第32話 時給40万円

 地面に降ろしていた玉砂利の袋を破り、中身の玉砂利を手に取る。小さ過ぎず大き過ぎず程よいサイズだ。一掴み分だけ上着のポケットに入れておく。


 投網を手繰り寄せ、左肘に引っ掛け網を持ち上げる。右手には玉砂利を3個持つ。

 つかつかと歩き、部屋の右手側のトンネルへ進む。


 10mぐらい先に進むと大きく左に曲がっている。この曲がっている辺りに、手首にぶら下げていたハンディライトを置いておく。光が天井に向けられると反射して明るく辺りを照らしてくれる。そこからトンネルの先を覗くと白い絨毯部屋が見えた。


 ブレイドラビットが部屋の中に何百匹と詰めていて、地面が見える隙間もない程の密集部屋。そのせいで部屋の中に白い絨毯が敷き詰めてあるように見える部屋だ。


 左腕に持っている投網を持ち直し、右手に握りしめている3個の玉砂利をもてあそぶ。

 今からやろうとしている事は、ちょっと怖いが、いけると考えている作戦だ。失敗すれば何百匹のブレイドラビットに襲われてしまう危険性があるが、多分いけると信じている。


 覚悟を決めて右手に握っていた玉砂利3個を、絨毯部屋の入口付近にいるブレイドラビットに向けて思い切り投げつけた。


 狙い通りに玉砂利は飛んで行き、ぶつかったブレイドラビットが驚いたように体を飛び上がらせ、敬太の方を見た。その周りの何匹かも釣られるようにパッとこちらを見てきて、その一塊の集団がタイミングを合わせたように、一斉に走り出してくるのが見えた。


 敬太はぐるっと回れ右をしてブレイドラビットに背を向け、トンネルの入口に向かい走り出す。投網を持っているので、そんなに早くは走れないが問題はない。その為に玉砂利を投げて距離を稼いだのだから。


 トンネルの入口付近まで戻って来ると、敬太は走るのを止めて振り返り、投網の準備をした。両手に網を分け持ち、体全体で網を揺らし勢いをつけていく。


 トンネルの途中に置いてきたハンディライトの方を見ると、敬太を追いかけて来たブレイドラビット達の姿が照らし出されていた。数は7匹前後だろうか?後からまだ来ているかもしれないが、見えた一団の数はそれぐらいだった。


 タイミングを計る。

 焦らずにブレイドラビットを引きつけて・・・。


 今だ!


 腰を捻り、渾身の投網を打つ。


 狙い通りに網は円形に大きく広がり、トンネルを塞ぐように飛んで行く。

 上手くいった!追いかけて来ていたブレイドラビットの一団を全て網で捕らえることが出来たようだ。


 すぐに背中から木刀を引き抜き、網まで駆け寄り、遅れてまだ後ろからブレイドラビットが3~4匹追ってきているのが目に入ったが構う事無く、網にかかっているブレイドラビット達に木刀を振り下ろしていく。


 後から来た奴等は敵意丸出しで、トンネル一杯に広がっている投網を乗り越えて、敬太に迫って来ようとしていたが、途中で網に爪が引っかかったり、脚が絡まってしまったりしていた。あまり頭が良くないのか、お粗末な体たらくだったので、網にかかったブレイドラビットと共にタコ殴りして煙に変えてやった。


 結局10~15匹ぐらいの一団を、投網一つで完封してしまった。

 玉砂利でブレイドラビットを小さな軍団に分けさせた戦法と、トンネルの狭さが相まり、初っ端から上手くいってしまった。



 気を良くした敬太は、この後、同じ作戦を3回程繰り返したが、何故かポーションがひとつも落ちなかった。一度もブレイドラビットに噛みつかれる事はなく、ノーダメージで全て煙に変えることが出来ていたので、そこは良かったのだが、ポーションの確率の偏りにはガッカリしてしまっていた。

 

 走り回ったり、投網を打ったり、木刀を振り回したりして、体力的にも疲れてしまったし、気分を入れ替える為にも少し休憩しようかと一旦改札部屋へと戻る事にした。




 暗いダンジョンから扉を開けて明るい室内へ入る。

 ヘルメットを脱ぎ、お茶を飲み、一息つける。


 何気なく改札部屋の中を眺め、ボーっとしていると、レベルアップボーナスの「自動取得」を取った時に出て来た物置が、ロッカーの脇にあるのだが、その物置の取っ手にある黒い四角の上の部分が点滅しているのが目に入った。

 

(何だろう?)


