王子と三人の先輩

「なんと!

 インタビューに応じてくれるのですか、王子くん!!」


 そう声を上げたのは、新聞部部長の百住青葉だ。

 翌日、王子たちは彼女に会いに、新聞部の部室までやってきていた。


「はい青葉先輩、お受けします」


「いったいどんな心境の変化が?

 いえ、ボクとしては説得する手間が省けたので大変ありがたいのですが」


「ただしひとつ条件があります。

対面のインタビュではなく、質問状の形式でお願いできませんか?

 質問を十問程度にまとめてメールしてくだされば返信しますので」


「おおっ、了解です!

 では大急ぎで起案して、質問状をメールさせていただきますよ!」


「それじゃこれ、俺のメアドです。

 よろしくお願いしますね」


「お任せください!

 いい記事を書いて見せますよ!」


 早速質問の内容を考え始める青葉を残し、新聞部部室を去る王子たち。


「……これでいいのか、イアン?」


『おう、バッチリやで!

 あとは質問状にどんな答えを書くかやな。

 白雪のハートにガツンと来る答えが書けたらええんやけど……』


 うーん……とイアンが頭を悩ます。


『なぁ王子、何か無いか?

 白雪の考えが分かるような、作文とかインタビュー記事とか』


「さ、さぁ?

 天才高校生アーティストって呼ばれてるくらいだから、何か記事になってたりするのかもしれないけど……。

 残念だけど俺は知らないよ」


『ちっ、使えん奴やなぁ。

 ……そや!』


「な、なんだよイアン?」


『確か朱音って、白雪と同じ中学の同級生やったな?

 アイツから中学の卒業文集を借りられへんか?』


「卒業文集? そんなもの何に使うんだ?」


『だから白雪がどんなヤツなんか知るために必要や言うとるやろ。

 ええから借りてこい!」


「わ、分かったよ、卒業文集だな」


 問答の末に王子たちは、生徒会室へ向かう事になった――。


 ――――――

 ――――

 ――


「卒業文集?

 そんなもの何に使うつもりなの?」


 唐突な王子のお願いに困惑する朱音。


「いや、それは、えっと……」


 目的を聞かれて言い淀む王子の様子に、朱音は感を働かせる。


「……ひょっとして、また誰かとキスしようとしてるの?」


 ――ギクッ!


「そのために私の世代の卒業文集が必要ってこと?」


 ――ギクギクッ!


 朱音に内心を言い当てられ、思わずたじろいでしまう王子。


「い、いやそうじゃなくて、えっと、あーっと……」


「ねぇプーちゃん、正直に言って?

 ちゃんと相談してくれたら力になるから」


「そ、それは……」


 朱音から詰められ始めてしまった王子だが、それでも正直に話せずにいた。

 原因はあの校内新聞のインタビュー記事だ。

 朱音は王子のフォローするつもりで、あのインタビューを受けたのだろう。

 だが実際は、王子に対する完全なマイナスプロモーションになっていた。


(またあんなことになったら困るし、下手に相談できないよなぁ……)


 そう考えて口をつぐんでしまった王子。


「ふーん、何も言わないんだ……」


 そんな王子に、朱音は冷ややかな視線を送る。


「私がこんなに心配してあげてるのに、プーちゃんは私を邪魔者扱いするんだ」


「い、いや、邪魔者だなんて……」


「……ねぇプーちゃん。

 最近思うんだけど、プーちゃんは私に対する感謝が足りないと思うの」


「か、感謝?」


「だって前に、その……キ、キスしたとき……」


「キ、キス――」


 以前の朱音とのキスを思い出し、カーっと頬を赤らめる王子。

 その様子に朱音も顔を真っ赤にして言い訳する。


「ア、アレはあくまで呪いを解くため仕方なくよ!

 嫌々だから!」


「わ、分かってる分かってる!」


 王子が慌てて肯定すると、朱音はコホンと咳ばらいをし落ち着きを取り戻す。


「と、とにかく!

 あのキスはプーちゃんのためにって思って、私としては相当頑張ってやってあげたのよ?

