七回目の命

丸 子

第1話

その猫は七回目の命を生きていました。

父親と母親と娘の三人家族に受け入れられて明るい毎日を送っていました。


それまでの命は決して楽ではありませんでした。


一回目は未熟な母猫の元に授かった小さな小さな命で、一日生きたきりで尽きてしまいました。


二回目は野良猫として生を受け、名前も持たず住み家もなく、自由ではありましたが、穏やかな性格で争うことができなかったため、ボス猫に命を奪われてしまいました。


三回目は優しい女性に引き取られましたが、女性が病気で亡くなると行き場所がなくなり、ほかの猫を避けながら転々と生き、食べるものがなく衰弱して命を落としました。


四回目は子沢山の母猫の元に生まれました。飼い主が商売として母猫に子猫をたくさん産ませて売っていました。とても綺麗に生まれたので生まれてすぐに商品として高く売られ、買われた先で病気になり死んでしまいました。


五回目も優しい家族の元に産まれました。母猫のそばで大きくなり母猫から人間について教わりました。このとき猫は優しい女性が病気で辛そうだったのを思い出し、人間は弱い生き物であり猫と同じように命に限りがあることを知りました。それと同時に、猫には繰り返し命が巡ってきても人間は一度しか生きることができないことにも気がつきました。


六回目は病気がちの男の子の元に貰われていきました。男の子には友達もなく、いつも寂しそうでした。猫の名前を何度も呼ぶので、そばについているようにしました。そうすると男の子は安心してよく眠れるようになり、猫は家族から褒められて美味しいものをたくさん貰いました。そこで猫は男の子の体にピッタリと寄り添い、いっしょに眠ることにしました。不思議なことに眠るごとに男の子は元気になり、猫は弱っていきました。まるで猫が男の子の体についている病気を吸い取っているようでした。お医者さんも驚くほど男の子は回復していき、猫の体はどんどん悪くなっていきました。そして、とうとう弱り切って六回目の命が果てました。


そして、七回目の命を生きていました。

猫は それまでの命で、人間のことと自分の力のことを学んできました。

その猫には人間の悲しみ、寂しさ、命が弱っているのを感じ取る力がありました。

人間に宿った悪い感情や病気を吸い取る力があることもわかりました。

それだけでなく、その悪いものを吸い取る量に気をつけなければ自分の命が尽きてしまうことも知りました。


その猫は今回の家族である中学生の娘の気持ちに敏感に反応しました。

娘が学校から帰ってきて部屋で落ち込んでいると、猫はドアを開けて部屋に入っていきました。

そしてベッドに飛び乗ると、ひざを抱えて座っている娘のとなりにうずくまりました。

猫の小さな温もりに娘は励まされました。

両親とけんかして怒って部屋にこもっていても、猫が部屋に入っていくと娘の怒りはおさまりました。

猫が娘の嫌な感情を吸い取るたびに、猫の体は弱りましたが、娘は元来じょうぶな体を持っていたので、娘が元気になると猫は休んで体力を回復するのでした。


ある日、娘が流行病にかかりました。

大変重い病で医者は娘に何があってもおかしくないと言いました。

猫は娘の枕元にいました。

吸い取っても吸い取っても娘の容態は変わりませんでした。


もうだめかもしれない。


猫は死を覚悟しました。


でも娘だけでも助けたい。


そう強く願いました。

猫は諦めず娘のそばにい続けました。


何日目かの晩、娘はとうとう厳しい時期を乗り越えました。

医者は回復を待つだけだと娘の両親に伝えました。

娘の両親は嬉しさのあまり泣き崩れました。


猫はその様子を見て安心し、自分が役目を果たせたことを知りました。

もう力を使い果たしてしまいました。

目を開ける力も残っていませんでした。

ほぅと静かに小さなため息をつきました。


もうさようならだ。


七回目の命が尽きかけていました。


そのとき娘が身じろぎし、猫の名前を呼びました。

それは弱々しく枕元にいる猫にしか聞こえないほどのものでした。


猫の耳がぴくりと動きました。

そして少しずつ猫の体に力が入っていきました。

ささやかな力でしたが命に繋がる波が押し寄せるのを猫はたしかに感じていました。

猫は深い眠りに落ちていきました。


猫が目を覚ましたときには娘は回復に向かっていました。

医者の言ったとおり、峠は越えたようでした。

娘の意識はまだ戻っていませんでしたが、何度も何度も、うわ言のように猫の名前を呼び続けていました。

猫は名前を呼ばれるたび体に力がみなぎっていくのを感じました。


娘は猫に命を救われ、

猫は娘に命を救われたのでした。


娘は目に見えて回復していきました。

娘の命が輝いているのを猫は見ました。

でも猫の回復は遅々として進まず、体力も気力も出ませんでした。


娘は猫を優しくなで、大丈夫だと繰り返し言いました。

猫は娘の言葉を信じて、自分をなでる手から伝わる優しさと温かみを体中にしみこませていきました。


娘がすっかり元気になると、できるだけ猫のそばにいて名前をささやき続けてくれました。

その手と声に猫は励まされました。

少しずつ少しずつ、猫は元気になっていきました。


猫は思いました。


もう頑張りすぎなくていいのかもしれない。

命と引き換えに誰かを救わなくてもいい。

自分が助けてもらってもいい。

いっしょに生きるという道もあるんだ。

と。


今までは、誰かの痛みや苦しみを吸い込んで命を落とすのが当然だと受け入れていました。

ほかの道があるなどと考えたこともありませんでした。


これからは、この子といっしょに生きていこう。

この子が苦しんでいたら悪いものを吸い取ってやろう。

でも体がもたなかったら、この子に助けてもらおう。


猫は気持ちが軽くなるのを感じました。

また、ほぅとため息が出ました。

でも今度のは幸せなため息でした。

猫は心の底から安心していました。


そうして、猫は元どおりの生活を取り戻し、家族の一員として、いつまでも幸せに暮らしました。

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