王子と意識高い系

 今回、長文の面倒なセリフは飛ばしてください。

 何書いてるか意味が分からないと思いますが、書いてる作者も分かってませんので。

――――――――――――――――――――


翌日の放課後――。

 嘉数高校、部室棟五階。

 『漫画研究部(女子)』と書かれたプレートのかかる部室。


「ここか、四阿白雪先輩が所属する漫画研究部は」


 その事を確認すると、王子はコンコンと部室のドアをノックした。

 「はーい」と返事が聞こえ、王子の目の前のドアが開かれる。

 仲から現れたのは、漫画研究部の部員と思しき一人の女子生徒。


「って、お、王子様ぁっ!」


 王子の顔を見た途端、彼女は声を張り上げた。

 その声をきっかけに、中にいた部員たちがキャアキャアと騒ぎ始める。


「王子様って……うわっ! 本物!?」


「どうして王子くんがこんなところにいるの!?」


「なんてイケメン……!

 尊い、めっさ尊いわ……!」


「で、でも待って。

 今の王子くんて炎上物件じゃ……?」


「バカ!

 ウチらカースト底辺がイケメンと話せるチャンスなんてめったに無いのよ!」


「そうよ、炎上上等じゃない!

 こんなイケメンになら何度騙されたって構わないわ!」


 流石はかつての学園の王子様。

 校内新聞のせいで凋落したとはいえ、相手によってはまだまだ人気者のようだ。

 久々の黄色い声援に気を良くした王子は、満面の笑顔で彼女たちに尋ねる。


「こんにちは。

 ここに四阿白雪先輩が所属してるって聞いてきたんだけど……今いるかな?」


 それに対し、戸惑った様子を見せる部員たち。


「あ、四阿さん……?」


「四阿さんならそこで漫画を描いてるけど……」


 見ると部室の一番奥、窓際に一台の机があり、一人の女性が座っている。

 ゴシックファッションの女性――四阿白雪だ。


「やぁ、白雪先輩」


 王子が傍に寄り声を掛けるも、彼女からの返事は無い。

 机に向かって一心不乱に何かの作業を続けていて、王子に全く気付いていない様子。


「無理ですよ、王子くん」


 代わりに他の部員たちが王子に応える。


「彼女は一度絵を描き始めたら、周りが何も見えなくなるほど集中しちゃうんです」


「ああなったら彼女、何を話しかけても一切応えないわよ」


「あの集中力は凄いと思うけど……何か怖いよね……」


 部員たちの白雪に対する態度に、わずかな引っ掛かりを覚える王子。


「たしか白雪先輩って……三年になってから漫画研究部に入部したんだよね?」


 王子が尋ねると――。


「うん、そうよ。

 新年度に入ってすぐのころ、急にね」


「あれだけ評価されてた美術部を辞めて、どうして漫研なんかに入ったのかな?」


「漫画の話題をふってみても通じないし……。

 漫画に詳しくないみたいなのに、何が目的なんだろ?」


「四阿先輩って凄い人だし、仲良くしたいとは思ってるんだけど……」


「正直どう接していいか分からないのよね……」


 どうやら白雪は部内で全く打ち解けられていないようだ。

 それを察知した王子は内心でほくそ笑む。


(なるほど、つまり白雪先輩はこの部の異物ってワケか。

 ……これはアレだ、孤立するヒロインを救って仲良くなるパターンじゃね?

 ラブコメでよくあるやつ)


 バックの中のイアンからも声がかかる。


『喜べ王子、今回のターゲットはチョロインみたいやな』


 それを聞き(やっぱり……)と納得する王子。


(イアンがそう言うんだから、これはよくあるパターンでよさそうだな。

 読者が『ありがち』だと叩き、作者が『王道』だと言い張るような、そんな分かりやすいテンプレシナリオに違いない)


『どうする王子?

 また俺様がアドバイスしたろか?』


(いや、大丈夫。

 今回は俺一人でも充分だよ)


 助言を申し出るイアンに断りを入れ、自信をのぞかせる王子。


(つまりこれはベタで王道な“仲直りイベント”!

