Episode 004

俺、桑田未亜は今憂鬱になりながら階段を上っていた。

1通のラブレターを持って。

無論のことだが俺宛ではない。

昇降口で初めて話したような奴から託されてしまったのだ。

内履きの色からして後輩だった。


「たしかに、あの人との接点は無きにしも非ずだけど」


俺は3年生の教室が並ぶ2階の廊下を肩を低くして歩いていく。

一番奥にある3年1組の教室。

その教室には夕陽を見ながら黄昏れている金髪のクールビューティが机に肘をつきながら佇んでいる。

俺はため息をつきながら、意を決してその先輩に話しかけた。


「柏原先輩」


彼女は『四大天使』の1人、柏原夕美。

クォーターらしいのだが、日本人の面影が見当たらない。

黒目黒髪は遺伝子的には優性のはずなのに。

ある意味柏原先輩の日本人離れした金髪青目でその優れた容姿は遺伝子の奇跡だ。


「……………」


先輩はこちらの方に振り向いたが、すぐにまた夕陽を眺め始めた。


「露骨に無視しないでくださいよ」


「あら、クソムシじゃない」


「もしかして三方にアレを吹き込んだのって先輩だったりします?」


「さぁ?私は三方さんにあなたが『神坂くんからこぼれ出た甘い蜜を吸うクソムシ』なんて吹き込んでないわ」


「やはりあなたでしたか」


「でもそれを広めたのはその三方さんよ」


「でも吹き込んだんですよね?」


「「………………………」」


お互い沈黙してしまった。

いや、答えるべきは先輩なのだが。


「黙れクソムシ」


「考えた先に出た言葉がそれですか」


「それで?あなたは私に用があるのよね」


やっと本題に入ってくれたか。


「はい。といっても、これですけどね」


俺は手に持っていた1通のラブレターを先輩に手渡した。


「あなたからじゃないわよね?」


「それは間違いないです」


先輩は封を開けて、手紙を広げた。


「この高橋たかはし太一たいちって誰なの?」


「自分も今日初めて会いましたよ。先輩がもっとフレンドリーだったら、俺がこんな役を引き受けなくてよくなるのに」


「あなたと親しいと思われているなんて心外だわ」


「そもそも先輩に親しい人なんているんですか?」


「………………………いるわよ、1人」


「あ、怜はなしですよ。この学校であいつと親しくない人なんていないので」


怜はダメだ。

この学校で比較的ぼっちとされる奴は皆『友達いるの?』って訊くと怜の名前を出すぐらいだ。

そんなのはズルだろ?


