第3話『知井子の悩み』
魔法少女なんかじゃないぞ これでも悪魔だ こ 小悪魔だけどな!・3
『知井子の悩み』
黒板の前、知井子が頬を赤く染めてピョンピョン跳びはねている。
べつに、良いことがあってハイテンションになっているわけではない。
今日の知井子は日直で、授業が終わったあとの黒板を消していたのである。と言っても黒板が消えるわけではない。正確には、黒板にチョークで書かれた文字や図を消していたのである。
英語ではerase the blackboardという。eraseという言葉そのものに「文字などを拭い消す」という意味があり、黒板そのものを消すという魔法のような意味はない。
「あら、かわいい。ウサギさんみたいじゃん」
ルリ子が、そう言うと、取り巻きたちがいっせいに笑った。ルリ子たちはスマホ事件以来、それまでにもまして、人をイジルようになった。つくづくひねくれた女だとマユも思う。
「知井子、代わろうか?」
里依紗が、見かねて声をかけた。
「いいよ、わたしの仕事だから!」
知井子が、かわいい意地を張った。知井子は背が低い。同年齢の女子の平均より10センチは低かった。また、彼女の名前も背の低さを連想させる。バラエティーなどで大阪弁が流行っているので、中学では名前にひっかけてイジられた。
「わあ、小ぃーこ!」
別に知井子の両親は、娘のコンプレックスになると思って付けた名前ではない。知恵が井戸から湧き出るような子になって欲しいと思ってつけたし、「チイチャン」という愛称も、小学生のころまではカワイイ響きで、本人も気に入っていたが、中学に入ってからは、「チイチャン」という子どもっぽい愛称は、本人の意志で禁止になったのだ。それからは「チーコ」と呼ばれるようになったが「小ぃーこ」の意味が付くとは思わなかった。
知井子はよく耐えてきた。
しかし、知井子は自分のダメなところは、みんな自分の身長のせいにしていた。
体育の成績が悪いのも、男の子にモテないのも、少し自分の根性が悪いのも背が低いから……。
知井子のために言っておくが、本人が気にするほど根性ワルではない。
中学のとき、友だちとディズニーランドに行ったとき、自分一人子ども料金で入ったことに罪悪感を感じていたくらいだ。
マユは、小はつくが悪魔なので人の気持ちが、マユの精神年齢に合わせたぐらいに理解は出来る。
知井子が「アレも出来ない、コレも出来ない」と思っているのは身長のせいなんかじゃない。全てのことに消極的で、やる前から諦めてしまうからだと……知井子は、その気にさえなれば人並みになんでもやれることを知っている。
友だちとしてマユは、知井子の背を高くしてやりたかった。そして人並みに、いろんなことにアタックして欲しかった。こんな黒板消しで意地を張ったり、身体測定のときに、人知れず5ミリほど背伸びしたりしないで。でも、それって悪魔の道からは少し外れているような気がした。それにだいいち、マユは、人の背を適度に伸ばせるほど魔力をコントロールできない。へたに魔法をかけたら、知井子をスカイツリーと同じ身長にしてしまいかねない。
知井子は、次の時間はずっと授業を聞くふりをして、白紙のノートをじっと見つめていた。もし、知井子にマユほどの魔力があればノートに穴が開くほどに……。
ある意味、それは強い集中力だったので、マユはちょっとだけ知井子に魔法をかけてやった。
自分の願いが、はっきりした夢として見られるような一種の催眠術だ。しかし、この魔法で見られる夢は、自分の実力や、道徳観を超えて見られるようなものではない。たとえば、ルリ子たちをブタにしてやりたくてもできないようになっている。あくまでも本人の潜在能力の範囲でしか見ることのない夢であった。
……気づくと、知井子は交差点に立っていた。
こころなし目の前の信号機が低く見える。あたりを見渡すと、たいていの人の頭が、自分と同じ高さにある。いや、自分の頭が人と同じ高さになっているのである。
「世間って、こんなに見晴らしのいいものなんだ!」
