第90話 街中

 敬太が腕を組んで依頼書とにらめっこしていると、不意に腰の辺りをチョンチョンと突かれた。


「代読しようか?」


 見ると小学生ぐらいの男の子が立っている。


「それは助かる。お願いしてもいいかい?」

「それじゃ、銅貨1枚ね」


 文字を解読する事が出来ずに困っていたので、渡りに船だとお願いした所、手の平を差し出してきてお金を要求されてしまった。


 ボランティアって訳じゃなかったのね・・・。


 敬太は自分の甘い考えに苦笑いしながら、背負っていたハードシェルバッグを開けて、中から1本のハムを取り出した。


「ごめんな。お金持ってないから、これでお願い出来ないかな?」

「えっ?銅貨1枚も持ってないの?」

「うん、だからその代わりにこれじゃダメかな?」

「何なのこれ?」

「これは肉だよ。とっても美味しいんだぞ~」


 どうやらこの少年はハムが何かを知らなかった様だ。


「ふ~ん。まあいいや、それでいいよ」

「助かる。それじゃ、これね」


 敬太は少年にハムを手渡し、代読をお願いした。


「おじさんは、えっとまだアイアンなのか、それじゃあこっちだね」


 少年は敬太の胸元にあった認識票を見て、少し端の方に移動して行く。


「アイアンはここら辺ね」


 依頼書が張られている壁を指差し、少年が教えてくれた。


 それからどんな依頼を受けたいのか、どれぐらい稼ぎたいのかを聞かれ、敬太はしばらく悩んだが、最終的には少年にお任せする事にした。なんせ敬太には異世界のお金の価値が分からないし、アイアンランクの冒険者が一般的にどれぐらい稼ぐのかも分からない。したがってギルドでどんな依頼を受ければいいのか、さっぱり見当もつかなかったのだ。


「それじゃあ、これでいいと思うよ。えっとね薬草取りね。20本で大銅貨4枚」

「そうか、薬草20本で大銅貨4枚ね」

「うん。それでこれをカウンターに持っていけば大丈夫だよ、うんとね薬草は北門から出てアイン鉱山の麓の森に生えてるからね」

「これはこれは、ご丁寧にありがとうございました」


 少年に依頼の説明をされ、壁から剥がされた茶色い依頼書を受け取ってカウンターに向かう。


「すいません、これお願いします」


 空いているカウンターに行き、職員に剥がして来た依頼書を渡す。


「はい。受け付けました」


 職員は敬太の胸元にチラリと目をやり、何か数字を書類に書き込んだだけだが、それだけで受け付けは終了したらしい。

 まぁこんなものかと思い、外に出ようと歩きだしたのだが、すぐに職員に呼び止められてしまった。


「あ、ちょっと、これは持っていって下さい。それで依頼が終わったら報告と一緒に提出して下さいね」


 職員がカウンターに置かれたままの依頼書に手を置き、スっと前に差し出した。

 なるほどね、そういうシステムなのね。


「すいません、初めてだったもので。ありがとうございました」

「いえいえ、初めてでしたか。頑張って下さい」


 そうした職員とのやり取りを先ほど代読してくれた少年に見られていた様で、気が付いた敬太は気恥ずかしくなり軽く手を振ると、少年もハムを小脇に抱えながら手を振り返してくれた。


 

 冒険者ギルドから出ると、少年に教えてもらった場所に向かう為に、石畳で整備された広い道を北門方向に歩いていく。

 冒険者ギルドは南門からすぐなので、ここから北門までは結構な距離がある事になる。北門まで行ったことが無いので正確な距離は分からないけど、「自動マッピング」で見える頭の中の地図から推測すると2km~3kmはありそうなので、歩いたら1時間ぐらいかかるだろうか。


 街並みを眺めながら大きな通りを歩いていると、何台もの馬車がガタガタと音を鳴らし、歩く敬太を追い抜かしていく。あの中にはきっと乗合馬車みたいなものもあって、座っているだけで北門に運んでくれる馬車もあるのだろう。今はどの馬車がそうなのか見分けが付かないし、料金なんかも分からないが、そのうち1度は乗ってみたいものだ。


 道端には馬の馬糞がぼろぼろと落ちており、独特な匂いを発していて、小学生の頃に家族で富士山を登った時の事を思い出してしまう。

 これだけの馬車が行きかっているので、馬糞の一つや二つぐらい当然と言えば当然なのだが、なんだか想像していた異世界より臭くて反応に困ってしまう。


 通りに出ている看板に書いてある読める漢字と店構えで、宿屋、酒場、武器屋、防具屋あたりはすぐ見つかり、異世界の生活を目にでき感動した。武器屋の武器、防具屋の防具なんかは、中世ヨーロッパの博物館でも見物している気分になり、店先でしばらく眺めてしまった。


 道を進むと雑貨商と言うのか、雑多な物が並ぶ店が見えてきた。店内をパッと見て通り過ぎようとしたが、おばあちゃんが座るカンンターの奥に並ぶ、リップクリームぐらいの小瓶を見つけ足を止めた。

 敬太が街までやって来た大きな理由の一つが、ポーションより強い回復薬を探す事なので、これは調査しない訳にはいかなかい。


 店内に入り、奥の棚に並ぶ小瓶を端から【鑑定】にかけていく。ポーション、マジックポーションと知っている物が沢山あったのだが、肝心のポーションより強い回復薬が見当たらない。


「すいません。ポーションより強い回復薬っていうのはありませんか?」


 カウンターに座るおばあちゃんと目が合ったので、聞いてみる事にした。


「ああ。ハイポーションはうちには無いよ」

「えっ、そうなんですか」

「うちは、しがない雑貨屋じゃからね。欲しいなら、冒険者ギルドか薬屋に行けば売ってるじゃろ」


 「強い回復薬がある」という確認が出来たので有意義な情報だったが、まさか冒険者ギルドにも置いているだなんて盲点だった。


 この雑貨屋のおばあちゃんに薬屋の場所も聞きだし、お礼を言いハムを渡すと喜んでくれた。この「お金が無いならハムを渡そう作戦」は先程ギルドで代読してくれた少年にも使ったが、実は街に入る時に南門の門番さんにも使っていた。

 街に入る時の通行料が払えなかったので、ハムとベーコンを握らせるとすんなり通してくれたのだ。余分に持って来ていて正解だったようだ。



 来た道を戻り、冒険者ギルドに行くのは気が引けたので、雑貨屋を出て大通りから少し逸れた道を進み、教えてもらった薬屋に来ていた。

 「药店」と看板があるが、ここで合っているのか不安になる。何かの店なのは読み取る事が出来るのだが、何の店なのかは外見からは分からないのだ。この辺りに他に店らしきものが無いので、雑貨屋のおばあちゃんに教えてもらった所で間違いないと思うのだが、入るのに少し勇気がいった。


「すいませ~ん」


 恐る恐るドアを開け、店内に顔だけを入れる。

 店内は得体の知れない物が色々と並んでいて、独特の匂いがする漢方薬のお店の様だった。

 店の奥からは何か作業をするカチャカチャと言う音が聞こえて来たので、もう一度声をかけた。


「すいませーん」

「ちょっと待っとれ!」


 すかさず、ちょっとイラついた感じのおばあちゃんの声が奥から飛んできたので、ちょっとビックリしながらも、素直に待つことにした。

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