家出少女と俺

@山氏

家出少女、拾いました

「疲れた……」

 仕事帰り、俺はぼーっとしながら歩いていた。夜風が涼しい。

 せっかくの金曜日。さらには定時で上がれたというのに上司の飲みに付き合わされ、結局家に向かったのは0時を過ぎた頃。

「お兄さん、私のこと拾ってくれない?」

 目の前に、制服を着た少女が現れた。周りが暗くて顔はよく見えない。

「なんかの勧誘か? 金ならないぞ」

「いらない。今日泊めてくれればいいよ」

「なんだそれ」

 俺は歩き始めた。こういう輩には関わらないのが吉だ。

「あーあ、このまま凍死したらどうしようなー。お兄さんのこと一生恨むだろうなー」

「……」

 通り過ぎようとしたところで少女は言った。俺は立ち止まり少女の方を見ると、俺の方を向き、軽く抱き着いてきた。甘い香りがする。

 抱き着いてきたことにより、顔がはっきりと見えた。

「お礼もするから、泊めてくれない?」

 少女は俺の耳元で囁く。俺は顔を赤くして少女のを方見た。

「ごはん作ったりとか、部屋の掃除とか」

 学生であろう少女にいかがわしい想像をしてしまったことを呪う。流石に学生相手にそんなことをしたら刑務所行きだ。

「……勝手にしろ」

 俺は少女を引き離すと、少女は嬉しそうに「ありがと、お兄さん」と言って腕を絡ませてくる。

「……離れろよ」

「えー、いいじゃん」

 結局断り切れず俺は少女を連れて家に帰った。

 家と言ってもアパートの1室だ。見知らぬ女の子を泊めるような場所ではない。

 家に着くと、少女は靴を脱ぎ捨てて俺の布団に寝転がった。

「おい……」

「疲れたんだもーん」

 俺はコップに水を注ぎ、一気に飲み干した。

「はぁ……」

 ため息を吐いて、少女から離れた位置で着ていたコートを掛布団代わりにして寝転がる。

「……」

 少女の視線を感じたが、俺は無視して眠りについた。

 

 