 彼女の理解者になって、周りの人間とも仲良くさせればいいって事だろ?

 俺って喧嘩は苦手だけど、人と仲良くしたりさせたりするのは得意だからな。

 ――いける! 今回は楽勝だろコレ!)


 と、そのとき――。

 ふぅーっというため息とともに、白雪の手が止まる。

 一息ついた様子の白雪が、机から顔を上げて王子を視界に捉えた。


「……あら、王子くん。来ていたの?」


「こんにちは、白雪先輩」


 得意のアイドルスマイルで応える王子。

 白雪はその笑顔にわずかに頬を赤らめるも、それより突然の王子の登場が気になった様子。


「こんなところに来るなんて、私に何か用なのかしら?」


「用というか、お礼です。

 あの誹謗中傷の中で、白雪先輩だけが俺を庇ってくれたでしょう?」


「……ああ、そういう事ね。

 別に構わないわ。

 私は思ったことを言っただけだもの」


「それでも俺は嬉しかったんです。ありがとうございます、白雪先輩」


 お礼を交えながら、王子は白雪に近寄っていく。


「ところで先輩。熱心に作業されていたようですが、何を描かれていたんですか?」


「あら、私の作品に興味があるのかしら?」


「もちろん。

 数々の美術コンクールで入選し、天才と呼ばれたあの四阿白雪が、美術部から漫研に移ってまで制作している作品ですよ。

 誰だって興味を持つでしょう」


 ――と、昨日まで全く興味のなかったくせに、一夜漬けで調べたきた白雪の情報を、さも昔から知ってました感満載で語る王子。

 その様子に「そう、仕方ないわね」と、白雪もまんざらではない様子。


「だったら御覧なさい。

 これが私の次回作よ」


「へぇ、どれどれ……」


 白雪に促され、机の上をのぞき込む王子。


(……な、何だコレ?)


 机の上に会ったのは一枚の漫画原稿。


 いや……漫画……なのだろうか?

 確かにその紙には、漫画の様にコマ割りされた絵が描かれている。

 だがコマの中の絵は抽象画を超え、もはや記号と模様にしか見えない。

 その中にデフォルメされすぎた登場人物が描かれていて、おそらく何かをやっている……という事は辛うじて読み取れる。

 ただしこの人物が何者で、何処で何をやっているのか……作品からは他に何も伝わってこない。

 ……これは漫画ではない、漫画っぽい別の何かだ。


「えっと……。

 白雪先輩、これは……?」


「コレは今、私が挑戦している新しいアートよ」


「ア、アート……?」


「漫画のスタイルを取り入れた現代アート。

 私はこれがやりたくて漫画研究部に入ったの」


 困惑する王子に、得意げに話す白雪。


「王子くんも漫画が『第9のアート』と呼ばれているのは知っていると思うけれど、私はそこに日本のサブカルを加えることができると考えているのよ」


「は、はぁ……」


「ここでいうサブカルとは、いわゆるサブカルチャーとは意味が違うもの。もっと内向きで、多くはネットで共有されているような……どちらかといえばカウンターカルチャーに近いかしら? もっともポップカルチャーとサブカルチャーの境目が曖昧になっている現在では、それに対するカウンターカルチャーも、今やその意義を変容させてしまっているだろうけれども――」


