エンジンを切ろうと思ったが、衝突の衝撃からか既にエンジンは止まっていた。なのでそのまま鍵を抜きドアを開けようとしたが、今度はドアがひん曲がって開ける事が出来なかった。
「おいおい、大丈夫か?」
その時、急に作業服を着た男に話しかけられた。手を貸そうと近づいて来てくれたのだろうか?
「何とか大丈夫です」
「おい!ドア開かないぞ、出られるか?」
フロントガラスや窓ガラスは全て割れてしまっているので、そんな大声で話さなくても聞こえるのだが・・・。
どうやらこの声の大きな作業服の男は、敬太を助け出そうと来てくれたようで、騒ぎながらも運転席側のドアを引っ張ったり、助手席側に回ってドアを引っ張ったりしてくれていた。だが、軽トラの車体はかなり潰れて歪んでしまってるみたいで、ドアが開く事は無かった。
助けようと差し出された手をわざわざ払うのも申し訳ないと思い、外からの救助を大人しく待っていたが、作業服の男はいつまでもたっても開かないドアに固執していた。
「大丈夫、大丈夫です。自分で出られますから」
いい加減に痺れを切らした敬太は、自力で割れた窓からひょいと外に出てしまった。
「お、お、動けるのか?怪我は無いのか?」
「ええ、大丈夫みたいです。ありがとうございます」
何だか妙に驚かれた気がするが、事故の影響はそれ程ないので体を動かすのに支障は無い。ただちょっと頭から流血して、手首を痛めてるだけ。騒ぐほどの事じゃない。
バックミラーからサイドミラーまで割れてしまい、後ろの状況をしっかり確認出来ていなかったので、外に飛び出てからすぐに車の後ろに目を向けた。
敬太の予想では十中八九、最近流行りの高齢者による「プリムスロケット」だと思っていたのだが、そこにあったのは敬太の知らない高そうなスポーツカーだった。
フロント部分はグチャっと潰れ、ボンネットも捲れ上がり、道路上には様々な部品が散乱していて、それらが衝突の勢いを物語っていた。
車内はエアバッグが飛び出ているのが見え、左側のドアが開けっ放しになっている。運転手が脱出したのだろう。
「こっちに来た方がいいぞ」
外に出て立ち止まり、事故の様子を眺めていると、作業服の男に歩道の方に誘導された。せっかちな後続車が飛び散る破片を避けながら、敬太の脇をすり抜けていたのだ。道の真ん中で立ち止まっていては危険だったのだろう。
歩道には既に結構な数の野次馬がいて、皆がスマホをかざしながら遠巻きに見ている。
野次馬してる他人なんて当てにならないので、安全な歩道まで移動すると敬太は自分で110番する為、ポケットからスマホを取り出そうとした。すると、作業服の男が話しかけて来たのだった。
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