真(株)ダンジョン
にくだるま
ダンジョン発見
第1話 最終電車
「あーぎもぢ悪い・・・」
すっかりと寒くなった年の瀬の夜道。
忘年会シーズン真っ只中な為、酔っ払いの喧騒が普段より目立つ街中を、こちらも負けじと千鳥足で歩いてる男がいた。
強制参加にもかかわらず会費は5千円と、中々の痛い出費となった会社の忘年会。
普段、家呑みなどはせず、酒とは縁遠い生活をしているのだが、貧乏性な性格だからだろうか、それとも日々の生活でストレスが溜まっていたからなのだろうか。結構な量の酒を飲んでしまい、完全に酔っ払いとなってしまっていた。
忘年会に参加した同僚の大多数は、勢い任せに二次会へと繰り出して行ったが、そこまでお財布に余裕が無い男には帰宅以外の選択肢は無く、同僚の背中を見送りながら、ひとり寂しく帰路についた。
体をふらつかせながら駅まで辿り着き、構内に備え付けられている時計を見ると、0時35分となっているのがどうにか確認する事が出来た。
なんとか終電の時間には間に合ったようだ。
今日は、お酒を飲む事が分かっていたので電車を使ってやって来ていたのだが、普段は何処に行くにも自転車を使っている。その為か、こうやってたまに時間に追われ電車を使うと、なんだか特別な気分になってくるのだから不思議なものだ。
改札を抜け、階段をヨタヨタと降り、ホームに辿り着くと、直ぐに最終電車が滑り込んで来てしまった。男が思っていたよりもギリギリな時間だった様で、間に合った事に胸を撫で下ろし、流れる様にして車内へと滑り込む。
暖かい車内は、思いの
適当な席に腰を下ろし、電車が走り出すと、防寒をしっかりとしている格好だったので、車内が少し暑く感じてしまう。
会社指定の作業ズボンの下にはインナーウェアを履き、上着は奮発して買ったばかりのワープマンブランドのイーダスを着こんでいる。真冬の自転車通勤でも耐えられる、いつものスタイルだ。
上着の前を全部開け、温度調整をすると、何とか落ち着く事が出来た。
電車のガタンゴトンと言う心地よいリズムに身を委ねると、酔いも合わさり、すぐに睡魔が襲って来てしまったので、男は寝過ごさない様に、ギリギリのところで意識を繋ぎ止める戦いをひとり始めていた。
温かい席でしばらくウトウトしていると、窓の外に見慣れた建物が流れているのが見えて来る。どうやら眠ってしまう前に、降りる駅へと着く事が出来たみたいだ。
男は電車が完全に止まる前にヨロッと立ち上がり、忘れ物が無いか、座っていた席を寝惚け眼で振り返り確認する。すると、座席にはICカードのススイカが落ちていた。だらしない姿勢で座っていたせいか、作業ズボンのポケットからこぼれ落ちてしまっていた様だ。
手早くススイカを座席から拾い上げると、一斉に開き出したドアを通り抜け、止まった電車を降りて行った。
重い足取りでホームから階段を上がり、改札の手前でススイカを取り出そうと、ポケットに手を入れると、中には何故かカードが2枚入っているのに気が付いた。入っているはずの無い2枚目のカード。
男は不思議に思い、改札へと向かう人の流れから少し脇にそれ、ポケットの中を確認する。するとそこには、まったく同じススイカが2枚あった。
これは失敗したなと、2枚あるススイカを見つめ、考える。
1枚は間違いなく自分の物だが、もう1枚はさっき電車の席で拾った物だろう。
自分の物では無いのに拾ってしまった2枚目のススイカ。
素直に駅員さんに届けるべきか、それともこのままネコババしてしまおうか、お酒のせいで回りが鈍くなっている頭で考える。
男はしばらく悩んだが、酔いと眠さから「面倒臭い」って結論に達してしまい、そのまま改札へと歩き出してしまった。
どっちが自分のススイカなのか分からないし、今から駅員さんに説明してやり取りするのも億劫だったのだ。
適当に選んだ方のススイカを改札に押し付けると「ピピッ」と電子音は鳴ったのだが、改札の液晶に表示される残高表示が『----円』とエラー表示になってしまっていた。
