第119話 独裁者

 何処かの小話に「独裁者ボタン」って話があった。


 ある所に独裁者ボタンという人を消せるボタンがあり、それは人を何処かに飛ばすとか、殺すとかそういった物では無く、存在自体を消し去ってしまえるボタンだった。

 そのボタンを手に入れた男は、いつも虐めてくる友人を消し、小言を言ってくる母親を消し、自分だけが楽しい世界を作ろうとした。男に文句を言う様な人間はすぐに消しさり、気に入らない人間はどんどんと消していった。


 絶対的なチカラを手にした男は、次第に増長していき、ついには王様のように振舞い始めた。小さなミスでもすれば気に入らないと消していき、愛想笑いが気に入らないと消していく。


 男は人々を消し続け、気が付くと世界で1人きりになってしまっていたが「これで世界は自分の物だ」と喜び、自由気ままに過ごしていた。だが、ふと些細な事で消してしまった近しい人を思い出し後悔をし始める。「あいつぐらいは残しておけばよかった」と。


 一人寂しい夜を過ごしていき「1人では生きていけない」と今更悟った所で消してしまった者は戻ってくるような事は無く、最後は涙を流しながら孤独な死を迎えた。


 そんな話だった。




 今、敬太がやってしまった事は、正に「独裁者ボタン」と同じでは無いだろうか。気に入らないから殺した。敵対してくるから殺した。

 こんなのは下の下の対処法だ。一番簡単だが、一番どうしようもなく救いも無い。


 冷静に対処すればいくらでも手があったはずなのだ。【亜空間庫】と言うチートの様な魔法があるのだから、少し頭を捻ればどうとでも出来たはずなのだ。


 だが敬太の経験不足、対人戦闘のチカラ不足。弱いくせにゴーレムをばら撒き、無用な敵を作ってしまう考え無し。どれもが下の下の行動で、その結果が目の前に散らばる肉塊だったのだ。


 この1人1人に家族があり、仲間がいて、生活があったはずだ。


 父親の肺炎と骨折があり、初めての異世界文化に興奮し、戸惑っていたからと言って、それらを勝手に奪っていい訳ではないのに・・・。


「はぁ・・・」


 尻餅をついたまま地面から立ち上がれず、長い時間経ってしまっていたが、心が病んでしまい、なかなか再起動出来ずにいた。

 

「ニャー」


 そんな中不意に、傷つき気を失っていたゴルの鳴き声が聞こえてきて、我に返る事が出来た。パッと暗い部屋に電気が点いたように脳みそが動き始める。


「ゴル、大丈夫か?」

「ニャー」


 スポイトで飲ませたポーションが効いたのだろうか、ゴルがコンテナハウスの方からテテテっと小走りで敬太に近づいて来て、頭を擦り付けて来た。敬太は急いでゴーさん達の変形を解いてもらい、ゴルを抱き上げる。


「よしよし。体は何ともないか?」

「ニャ!」


 怖い思いをしたせいか妙に甘えてくるゴルを撫でつつ、体に異常が無いかを確認していく。体のあちこちを触り痛がる場所はないか反応を見るが、膝の上に寝転がりお腹を出しているゴルに怪我らしいものは見られなかった。


「うん。大丈夫そうだね」

「ニャ~」


 甘えん坊将軍になってしまっているゴルを気が済むまで撫でてあげていると、あれ程病んでいた敬太の気持ちも、いつの間にやら落ち着きを取り戻していた。ペットセラピーの効果は思っていたより凄かったようだ。





 さて、どうしようかね?


 ゴルにすっかり癒されて、やっとこ頭が働いてきたので、今からどうしようかと考え始める事が出来た。

 まぁ、考えるといっても自首するか、逃げるかの2択になるのだけど。


 現実世界的に考えれば、人を殺してしまったので自首をするべき所なのだが、異世界的にはどうなんだろうか?今回の様な正当防衛、殺らなきゃ殺られる場面において、異世界ではどう扱われるのかがまったく分からない。


 異世界の知り合いであるモーブの感じだと、追っ手には必ず止めを刺していて、殺られる前に殺るのが当たり前みたいな感じなんだけど、それを鵜呑みにして行動していいのかが分からない。

 平気な顔をして堂々としていればいいのだろうか?分からない。


 かと言って逃げたら逃げたで、後々面倒になりそうなのは何処の世界でも共通だろう。知らぬ罪をも着せられ、後手後手に物事が進んでしまうのが容易に想像できる。


 そうか、それならば自首して・・・いや待てよ。


 父親の死のタイムリミットまでに戻れるのか?

 ボロボロの奴隷の女の子はどうなる?傷ついたまま死んでしまわないか?

 どれぐらい勾留させられるのか、どういう罪になり、どう罰せられるのか。

 その間ゴルはどうしよう。ダンジョンにいるモーブ達の食料はどうなる?


 あ~全然ダメだ。最初から選択肢何て無かったようだ。


 ここは黙って逃げるしかないようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る