「ピッ」


 ススイカ(改)をかざして物置の引き戸を開いてみる。すると物置の床には、ポツンとポーションの小瓶が並んで置かれていた。その数5本。


 なるほど。これで色々と合点がいった。

 「自動取得」はお金を集めるだけではなく、ドロップ品も集めてくれるようだ。


 ブレイドラビットを倒しまくって得た、ドロップ品のポーションが物置に自動で回収されていたのだ。それで、何かが物置に回収されていると黒い四角の上の部分が点滅して知らせてくれると言う仕組みなのだろう。


 とりあえず小瓶を取り出し、物置の戸を閉めると、黒い四角の上の部分の点滅は止まっていた。


 そうなると今度は稼ぎが気になりATMに目を向けた。

 なにせ、ポーション5本分だ。ブレイドラビットを倒した数は正確には数えてないが、それなりに稼げているだろう。


「ピン」

『カードを置いて下さい』


 お引き出しボタンを押してススイカ(改)を置く。



残高  1,321,210円



 やばくないかい?


 昨日サラ金の返済で100万円使ったのに、また100万円以上稼いでしまった。この勢いは、時給40万円とかになっているぞ・・・。


 一万円札は自動で回収されるし、死体は煙に巻かれて跡形も残らないので、これだけ稼いでいたとは思わなかった。


 「投網戦法」もハマったし、ポーションも現場に落ちなかったので、頑張ってブレイドラビットを倒していたのは間違いないのだが、予想以上に倒してしまっていたようだ。


「凄いな・・・」


 お金に使い道がない訳じゃない、使い道ならいくらでも頭の中に沸きだしてくる。父親の介護の向上、家の介護用リフォーム。車椅子を乗せられる車。

 ぱっと思いつくだけでも、こんなにすぐ候補は出てくる。稼いでいて損はない、人間の欲に際限は無いのだ。


 とりあえずポーションが思ったよりも手に入ったのだが、もう少し探索をやってみようと思う。稼げる時に稼いでおきたいのだ。




 時刻は夜の0時10分。

 買ってきておいた半額弁当を食べて腹ごしらえをする。

 電子レンジなんて物は改札部屋には無いので、冷えた弁当を食べたのだが、後悔先に立たずだった。

 一旦外に出るのを面倒に思い、横着して冷えた半額弁当に手を付けたのだが、ご飯は冷たくて固まっており唐揚げも硬くて飲み込むのが大変だった。

 もう2度と寒い時期に、冷えた弁当は食べないと誓ったのであった。



 投網狩りは、絨毯部屋に蠢いているブレイドラビットの数の多さに気を使うので、1回釣るたびに精神的に疲れてしまう。なので疲れている今からは、のんびりダンゴムシ狩りをしようと思う。


 ロッカーからつるはしを取り出し、肩に担いで、扉を出て右手側に向かう。


 階段を上り体育館ぐらいの大きさの部屋へ。

 ニードルビーが空中に浮かび、ピルバグがコロコロと転がっているのが見える。

 ここならブレイドラビットより気を使わないので、精神的には楽になる。


 いつものように漂うニードルビーから片付けて、ピルバグにつるはしを突き立てていく。


 重みがある、つるはし。高いところから振り落とす重力のチカラと、肩を中心に円を描くように遠心力もあるのだろうか、振り下ろす時に柄をグッと体に引きつけるようにして先端のスピードを上げていく。


「パスッ」


 薄くて硬い鉄板を、突き破るような音が響く。回数をこなすうちにつるはしの扱いが上手くなったのか、最初の頃よりもつるはしがピルバグに深く突き刺さっているのが分かる。

 だが一撃で煙を吹き出させるには至っていないので、そこから柄を立ち上がらせ、てこの原理で止めを刺していく。柄の持ち手を変えてグイっと垂直に立てると、ピルバグは煙を吹き出し消えていく。


 この一連の作業は結構なチカラが必要で、繰り返しているとすぐに息が切れてきてしまう。


 部屋の中の全てを片付け終わる頃には、すっかり汗ばみ、息も上がってしまっていた。


 少し息を整えてから、洞窟のような通路を通り次の部屋へと向かった。

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