王子と打倒マスコミ!

 翌日の放課後の保健室で――。


(今日も来るかなぁ、王子野くん……。

 『また明日』って言ってたし、来てくれますよね)


 王子が来るのを待って、ウキウキと浮かれる紅葉。


(――って、何を考えてるの、私ったら)


 ふと我に返った紅葉は、真っ赤な顔を仰ぐように手をパタパタと振る。


(相手は生徒で、ただ悩みを相談しに来るだけ。

 それなのに……どうしてこんなに楽しみに思ってしまうの?

 これじゃいけません、何とか心を落ち着けて……)


 と、そのとき――


 ――コンコン。


 ――保健室のドアがノックされ、紅葉の心臓が跳ね上がる。


(――き、来ました!

 ダ、ダメよ、もっと冷静に……)


 スーハーと深呼吸し、心を落ち着かせる紅葉。


「は、はいどうぞ、開いてますよ」


 ――ガラッ。


「こんにちは、紅葉先生。

 すこしお時間いいですか?」


 だがドアを開けて入ってきたのは、王子じゃなく別の女生徒だった。

 緊張していた相手ではないことを知り、紅葉はホッと肩の力を抜いた。


(そ、それはそうよね。

 保健室は困っている生徒が来るところ。

 王子野くんしか来ない場所じゃないんだから……)


「こんにちは、どうかしましたか?」


 紅葉は改めて女生徒を確認する。

 短めの癖っ毛にベレー帽を被り、小柄でかわいらしい印象のメガネっ子だ。


「まずは自己紹介をさせていただきます」


 女生徒はそう告げ、軽く頭を下げた。


「ボクは新聞部部長の百住青葉といいます。

 今日は紅葉先生に、新聞部のインタビューを受けていただけないか、お願いしに伺いました」


「インタビュー?

 わ、私にですか……?」


 相手が新聞部の部長で、しかもインタビューを申し込まれたことに、目を白黒させる紅葉。


「はいそうです、紅葉先生にです」


 その女生徒――百住青葉――は力強く頷き、紅葉に取材の依頼を続ける。


「知りませんか?

 巨にゅ……じゃなくて美人と評判の紅葉先生は、全校生徒の注目の的なんですよ?

 先生が赴任してこられてもう一か月でしょう?

 今の心境をぜひインタビューさせてくれませんか?」


「い、いえでもそれは……」


「ダメですか? そこを何とか!

 前の記事が王子くんのスキャンダルだったので、次は方向性を変えて落ち着いた大人のインタビュー記事を書きたいのです」


「王子くんのスキャンダル……?」


 その彼女の一言に引っ掛かりを覚える紅葉


(も、もしかして、あの校内新聞を書いたのはこの子?

 王子野くんを苦しめている、今の状況を作った元凶――)


「お願いします、紅葉先生!

 インタビューさせてもらえませんか?」


 青葉のしつこい要求に――


「……ええ、いいですよ。

 取材を受けましょう」


 ――決意を込めて頷く紅葉。


「――その代わり、私も貴方に言いたい事がありますから」


 ――――――

 ――――

 ――


 その同じころ、王子は足取り軽く保健室へ向かっていた。


「フ~ン、フッフ~ン」


『……王子、何か機嫌ええな?』


「そ、そうかな? 別に何もないけど?」


 どうやら王子の方も、紅葉と会えることで浮かれているようだ。

 保健室まで辿り着き、ドアをノックし――


「捏造はやめてください!」


 ――ようとしたその寸前、保健室の中から紅葉の声が聞こえた。


「ですから、嘘は書いてないって言ってるじゃないですか!」


「でも貴方の書いた記事で苦しんでる人がいるんですよ?」


 王子が耳をそばだててみると、どうやら紅葉以外に誰かがいるようだと分かる。


「ボクはジャーナリストとして信念をもって記事を書いています!

 もしボクの記事で苦しんでる人がいるなら、それはその人が悪人なんですよ!」


「まぁ、なんて傲慢な!

 貴方はジャーナリストの前に人として失格です!」


 どうやら紅葉はが誰かと言い争っている様子。


「な、何だ?」


『中でもめとるようやな』


 こうして盗み聞きしていても仕方がないと、王子は意を決してドアを開ける。


 ――ガラガラ……。


「こんにちは~……」


「あ、あら、王子野くん。

 いらっしゃ……」


「むむむっ!

 どうして王子くんが保健室に?」


 王子の登場に、紅葉以上に食いついたのが、紅葉と言い争っていた新聞部部長の青葉だ。


「……あっ、新聞部の百住先輩!

 先輩こそ、どうしてここに……?」


「――むぅう、待ってください。

 先ほどから私に当たりの強かった紅葉先生――。

 そして保健室に通う王子くん――。

 こ、これは新たなスキャンダルの予感!」


「なっ! ち、違います!

 王子野くんはここに相談に来てるだけで……」


「相談という名のアプローチですね!

 ちなみにどんな相談内容で?」


「そ、それは貴方が悪いんでしょう!

 校内新聞で王子野くんの事を悪く書くから――」


「ふむふむ、つまり私が恋のキューピッドというわけですね!」


「な、何言ってるんですか!

 貴方なんかキューピッドでもなんでもありません!」


「ほうほう、つまりキューピッドは否定しても、恋の方は否定しないと?」


「なぁあっ!

 どうしてそうなるんですか!」


「そうだ、王子くん。

 ちょっと先生の隣に並んでもらえますか?」


「へ? こ、こう?」


 ――カシャッ!


「はい、オッケーでーす」


「あ、ちょっと!

 なに勝手に写真を撮ってるんですか!?」


「あ、気にしないでください、紅葉先生。

 ちなみに王子くんは、紅葉先生の事をどう思ってるんですか?」


「ど、どうって、それは巨にゅ……じゃなくて生徒想いの立派な先生だと……」


「そうですか。

 それじゃ紅葉先生の事を好ましく思っていると?」


「へ? そ、そりゃまぁいい先生だと思ってますけど……」


「なるほど!

 つまり両想いという事ですね!」


「ちょっ、百住さん!

 さっきから言ってることが無茶苦茶で――」


「生徒と教師の禁断の恋!

 こんな特ダネ、ジャーナリストの血が騒ぎまくりですよ!

 というわけで私はこれで――」


「ま、待ちなさい百住さ――」


「よっしゃ速報ぉおおおおおおおおおっ!」


 引き留める紅葉に目もくれず、保健室を飛び出していく青葉。


「あ、あれ? これってひょっとしてヤバい……?」


『まぁ、ある事ない事書かれるやろなぁ』


 青ざめる王子に、冷静な分析をするイアン。

 先ほどまでの勇ましさはどこへやら、おろおろとうろたえた様子の紅葉が王子に尋ねる。


「ど、どうしましょう、王子野くん……」


「え、いや、どうしようと言われても……」


「お、追いかけて行って止めた方がいいんでしょうか……?」


「そ、それは……むしろ大ごとになりそうな気も……」


「じ、じゃあどうしたらいいでしょうか……」


「それは……うーん…………」


「えっと……うーん…………」


 さすが似た者同士。

 王子と紅葉が話し合ったところで、何の結論も出ないようだ。


『……アカンわ、この優柔不断ども』


 ――結局、様子を見ようという無難な意見でまとまったのだった。

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