 次の日、いい匂いと共に目が覚める。

「あ、おはよう」

 キッチンに見知らぬ女の子がいた。

「え、誰だ?」

「ええ……。昨日のこと覚えてないの?」

 げんなりとした様子で、少女が俺の方を見た。

 そういえば昨日、帰り道で少女に絡まれたような気がする。部屋に上げたところまでは覚えているのだが、そのあとは覚えていない。

「俺、お前に何もしてないよな……?」

 酔った勢いだったとしても、手を出していたら大惨事だ。

「覚えてないんだ……」

 少女は含みのある言い方をした。血の気が引いていく。

「……嘘、何もされてないよー」

 ニヘラと笑い、少女はテーブルに料理を運んだ。

「寝てる間に作ったから、一緒に食べよ?」

 ご飯にみそ汁、そして目玉焼き。ザ・日本の朝ごはんと言った感じの料理が並べられていた。

「ああ、ありがとう……」

 俺は甘んじて彼女の料理を食べた。

「それで、なんであんな時間にあんなところうろついてたんだよ」

 朝ごはんを食べ終わり、俺は彼女に聞いた。

「ちょっと親と喧嘩しちゃって……」

 喧嘩して家出か。俺も小学生のころに家出を試みて、結局すぐに家に帰ったことがある。

「あんな遅い時間に出歩いてたら、変な奴に誘拐されてたかもしれないんだぞ」

「だって、帰りたくなかったんだもん」

「もうちょっと考えて行動しろよ……」

 俺はため息交じりに言った。少女はムスッとして布団の方に行ってしまう。

「いつまで家にいるつもりだ?」

「……」

「両親だって心配してるだろうし、俺だってこのままお前を置いとくわけにもいかないぞ……」

「だって……」

「何で喧嘩したか知らないしどうでもいいけど、明日には帰れよ? 俺だって仕事があるんだ」

「わかったよ……」

 少女は渋々と言ったように返事をして、俺の方を見ずに布団に寝転がった。

 その日は特に何かするでもなく、一日が過ぎていった。

 寝る前、少女は布団に入りながら口を開いた。

「そういえば、お兄さんの名前聞いてない」

「俺? 俺は霧崎拓真」

「拓真君ね。私は椎名美咲」

 別に名前を聞いたところで明日で終わりの関係だ。

「お兄さん、明日、デートに連れてってよ」

「はぁ? なんでだよ」

「せっかく休みなんだから、遊びに行きたい」

「友達でも誘って行けよ。そんでそのまま帰れ」

「だって私制服のまんまだし」

「俺と出かけても同じだろ」

「お兄さんの服貸してよ」

「サイズ合わねえだろ……」

「ベルトとかすれば大丈夫だよ、多分……」

 美咲は引き下がる様子はなく、俺はため息を吐いた。

「わかったよ」

「ホント? やったー! 私、遊園地行きたい!」

 嬉しそうに笑う美咲に俺はため息交じりに「はいはい」と返し、昨日と同じようにコートを布団代わりにして寝た。

 

 

「お兄さん。お兄さんってば!」

 美咲に肩を揺すられ、俺は目が覚めた。

「なんだよ……」

「今日デートしてくれるって言ったじゃん! 早く起きてよ!」 

 俺はポケットに入っている携帯を取り出すと、時間を確認した。まだ昼前じゃないか。

 体を起こすと、美咲が俺の服を着ていた。

「なんで勝手に着替えてんだよ……」

「いいじゃん別に。着替え見られたくないし……。それよりも早く行こうよ!」

「わかったわかった。俺も着替えるから先に外で待ってろ」

「はーい」

 美咲は嬉しそうに部屋から出ていく。俺はあくびをして着替え始めた。

「早く早く!」

 俺の手を引っ張りながら、美咲は歩いて行った。

「何から乗ろうかな……」

 美咲は目を輝かせて案内図を見ている。

 俺は彼女がいたらこんな感じなのかな、などと考えていた。

「まずはジェットコースターからにしよ!」

 俺の手を引いたまま、美咲は進んでいく。

 一通り遊園地と楽しんだ後、俺たちはベンチで休憩していた。

「楽しかったー!」

 美咲は俺が買ってきたジュースを飲みながら楽しそうに笑っていた。

「そろそろ帰るか」

 すでにあたりは暗くなり始めており、制服を取りに帰ることを考えるとかなりいい時間だ。

「待って。最後に観覧車に乗ろ?」

 美咲はまた俺の手を引いて観覧車の方へ歩いていく。まあ、観覧車に乗るくらいの時間はあるだろう。俺は美咲に引っ張られながらため息を吐いた。

 観覧車はそんなに列もできておらず、すぐに乗ることができた。

 向かい合って座り、扉が閉まる。

「今日はありがとね」

 4分の1ほど進んだところで、美咲がしおらしく呟いた。

「別に暇だったし」

「優しいね。お兄さん」

 そう言って、美咲は外を眺めた。

「綺麗だね」

 俺もつられて外を見る。

 空は赤く染まり、立ち並ぶ家のところどころに窓からの光が見えた。

「……拓真君」

 美咲が立ち上がり、俺に抱き着くように体を寄せて、そのまま顔が一気に近づく。

「な……」

 数秒後、美咲が俺から離れ、元の位置に座った。顔は真っ赤に染まっている。

「初デートの思い出……なんちゃって」

 キスされたと理解するのに、時間がかかった。美咲は照れ臭そうに笑って、俺から顔を逸らすように外を向く。

 俺も美咲を見ていることができずに、気を紛らわせようと外を見た。

 部屋に帰るまでの間俺たちは話すことはなかった。


 部屋に戻った後、俺は美咲が着替えている間部屋の前で待っていた。

 美咲が制服に着替え、部屋から出てくる。

「それじゃあね」

「ああ、もう家出なんてすんなよ」

「はーい」

 美咲は俺に手を振って、走っていった。

 これでもう美咲と会うことはないだろう。そう思うと、少し名残惜しく感じる。

 俺は誰もいない部屋に戻った。

 

 

 次の金曜日。珍しく上司の飲みに連れていかれることなく帰ることができた俺は、美咲と出会った場所で立ち止まった。

 そして美咲といった遊園地のことを思い出し、首を振る。

「もう忘れよう……」

 俺はそう思い、歩き出す。

 そしてアパートに着いた時、俺の部屋の前で体育座りしている少女がいた。

「何してんだお前」

「また来ちゃった」

 美咲は恥ずかしそうに笑って立ち上がり、俺のもとへ駆け寄ってきた。

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