09
「お母様とふたりで助かる方法はなかったの?」
お父様――ブランドン大公爵は、人間ではありません。
ひた隠しにしているので一族以外に知るものはいませんが、正体は純血のヴァンパイアです。
でも、お母様は人間でした。
お父様と恋に落ち、命と引き換えになると告げられながらも秘密を聞くことを選び、そしてすべてを受け入れたうえで結婚したのです。
そこにあるのは、真実の愛だったはず。
なのに……。
そんなお母様のことを、まるで緊急時の非常食のように扱うのは、違うでしょう。
「いざとなれば眷属にするつもりだったが、谷底で私が気づいたとき、あれはもう……息絶えていた」
「でも! だからって血を全部吸って捨てて行くなんてあんまりじゃない? 野犬が食い荒らしたってわたし聞いたわ」
「野犬? それは違うな」
宵闇の中、お父様の紅い眼が光りました。
「私も肉体の損傷がひどく、緊急性が高かった。やむを得なかったが、骨以外はすべて補給に使ったのだ」
「え……」
わたしは言葉を失いました。
骨以外を……すべて?
補給?
胃がむかむかしてきました。
それはもう、ヴァンパイアですらない……。
誇りのために誇りを捨てたら、もはやそれは化け物です。
「お父様。そのとき、泣いてた? 愛しているお母様を食べるとき、涙は流れた?」
「なぜそんなことを訊く? 私が愛していたのは心なのだから、死ねばもう、それは他の人間と――食糧となるゴミどもと変わりはない。私が生き延びる糧となるのが最も正しいことだろう」
「そう……」
わたしは黙って、格子窓の隙間から、お父様に両手を差し出しました。
赤子のように、指をぱっと広げて。
「どうした?」
お父様が窓に一歩近づき、その手を握ってくれます。
とても優しい手。
お母様も、きっとこの手が好きだったのだと思いました。
「わたしのこと、愛してる?」
「もちろんだ。半分人間だったお前が、私の宿敵の血を吸ってヴァンパイアとして覚醒してくれたことが何より嬉しい。その選択を、私は誇りに思うよ」
やっぱり、お父様はわたしの存在まるごとではなく、わたしの選択――心を愛している。
だったら、望む選択をしなかったわたしはもう、他の人間と同じゴミということになります。
「ごめんなさい。この銀髪は、染めたものなの」
「なんだと? ……ぐっ」
わたしに両手を掴まれたまま、お父様は目を丸くしました。
口の端から、ひと筋の血が流れ落ちます。
その胸からは、銀の剣の切っ先が飛び出していました。
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