「ちょっ……ちょっと待って、話が難し……」


「ともかく今の私はネットの中のアーキテクチャの変容に注視しているのよ。匿名性の高いネットでは膨大なイマジンが渦巻き、クリエイター未満のクリエイターがコンテンツ未満のコンテンツを生み出し続けている。有象無象が集うアーキテクチャーはインフラストラクチャーにも影響を与え、全てが分類・可視化され誰でも操作が可能となったわ。ネット時代のアートはよりシステマティックに感性を表現し、知識も常識も、人間の内面ですらオートマティズムにコンテンツ化され消費サイクルに組み込まれてしまう。そのカオスなカルチャーは、コントロールできない事が欠点だけれども、逆にそれが魅力でもあるの。過去には文学や映画・メディアなどがアートというオーソリティに飲み込まれていったけれど、ネットはそういったガバナンスが通用せず、アートの与えるバリューすらアーキテクチャ上でアーカイブ化してしまうわ。そのカオスなカルチャーを作品として概念化・抽象化したい、それが今の私のイシューよ。作品として表現することで、普段は意識されないレベルの社会的・文化的・政治的・経済的アーキテクチャから、世間を、そして個人を開放できると考えているの。そんなアーキテクチャの改変を行おうとした場合、そのアプローチとして多岐にわたるカルチャーを網羅する漫画はちょうどいいテーマだわ。漫画には膨大なアーキテクチャからなるネットのサマリーとなるだけのポテンシャルがあると思っているの。ただし今の漫画はマーケティングの介入によって大衆化されすぎていると感じている。私はもっと漫画をインディペンデントに追及していくことで、カルチャーの壁を超えるアートが生まれるかもしれないと考えているのよ。そういう意味では日本の漫画よりバンドデシネのほうが、私の理想に近いのかもしれないわね。さらに言えば――」


「…………」


 立て板に水な白雪のトークに、思わず絶句する王子。

 後ろでは他の部員たちが、その白雪の様子についてひそひそと話をしている。


「また始まったよ、四阿さんの難しい話……」

「相変わらず何言ってるかさっぱり分からない……」

「四阿さんて作品について聞くといつもこうなるよね」

「こういうのも、やっぱり天才だからなのかな?」


 そんな部員たちに王子は思わず(違う、そうじゃない!)と心の中でツッコミを入れる。


(これは天才とかじゃない!

 ただの中二病だろ!)


『しかもこれ、面倒な方の中二病やなぁ』


 さすがのイアンもあきれた声を上げた。


 ちなみに――作者は世の中には、二つのタイプの中二病があると考えている。


 一つ目は“邪気眼タイプ”。

 なにやら黒い炎が右手に宿っていて突然疼きだしたり――。

 目が悪いわけでもないのに眼帯をつけていて、外すと封印された魔眼が覚醒したり――。

 何かの組織に追われているので、追手がいないか常に背後を気にしていたり――。

 ――そんな妄想を本気にし、現実で奇異な行動をしてしまう症状をさす。


 二つ目が“意識高い系タイプ”。

 よく分からないくせに芸術通ぶって、やたらと美術館に通ってみたり――。

 中高レベルの英語力しかないのに、いかにも読める体で英字新聞を広げてみたり――。

 啓発本に書かれているような事ばかり話すようになったり――。

 ――そんな風に、他人とは違う自分を良しとし、周囲にアピールしたがる症状の事を言う。


 後者に関しては高二病や大二病といった言い方もあるようだが、この作品ではあくまで中二病として分類させてもらった。


 そうして中二病を二つに分けて考えた場合。

 白雪は間違いなく後者――二つ目の意識高い系タイプになるだろう。


『邪気眼タイプなら適当に話を合わせればええんやけど、意識高い系タイプは下手に知識があるだけに、適当だと見抜かれる可能性があるからなぁ。

 おい王子、そのへんちゃんと分かっとるか?』


(わ、分かってるって何が?)


『せやから今回は一人でやれるっちゅうてたけど、ホンマに大丈夫なんか?』


(だ、大丈夫大丈夫。

 白雪先輩の怒涛のトークには引いちゃったけど、定番のシチュには違いないからね)


 ――テンプレの仲直りイベントで、部員たちとの仲を取り持てば白雪は落とせると信じる王子。


(いいから任せてよイアン。

 それより……いつまで続くのこれ?)


 王子とイアンがひそひそと話をしている間も、白雪の芸術談義は続いていた。

 そして――


 ――――――

 ――――

 ――


 ――十分後。


「――とまぁ、私の目指すアートはそういうものよ。分かってもらえるかしら、王子くん?」


(分かるかぁああああああああっ!!!)

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