知井子は、交差点を渡ってケンタの前のカーネルおじさんの人形と背比べをやってみた。ちょうどいいバランスだった。ついこないだまでは見上げていたカーネルおじさんの口元が、自分の目の高さぐらいにある。
知井子は、スマホを出してカーネルおじさんの身長を調べてみた。
――身長173センチとあった……と、いうことは……。
「うそ、165はあるってことじゃん!?」
ショ-ウィンドウに映る自分は、ディズニーランドを大人料金を払わなければならないスガタカタチっであった。
「そうだ!」
知井子は、あたりを見渡した。どうやらアキバのあたりであるようだった。以前ため息ついてあきらめた店に直行した。そこは、ちょっと高級なゴスロリの店であった。以前きたときにも見たのだけど、ショ-ウィンドウに飾ってあるそれは、自分が着ると「まるで、小学校の学芸会」であった。
でも、今見たら、チョーイケそう。値段は並のゴスロリよりもヒトケタ高かったが、財布の中身を見ると、それを買っても、半分残るくらいのお金が入っていた。
ノースリーブのワンピとブラウスのセットを買った。
店の試着室で着替えると、店員さんも驚いて宣伝用にと写真を撮ってくれた。スマホにそのまま送ってもらい自分で確認。
ため息ついて、そのまま街に出た。あたりを歩いているヒラヒラのゴスロリではなく、シックな二十世紀初頭のイギリスのお嬢さんのように見えた。髪も気づくと、それに相応しいウィッグ……ではなく、自分の髪の毛で、緩やかにカールしていた。
「ねえ、キミお茶しない?」
イケメンくずれのお笑いタレントのようなオニイサンが声をかけてきた。
多少くずれていてもイケメンである。知井子は人生で初めて、男の人に声をかけられた。ディズニーランドでスタッフのオニイサンが「迷子になったの?」と声をかけてくれたのを例外として。
しかし、本能的に「こいつはダメだ」と思った。
「いいえ、けっこうです」
知井子は、『プリティープリンセス』のアン・ハサウェーのアミリア王女のように断った。しかしオニイサンはしつこく付いてきた。いいかげんウンザリしたところで声がかかった。
「きみ、ちょっとしつこいんじゃないか」
三十分後、知井子は声の主の事務所にいた。プロダクション小城といい、AKBのメンバーの何人かが所属している、業界でも新人発掘に成果をあげているところであった。
そして、数ヶ月後、知井子はAKBとよく似たユニットの結成メンバーのセンターとなり、ユニットごと、その年の新人賞に選ばれた。
「どうですか知井子さん。デビューわずか五ヶ月で新人賞をとった感想は!?」
MCにそうふられ、答えようとして過呼吸になりかけたときに目が覚めた。
知井子が、夢を見ながら過呼吸になりそうになったので、マユは魔法を解いたのだ。
正直驚いた。知井子にこんな潜在能力があるとは思っていなかった。少しカチューシャが締まって、声が出そうになった。どうやら小悪魔としては道を踏み外しかけているようだ。でも、またカチューシャは緩んだ。――なにが良いことか悪いことか分からなくなってきた。
数ヶ月後、それは現実のものになるとはマユにも分からなかった。
ただ、グラウンドで体育をやっている同学年の集団の中から、誰とまでは分からないオーラを感じていた。マユとは真逆な、脳天気なほどに明るいオーラ、少々の暗いことなど、明るい輻射光で無かったことにしてしまいそうに明るいオーラに。
次の休み時間、知井子は黒板の上の方は素直に里依紗に頼んで消してもらっていた。ルリ子たちは少し囃し立てたが、里依紗と、沙耶に睨まれて口をつぐんだ。里依紗たちも、少しマユの影響でスゴミがきくようになったようだ。
窓辺に寄ってグラウンドを見ると、体育を終えたクラスの子たちが更衣室に戻っていくところだった。もうさっきのオーラは感じない。
あれはいったいなんだったんだろう……。
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