 それなのに……プーちゃんから私に対して『ありがとう』の一言も無いじゃない」


「うっ、そ、そうだっけ?」


「あと一年の女の子にストーキングされて困っているときだって、私が悪役を買ってまで助けてあげたのに、なんの感謝の言葉もなかったよね?」


「いや、その……ど、どうだったかなぁ?」


「それに……プーちゃん、三枝紺奈さんともキスしたんだって?」


「うっ……」


 朱音の非難するような目つきに、思わず怯む王子。


「今日の校内新聞、私以外のインタビューを見て驚いたわ。

 プーちゃんたら、私の知らないところでそんなことしてたんだね?」


「そ、それは、だって呪いが……」


「解呪に必要――そんなことは分かってるわ。

 そうじゃなくて、私が怒ってるのは、私に一言の相談もなかったって事よ」


「そ、相談……?」


 矢継ぎ早な朱音の指摘に、目を白黒させる王子。

 朱音は容赦なく王子を詰めていく。


「今まで私は散々プーちゃんの面倒を見てきたつもりよ?

 なのに私のことを全く蚊帳の外に追いやって、そのくせ都合のいいときだけ頼ろうっていうの?」


「や、そんなつもりじゃ……」


「もしかしてプーちゃんは、私が世話を焼くのを『当然の事』だと思ってるんじゃないのかな?」


「ち、違うよ!

 そんな事全く思ってないから!」


「本当に?

 本当にそんな事思ってない?」


「は、はい。思ってません……」


「必要なときだけ使われて、用のないときはシカトして。

 私って“都合のいい女”にされてる気がするんだけど……?」


「いや、だからそんな事は……」


「ねぇプーちゃん。

 私から目を逸らさずに答えてくれるかな?」


「…………」


 怒気をはらんだ作り笑顔の朱音に、王子はドンドンと追い詰められていく。


(――っ!

 も、もう駄目だぁっ!)


 そしてついに限界を迎えた王子は、生徒会室から緊急避難を試みる。


「あ、別の用事を思い出した!

 それじゃアカ姉、バイバイ!」


「あ、コラ!

 逃げるなプーちゃん!」


 ――――――

 ――――

 ――


 ――エスケープ先の校庭で。


「あ、危なかった……。

 あのままだと延々と説教が続くところだったよ」


 校庭の隅のベンチに腰掛け、疲れた様子の王子。


「アカ姉って基本的には優しいんだけど、時々ああやって怖くなるんだよな」


『それに関しちゃ、悪いのは大方怒らせてる王子の方やけどな』


 王子の横に投げ出されたバッグから、顔だけ出したイアンが問いかける。


『それより王子、どうするんや?

 あれじゃ卒業文集は借りられへんぞ?』


「うーん、それは……」


 と、そこへ――


「よう、王子じゃないか。

何してるんだ?」


 ――現れたのは“嘉数高校のヒーロー”こと、サッカー部部長の千葉青春だ。


青春アオハル先輩……」

「『青春お兄ちゃん』と呼んでくれ」

「…………うっざ」


 思わず顔をゆがめた王子だったが、ふとある事を思い出す。


(そういえば青春先輩も、同じ中学でアカ姉とは同学年だったっけ。

 だとしたら……)


「青春先輩!

 ちょっとお願いが……」


 ――――――

 ――――

 ――


 その日の放課後――


「ほら、これが卒業文集だ」


 そう言って青春が差し出した一冊の本。

 コレを借りるため、王子たちは青春の家までやってきていた。


「あ、ありがとう、青春先輩」


 感謝を述べて本を受け取ろうと手を伸ばす王子。

 だがその手は青春に躱されて空を切る。

 訝し気に見る王子に、青春は文集を遠ざけながら言う。


「“青春お兄ちゃん”と呼んでくれ」


「いや、だから……」


「呼ばないならこれは貸せないな」


「…………」


 ぐぬぬぬぬ……と歯を食いしばりながら睨みつける王子。

 だが卒業文集を借りるためには仕方がない。


「あ……青春お兄ちゃん……」


「うん、それでいい」


 王子の言葉を聞き、満足げに頷く青春。


「将来俺と朱音が結婚すれば、王子は一生俺の事をそう呼ばなきゃいけないんだ。

 今のうちに慣れておかないとな」


(こ、殺してぇ~っ!!!)


 そんな屈辱を味わいながら、王子はようやく目的の卒業文集を手に入れたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る