第73話 襲撃

 獣人モーブの怒鳴り声が聞こえた方に向かって、静かに草をかき分け進んでいく。

 派手な音をさせないように慎重に、かつ迅速に。


 20m程進むと大きな木の傍に辿り着き、その木から覗き込む形でモーブの姿を発見する事が出来た。


 モーブは血まみれになりながら地面に座り込み、背中に2人の子供をかばっていた。左腕はダラリとチカラ無く垂れていて、肘から先が無い右腕の方を前に付き出して必死に牽制している。

 敬太が木の棒では頼りないだろうと渡していた、鉄パイプは地面に転がっていて、ニヤニヤした3人組がそれを踏みつけていた。


「手間かけさせやがってよ~」

「へへへ~」


 3人組は皮の鎧の様な物を身に着け、剣や短槍を持ってモーブを囲むような形で陣取っていて、余裕の笑みを浮かべている。


 こいつらがモーブの言っていた追っ手なのだろう。


 モーブの側に子供達が2人しか見当たらなかったので、付近を見回す。

 すると、3人組の後ろに倒れる、首の無い小さな体を2体見つけてしまった。

 傍らに転がる兎族のヤムンと鼠族のチャオの首が無念そうに虚空を見つめている。


 短い期間だったが、敬太に懐き、一緒にご飯を食べていた子供達の物言わぬ姿に、得も言われぬ恐怖を感じ、脚がガクガクと震え出してしまう。


 一旦、木の後ろに隠れ心を落ち着かせる。


「ふ~~~」


 深呼吸して、頭の中を整理する。


 モーブは傷だらけになりながらも必死に抵抗しているのだ。こんな木の陰でビビって震えている場合じゃない、覚悟を決めろ。今、手を差し伸べてやれるのは自分だけなんだ。ここで踏ん張らなければヤムンとチャオに合わせる顔が無いぞ。


 敬太は自分自身に言い聞かせ、気合いを入れ直す。


 最近、使う機会がめっきり減っていたが、崖の外に出る時はいつも持ち歩くようにしていたクロスボウを肩から外し、矢を打つ準備に取り掛かる。


 輪っかを足で踏み、弦を引き上げる。その時、フックの所でカチッと音が鳴ってしまったので、焦って動きを止めて周りの気配を伺ったが、そこまで大きな音では無かったようで、3人組が敬太の方に向かって来る事は無かった。


 小さく息を吐き、矢をセットしたら、ゆっくりと木の陰から顔を出して標的を決める。3人組で一番手前にいるのは、剣を肩に乗せてふんぞり返ってモーブを見下ろしている奴だ。


 クロスボウを構え、銃床部分を肩に付けて安定させ、狙いを付ける。

 しかし、体が震えていて、狙いが定まらない。


「落ち着け・・・」

 

 3人組がいつモーブに襲い掛かるのか分からないのだ。

 怯えて震えている場合ではない。


 気持ちを落ち着け、ゆっくりと息を吸い込み深呼吸し、もう一度深く息を吸った所で動きを止める。

 そして、狙いを付けたらトリガーを引く。


 ヒュッという小さな風切り音を残し、40cmのアルミの矢は敬太の狙い通り、剣を持った追っ手の首に吸い込まれていった。

 そうしたら、他の追っ手が反応するより早く、クロスボウを地面に投げ捨て、木刀を手に持って木の陰から躍り出る。


 敬太が姿を現すと同時に、首に矢が刺さった男が受け身も取らずに派手に地面に倒れた。そのおかげで皆の注目が倒れた男に向けられ、一瞬の隙が出来る。


「【瞬歩】」


 敬太はその隙を突き、新しくATMから買っていたスキルを使う。

 【瞬歩】は読んで字の如く、一瞬で歩みを進めるものだ。

 瞬く間に、木の前から短槍を持っている男の前に移動出来た。


「【剛力】【転牙】」

 

 これもまた新しく買っていたスキルの連続使用になる。 

 【剛力】は僅かな間身体強化してくれる物で【転牙】は突きスキル【通牙】の上位版だ。


 短槍を持っていた男は突然目の前に現れた敬太の攻撃の前に、為す術もなく吹き飛んで行った。

 残るはもう1人、剣を持っている男だけになったのだが、中々の手練れらしく敬太の【転牙】の後の隙を狙い突っ込んで来ていた。


 しかし、これも想定内だ。


 既に新しいスキル【見切り】を発動させており、男が振り下ろしてきている剣の軌道は読めている。

 軽々と軌道から体をずらし剣を避けたら、このタイミングでまた新しいスキルを使う。


「【タールベルク】」


 これは【連刃】の上位版になる。【連刃】は2連続攻撃で、【タールベルク】はその上の3連続攻撃だ。


 木刀を一度振り下ろすとタタタっと小気味良い音が鳴り響き、3連打の打撃をもろに喰らった剣を持った男は、白目を向いてバタリと地面に倒れた。


 周りを見てから残党が居ないか確認して、傷だらけのモーブの元に駆け寄った。


「大丈夫ですか!」

「うむ。助かったわい」

「ゴルベのおっちゃん!」

「わ~~ん」

 

 どうやらモーブは傷だらけで血を流し過ぎたのか、チカラが入ら無い様で立ち上がる事も出来ないみたいだ。

 幸い、受け答えは出来るぐらい意識はしっかりしているようなので、ウエストポーチからポーションを取り出し投げつけた。


「急いで飲んで下さい」


 しかしモーブは片腕が無く、もう片方の腕も動かせない程の傷を負っているのを忘れていた。


 敬太が投げつけたポーションは、モーブの体に当たって地面に転がってしまう。

 どうも、しっかりしていないのは敬太の方だったようだ。

 初めて人を倒してしまった事に興奮し、落ち込んでいて、動揺していた。


「あ、ああ・・・。すいません」

「う、うむ」


 敬太はすぐにポーションを拾ってモーブに飲ませてやったのだが、手が震えていて、少しだけポーションをこぼしてしまった。


「うむむむむ・・・」


 例のポーションの効果で五臓六腑に染みわたるような感じになっているのだろう、モーブが唸りだし、それを子供達が心配そうに見つめている。


 敬太は子供達に「大丈夫だよ」と声をかけてあげたが、唸って苦しそうにしているモーブにしがみついていて放れようとしない。


 しばらくするとモーブはハッをした顔をして立ち上がり、腕を動かしていた。

 どうやら無事、ポーションが効いたようだった。

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