改札の扉がバタンと閉まるような事は無かったが、少し焦って歩みを乱してしまう。
おそらく、今使ったススイカの方が電車で拾ったカードだったのだなと考えていたら、突然、照明が落ちたのだろうか、スウッと周りが薄暗くなってしまった。
男は何事かと、驚きながら顔を上げた。
現代社会において駅が停電するなんて事は考えられず、何が起きたのかと、視線を周囲に巡らせる。するとそこには、先程まで改札の先に見えていた券売機やコインロッカーなどが見当たらず、周りを歩いていた人達も煙のように消えてしまっていて、何もない空間にひとりで立っていた。
ピピッピピッと小気味良く聞こえていた改札の電子音や人々の喧騒も聞こえてこないない。
現実味が無く、頭が回らない。
コンビニぐらいの広さで、何もない部屋に改札機が一つだけあり、壁に向かって設置されている。そんな不思議な空間にいた。
天井を見上げると拳大の丸い穴が等間隔で開いていて、そこから明かりが差し込んで来ている。どうやらそれが部屋の照明となっている様だ。
壁は全面クリーム色と言うのだろうか、落ち着いた明るさ。床もツルツル仕様でクリーム色。
先程までのワイワイガヤガヤとしていた環境音が一切無く「シーン」って音が聞こえてきそうなぐらいに静かな部屋なので、なんだが知らない世界に弾き飛ばされたような気分になってしまう。
酔っているせいもあるのだろう。しばらくの間、この状況が飲み込めず、ぼんやりと部屋の中を眺める事しか出来なかった。
壁際にある改札機と、前方にある防火扉の様な頑丈そうな扉以外何もない部屋。
とりあえず、このままでは家に帰れないので前方の扉まで行き、金属製のノブを回してみた。すると、特に鍵が掛かっているような事は無く、すんなり扉は開いたのだが、扉の先を覗き込むと一切の光が無い、真っ暗闇な空間が広がっていた。
「暗っ!」
思わず声を上げてしまうぐらいに、真っ暗闇な世界。
男はすぐにポケットからスマホを取り出すと、ライトをつけた。そうしてから、スマホを持った腕だけを扉の外へと伸ばし、小さいライトで懸命に暗闇を照らそうとする。しかし、所詮はスマホの簡易機能。扉の先に広がる暗闇全体を照らし出す事は出来ず、改札のある部屋から漏れる明かりが、扉の先の地面は土っぽいという情報だけを与えてくれた。
「誰かいますか~・・・」
我ながら情けない声を出し、暗闇からの反応を伺うが、何処からも返答は無い。
ちょっと怖くなってしまったので、一旦扉を閉め部屋に戻る。
これはどうしたものかと、未だに酔っている感覚が残る頭を必死に働かせ、次に思い付いたのが、隣の部屋とか近くに誰かいるかもしれないという事だった。
早速、何もない部屋の壁を手で叩きながら「すいませーん」と声を出し、ぐるりと部屋の中を1周してみたが、ここの壁は音の響かない厚みのある硬い壁だと言う事が分かっただけだった。これでは大騒ぎしても隣近所に音は届かないだろう。
改札機がポツンと壁に向かって置いてあるだけで、他に何も無い部屋。
どうやらここから脱出するには、扉の先に続く暗闇の中を進んで行くしかない様だった。
男は諦めにも似た覚悟を決めて、再び扉を開ける。すると、先程と変わらず真っ暗な空間が顔を出してきた。
普段見慣れない程の暗い場所なので、自然と湧き上がってきてしまう恐怖を唾を飲み込み、押し殺す。
スマホのライトを頼りにゆっくりと扉の外に体を移動させて、ノブから手を放した。そうしてから、居場所を見失わない様に左手を壁につけておいた。左手からはザラリとした岩のような冷たい壁の感触が伝わってくる。
ガチャンと大きな音が鳴り金属扉が閉まると、改札の部屋から漏れていた明かりが完全に無くなり、本当に真っ暗な世界となってしまった。頼りになるのは左手の壁の感触と、右手で持っているスマホのライトだけ。
ライトで照らさないと足元すら見えない程に暗いので、一歩ずつ一歩ずつ、腰が引けながらではあるが暗闇の中を進んで行った。
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