第56話 広い部屋3

「チキチキチキ・・・」


 ロウカストが正面に1匹、近い所に1匹。スキルはMP枯渇で使えない。

 なかなかのピンチだ。


 スキルが使えないので、振り回すことが出来る「赤樫 小次郎」を構えるが、倒す事より、逃げる事を優先しなければならない。


 敬太の正面に飛んで来て、階段への道を塞ぐようにしているロウカストは、触覚を動かしながら様子を伺っている感じがする。隙があるのか無いのか、無機質な昆虫の目からは何も読み取れない。


 鳴き声だけが聞こえているもう1匹のロウカストは何処にいるのか正確な位置は分からないが、とりあえずは、正面のコイツを躱して先に進む事に神経を集中させる。


 敬太は無機質な目を見つめ、意を決すると、ロウカストの脇をすり抜けるように突っ込んでいった。


 なるべく大きく迂回して全力疾走で駆け抜ければ、動きが遅い相手なのでそのまま逃げ切れると思ったのだが、視界の片隅にピョンと跳ねるロウカストの姿が見えた瞬間、後ろから吹き飛ばされる程の衝撃に襲われてしまう。


「うわっ!」

「ミャー!」


 突然の後ろからの衝撃に抵抗も出来ず、地面に突っ込む形となり、エビ反りの体勢で地面を滑っていく。


 どうやらすれ違いざまにロウカストに蹴とばされてしまったようだ。


 背負っているハードシェルバッグが盾になったようで痛みは無いが、中に入っているゴルが心配になる。


「ゴル大丈夫か!」

「ミャー」


 ゴルに声をかけると返事をしてくれた。どうやら深刻なダメージは無さそうだ。

 しかし、この状況はよろしくない。なんとかしなければ・・・。


 急いで立ち上がって周りを見ると、壁の方に蹴とばしてきた1匹がいて、敬太の目の前にもう1匹のロウカストが現れていた。

 完全に2匹に囲まれる形になってしまっている。これでは走って逃げ出すのは難しいかもしれない。


 どちらかの翅か脚を潰せれば、倒せなくても逃げ出す事は出来そうなのだが、果たしてスキル無しでやれるのだろうか?


 一撃で敬太を吹き飛ばす程のチカラがあり、大きな体で体当たりをしてくる。

 攻撃をするのにも、木刀の一撃では倒せないので反撃を警戒しなければならない。


 やれるのか?・・・いや、やるしかないだろ。


 木刀を握り直してチカラを込める。

 足を踏み出し、目の前に居るロウカストに飛び掛かった。

 がら空きの脚に思い切り木刀を叩きつける。

 バスンといい感じに手応えはあったのだが、当のロウカストは気にする様子もなくチョンチョンと小さく飛び跳ねたと思ったら、敬太のみぞおちに強烈な痛みが走った。


「ふぐっ!」


 反撃の蹴りをもろに喰らってしまった様だ。

 強烈な衝撃に息が詰まり動けない、痛みを我慢するのに無意識に腹にチカラをいれて動きが止まってしまう。


 そんな隙を狙っていたのか、壁際にいたロウカストがバババッと羽音をさせながら飛び、敬太に向かって突っ込んできていた。

 ロウカスト達の動きは、目の端で捉えてはいたのだが、痛みですぐに体が動かせず、これもまともに喰らってしまう。


「うぐっ!」

「ミャ!」


 なんとか当たる瞬間に肩を入れてカードするように受けたつもりだったが、ロウカストは手漕ぎボートぐらいの大きさがあるので簡単に吹っ飛ばされてしまう。

 ゴロゴロと地面を転がり、またしてもダメージを負ってしまった。


「ゴル!大丈夫?」

「ミャ・・・」


 なんとか返事はあったが、声がちょっと弱っている感じがする。


 まずいな・・・。


 体の痛みが落ち着いたので、足にチカラを入れグッと立ち上がり、ロウカストの様子を伺うと、2匹ともピョンピョンと小さく跳ねて何かを狙っている感じがした。


「チキチキチキ・・・」


 急に、鳴き声と共に1匹が飛んで来る。

 敬太は慌てて横っ飛びしロウカストの巨体を躱したのだが、その躱して飛んだ先にもう1匹のロウカストが飛んで来ていて、避ける間もなく体当たりを喰らってしまった。


「んぐっ!」

「ミッ!」


 敬太は正面で受けるしかなく、咄嗟に間に腕を挟んで衝撃を逃がしたが、それでも激しい体当たりで空中に飛ばされてしまった。


 ろくに受け身も取れず地面に叩きつけられると一瞬意識が飛びかけてしまう。

 衝撃を逃がす為に、体との間に挟んだ腕は痺れチカラが入らない。骨が折れてしまったかもしれない。


 2匹のロウカスト達のコンビネーション攻撃が避けられない。

 どうすればいいんだこの状況。


「ゴル・・・」

「・・・」


 痛みを堪えながらゴルに声をかけたが、返事がなかった。

 バッグの中で気を失ってしまったのか、それとも・・・。


 足元がふらつき立ち上がるのに苦労してしまう。

 ヘルメットを被ってはいるのだが、衝撃は逃がしきれないのだろう、パンチを貰った時の様に世界が揺れてしまっている。


 ロウカスト達は、またピョンピョンと飛び跳ねだし、機会を狙っていた。


「チキチキチキ・・・」


 敬太が苦労して立ち上がると、またも、飛んで突っ込んで来る。

 敬太はよろける足でなんとか体当たりを躱すが、それを読んでいたかの様に、避けた先にはもう1匹が突っ込んで来ていて、またしても体当たりを喰らってしまう。


 敬太は衝撃に弾き飛ばされ壁に激突する。

 目の前が白黒して鼻の奥がツーンとする。頭がボーっとして考えがまとまらない。


 ボヤける視界の中で緑色のものが上下に動いているのが分かるが、体が動かない。


 ポーション飲んで回復させないとなぁ、とグルグル回る頭で考えていると、緑色のものがこっちに向かって飛んで突っ込んでくるのがボンヤリと見えた。


避けないとまずいだろうなぁ・・・。


 敬太は頭がふらつき、受けてしまったダメージが大きく立ち上がれずにいたが、それを見逃すような連中では無いようだ。


 緑色のロウカストは狙いを付けて、敬太に止めを刺しにきていた。

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