第2話『新型スマホにご用心!』

魔法少女なんかじゃないぞ これでも悪魔だ こ 小悪魔だけどな!

2・『新型スマホにご用心!』



「おはよう」


 門衛の田中さんが、いつものように挨拶してくれた。



 田中さんは元自衛官。五十五歳の定年で、この東城女学院の門衛さんになった。だれに対してもキチンと顔を向け、目を見て挨拶してくれる。地獄の門番ケルベロスを連想する。もっともケルベロスは頭が三つもあるので、大勢やってくる人間どもの顔を見逃すことはない。



 田中さんは、たった一人でケルベロスをやってのけている。



 ウワサだけど、田中さんは千二百人いる生徒や教職員の顔と名前を全部覚えているらしい。一度チャンスがあったら、ゆっくり話がしてみたいと、マユは思っていた。

 しかし、マユは、転校というカタチで人間の世界にやってきて間がない。魔界の補習のためにやってきているのだ。あまり余計な時間はとりたくない。さっさと、やることをやって魔界に戻りたい。


 教室に行くと、いつものように、半分くらいの生徒が来ていた。


「おはよう、里依紗」

「あ、おはよう……」



 里依紗のそっけない返事。沙耶と知井子も簡単すぎる挨拶しか返ってこない。事情は聞かなくても分かっている。この三人は、昨日、骨髄性の難病で休職中の恵利先生の家に行ってきたんだ。

 マユが写メにちょっとした細工をしたのが嬉しくて。ただ送信すればいいだけのそれを、わざわざ電車に乗って、恵利先生に会いに行った。で、赤ちゃんの清美ちゃんにも対面した。


「「チョーかわいい!」」


 女子高生のボキャ貧な感嘆詞も恵利先生は嬉しかった。



 恵利先生の嬉しさには、二つの理由がある。



 教え子がわざわざやってきてくれたことと、持ってきてくれた清美ちゃんの写メ。


 画面にタッチすると十七歳になった清美ちゃんの姿になるように魔法がかけられている。それも見るたびに、微妙に表情なんかが変わるようになっていて、見飽きることがない。

 そして、なんと言っても、赤ちゃんはかわいいもんだ。で、つい長居してしまい、遅く帰宅した里依紗たち三人は、宿題ができていなかった。



 で、三人はホームワークシェアリングをやって、分担したのを写しあっている最中。

 三人の必死の形相にマユは、小悪魔らしくほくそ笑んだ。


 窓辺の日当たりの良い席から歓声があがった。


「チョーおいしそう!」

「オタカラスィーツじゃんよ!」

「でしょでしょ(^▽^)/」



 三番目の声の主は、クラス一番のタカビーの指原るり子。



 こいつは小悪魔のマユがほれぼれするほどに意地が悪い。



 この窓ぎわの特等席も、席替えのときにズルをして、取り巻きともども占拠したものだ。恵利先生がいたら、こんなズルは出来ないのだけど、副担のトンボコオロギこと坂谷のたよりなさに乗じてやった。みんな不満に思っているが、だれも面と向かって文句を言わない。だからマユも干渉はしない。



「キャー、このパンナコッタ、ヤバイよ!」

「このティラミスもヤバ~イ!」



 取り巻き連中が、半分お追従、半分本気で、羨ましがっている。



「どーよ、4Kの3Dだから、すごくいいっしょ。むろん、このスィーツも帝都ホテルの特製だから、そこらへのスィーツとは比べモノにはならないんだけどね」


 るり子は、最新のスマホで、昨日食べてきた帝都ホテルのケ-キバイキングの写メを見せびらかしていたのである。


「チ、うるさいなあ……」

 沙耶が小さく舌打ちした。

「なんか言った……?」



 取り巻きの一人が、耳ざとく聞きとがめた。るり子の取り巻きたちがいっせいに、里依紗たちを睨んだ。

「ホホ、ごめんなさいね。そんなとこで、ドロナワで宿題やってるなんて気づかなくって!」

 るり子がトドメを刺す。取り巻きがいっせいに笑った。知井子が立ちかけたが、里依紗が制した。


――挑発にのったら、宿題できなくなる。


「あら、素敵なスマホじゃない。わたしにも見せてくれる!?」



 マユは満面の笑みを浮かべて、るり子たちに近づいた。



「あら、マユも見たい。どうぞどうぞご遠慮なく」



 背中に里依紗たちの視線を感じながら、マユはるり子たちの輪の中に入っていった。



「このサバランなんて、いけてるのよ、ラム酒に漬けた生地使ってるからとても香りもいいの。残念ね、香りはしないけど、3Dの映像で我慢してね」

 るり子が、鼻を膨らませた。るり子が得意になったときのクセである。

「あら、もったいない。このスマホ、匂いも再現できるのよ。知らなかった?」

 マユはカマした。

「ほんと?」

 タカビーだけど、るり子はこのへんは素直……というか単純である。



「ちょっとかして……このアプリをダウンロードしてと……」



「おお!!」

 教室にラム酒の混ざった、サバランの甘い香りが満ちた。

「ほんと、ルリちゃんは元華族!」

「あ、それナイショ(;^_^)」

 と言いながら、るり子は積極的には制止しなかった。しかし、取り巻き達は「華族」と「家族」の区別がつかず、キョトンとしていた。サバランの甘い香りの中で、しぶしぶという感じで、るり子は説明した。

 里依紗たちの怖い顔に、マユは、ウィンクで応えた。


 るり子のスマホの噂は、昼頃には学年中に広まった。


 そして、それは昼休みのキャフェテリアで起こった。



「ねえ、ルリちゃん。噂聞いたわよ。ちょっと見せてよ!」

 カレーライスをトレーに載せた隣のクラスのタカビーが寄ってきた。ここのキャフェテリアのカレーはよその学校の業務用のそれではなく、自家製で、東城女学院の名物メニューであった。

「いいわよ」

 るり子は気前よく、スマホを取りだし、スイッチをいれた。

「またやってる」

 いまいましいので、里依紗たちはキャフェテリアを出て、中庭からガラス越しにそれを見ていた。


「なんか変だよ……?」


 沙耶が、ベンチから立ち上がった。キャフェテリアの中は大騒ぎになっていた。

「な、なにがあったのかしら!?」

 立ち上がった三人にマユは説明してやりたい衝動にかられた。


――あのスマホには、仕掛けをしておいたの。写したものはちゃんと時間経過した姿と匂いで現れるようにしてあるの。


 最初に再生したときは、写したときの姿と匂いがしているけど、次に再生したときは、写したときから同じ時間がたったときのそれになって出てくる。

 で、るり子がスィーツを食べてから、十二時間ほどが経過していた……。


 スマホから再生したスィーツたちは、食後十二時間たった状態だ。姿はキャフェテリアの名物に似ていた……。

  



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