「……………………………」


あ、この人ホントに友達いないのか……


「先輩」


「なにかしら?」


「なんかすいません」


「なによ、その、哀れな子を見る目は!?」


俺は可哀想な子どもを見ていたたまれなくなったときの心持ちで微笑んだ。


「その笑顔はなにかしら!?まるで可哀想な子を見ていたたまれなくなったときの笑顔じゃない!」


スゲェなこの人。

まさしくその通りだ。

というか、俺以外の前にもこんな感じだったら普通に友達ぐらいできそうなのに。

でも周りがそうさせてはくれないのだろう。

日本人離れした美貌はやはり取っつきにくい。

この人にはその問題が物心ついたときから付きまとっていたのだろう。


「先輩は結局、そのラブレターをどうするんですか?」


「こういうのは家に持ち帰って捨ててあげるの」


「ようは捨てるんですね」


「下手に返事して希望を持たれても困るのよね」


「それ怜のやつに教えてやってくださいよ。あいつ毎回出向いて直接断ってるんですよ。そのおかげでリピーター続出です」


「それが神坂くんの良いところじゃないかしら」


「そうかもしれないですけど、先輩はいつだって怜の言動に対しては肯定的ですからそこら辺はあまり信用できないんですよね」


それは他の『四大天使』や怜のことを好いている奴ら全般に言えることだ。

怜のようなタイプは周りが皆そうだと当人としてはむしろ本当にそれでいいのかと、自分に自信が持てなくなる。

だからこそ、俺みたいな奴が側にいた方がいいとか自分で思ったりするわけで。


「そ、それはっ、し、仕方ないじゃない、惚れた弱みってやつよ……」


顔を赤らめて照れる先輩はやはり可愛いかった。

いつもはクールでミステリアスで、どこか別世界の住人のような感じだが、それでも恋する乙女であることには変わりないのだろう。


「先輩って、意外に可愛いですよね」


「あなたに言われても嬉しくもなんともないわ」


「そんなことは分かってますよ。だから、さっきのような感じを怜に見せつければ、意識ぐらいさせられるんじゃないですか?」


「私って意識されてなかったのね……」


そこにショックを受けられても……

というか、あなた怜に対しても照れ隠しで冷たく当たるから。

怜はこれまでに数えきれないほどの他人から好意を向けられてきたせいで若干麻痺しているがそこまで鈍感ではない。

それでも現実問題として照れ隠しだなんて当人からすれば分かりようがないのだ。


「それは先輩の自業自得です。照れ隠しも知ってる人から見れば可愛いものですが、知らない人からすれば自分は嫌われてるんだと思ってしまいますよ」


実際、怜から柏原先輩に嫌われているとかなんとか相談された気がする。


「照れ隠しって……」


先輩の言動を見ているうちに分かったことが1つある。


「先輩って、コミュ障ですよね」


「なっ!」


多少なりとも自覚あったのか。


「その容姿が一因とはいえ、そもそも先輩は他人と自らコミュニケーションを取ろうとしない、いや取れなくなっていますね。クールやミステリアスなキャラクターとしては成り立ってますけど、それでは恋人はおろか友達だって出来やしませんよ」


「あなた先輩に対して説教とはいい度胸ね」


うわー、突いちゃいけないとこ突いちゃったか。

でも、ヒロインレースを進めるために、ここで一歩踏み出してもらわなければ。

このままだとこの先輩は不戦敗というかなり残念な結果に終わりかねない。


「たしかに教えを説いてはいますが、これは説教ではなく冴えない男のアドバイスだと思ってください」


「彼女いない歴=年齢の童貞にこんなこと言われるなんてっ」


「童貞は関係ないでしょ!」


この人はイキナリなにいい出すんだ。


「それと俺、彼女いたことありますよ?」


ピタッ


先輩は石のように固まった。

それから首を左右に振り、頰を少し叩いた。


「面白い冗談ね」


「いや、ホントですよ。今はいませんが」


「嘘はやめなさい。見栄を張りたいのは分かるけど、すぐにバレるような嘘はつかない方がいいわ」


そんなに俺に彼女がいたことが信じられないの?

心外だなぁ。


「そんなに疑うならあとで怜に訊いてみればいいじゃないですか。あいつも知ってますし」


「神坂くんのことだから、あなたが憐れで話を合わせるに決まっているわ」


そんなに信じられませんか、そうですか。

まぁ、気持ちはわかりますよ。

でも世の中には物好きな人だっているんですよ。

別れましたけど。


「怜はそんなことしませんよ。これでも俺たちは対等の仲なので」


「あなたと神坂くんが対等?自惚れもそこまでいくと笑えるわね」


「あくまで立場ですよ。総合的にスペックであいつと並べる奴なんてこの学校には少なくともいません」


そんなことはとうにわかりきっていることだ。


「そう、だから神坂くんは憐れみなんかで話を合わせたりしないと言いたいのね?」


「そういうことです」


「でもあなたに彼女がいたことに関してはまだ疑いの余地があるわ」


この人、意地でも信じないな。


「分かりましたから、信じなくていいですよ別に」


彼女がいた証拠なんてのもないしな。


「じゃあ、俺はこれで。先輩は帰らないんですか?」


「5時半から担任と進路面談なのよ」


「そうなんですか。3年生は大変ですね」


「ところで神坂くんが行きたい大学とか知ってたりするのかしら?」


この人一途だよなぁ。


「残念ですけど、そのような話はしてないですからね」


2年生のまだはじめの方、考えてるやつなんてほとんどいないと思う。


「じゃあ、訊いておいて」


「多分まだ漠然としか考えてないと思いますよ?」


俺なんて漠然とも考えていない。


「そこはあなたの手腕に期待するわ」


「そういう時に限って持ち上げるのやめてくださいよ。まぁ、それとなく訊いてみますよ。それでは」


俺は先輩のいる教室から立ち去った。


「進路かぁ。怜のやつ、たしかに何目指してんのかな?」


俺も来年になったら、考え始めるのだろう。

そんなことを思いながら帰路に着いた。




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