アンデッド・アンデッド

化茶ぬき

第1話 大いなる存在

 二年と十七日――二度の冬を越えられたのは運が良かったのだろう。


「はぁ――はぁ――はぁっ」


 階段を駆け上がり、飛び出した屋上の扉に弾切れになったアサルトライフルをつっかえ棒として挟み込めば、ドンッ! と衝撃を受けて銃身がひしゃげた。


 一時期、二十人いた仲間は全員が奴らに喰い殺された。


 突然世界を襲ったゾンビたちに、人々は為す術なく殺されていった。生き残った者たちで団結し戦ってきたが……食料も銃弾も尽きて、残ったのは腰に下げているトマホークとネイルハンマーのみ。家族も仲間も殺されて、これ以上は生き続ける意味も無い。


 奴らに喰われて死ぬくらいなら――奴らと同じになるくらいなら、ここから飛び降りて死ぬとしよう。


「……雨か」


 ポツポツと降り始めた雨に、空を見上げた。


「くそっ……くそっ……何が――なんなんだよっ! こんなクソみたいな世界で! 救いの無い世界で! あんたは何をした!? 奪うだけ奪って、俺たちには何も――俺には何もっ……」


 その時、背後でドンッ! 激しい音がして、開いた扉からゾンビが雪崩れ込んできた。


 本当に救いが無い。救いようが無い。


 こちらに向かって駆けてくるゾンビを眺めながら、掴まれそうになった寸でのところで後ろに跳び退けば、重力に従って落下を始めた。


「来れるもんなら来てみろ! テメェら全員、道連れにしてやるからよ!」


 そう言いながら空に向かって中指を突き立てた。



 ――――



 ……死んだと思ったのに意識がある。ということは、死に損なったか?


 目を開けて体を起こせば、そこはベッドの上でもなく――白くてふわふわとした雲の上だった。いや、見渡す限り全てが白いから雲の中、と表現すべきか。


「体は無事……ここがあの世じゃないのなら、死ぬまでに見る幻覚か何かか?」


「目覚めたか、鬼碧きせき小金こがねよ」


 突然目の前に現れた眩いくらいの光の球に、頭の中に直接話しかけられているようなんだが……やはり夢か幻覚だな。


「そうではない。私は人間が神と呼ぶ存在だ」


 こいつ、生意気にもこっちの頭の中を読みやがる。


「どの神だ? 地球には神が多過ぎる。キリスト? 仏教?」


「貴方の思い描く神だ」


「だとすれば神などいない。ついさっき、喧嘩を売ったばかりだしな」


「ならば大いなる存在だとでも思っておけばよい。私は全ての世界と全ての生命を司っている」


「で、その大いなる存在とやらが俺に何の用だ? ここがあの世じゃないのなら、さっさと殺してくれ。もう二年以上ゆっくり眠れていないからな」


「鬼碧小金、貴方の功績を称え別の世界で新たな人生を授けよう」


「……えっと、断る。そもそも功績も何も無い。俺は自分の家族も、寝食を共にしていた仲間も救うことが出来なかった。もしお前の言う別の世界があったとしても、俺にその資格は無い」


「その家族も仲間も本来であればもっと早く死ぬはずだったのを貴方が生き永らえさせた。それだけに資格はある」


「喧嘩売ってんのか、テメェ。じゃあ、俺のしたことは無駄だったってことだろ。あんまり適当なことばっかり言ってると殺すぞ?」


 トマホークに手を伸ばせば、光の球が焦ったようにぐるぐると回り始めた。


「あ~、もう……もうっ! せっかく神々しい雰囲気出してたのにもういいよっ! とにかく、貴方には転生してもらいます! これは決定事項! 断るとか無いの!」


「そっちが本性かよ。転生っていうとアレか。世界がゾンビで溢れる前に流行っていたっていう……」


「そう! それ! 異世界転生! 知っているでしょ!?」


「知るかよ。四十二しじゅうにのおっさんだぞ? 若者のコンテンツなんか左から右だよ」


「ん~……じゃあ、説明するから。これから貴方には鬼碧小金としての記憶を保持したまま別の世界に転生してもらう。たぶん、年齢は今よりも若くなる」


「子供とか赤ん坊からじゃないのか」


「出来なくはないけど、行く世界によってはそれなりに成長していないとすぐに死ぬ場合もあるから子供では無いかな。で、転生には特典が付きものなわけだけど、何が欲しい? 敵が一撃で殺せる魔法? 伝説の剣? 死なない体?」


「……戦うこと前提ってのが気に食わん。どうにもこの状況も転生ってのにも懐疑的なわけだが……本当に別の世界に行くのであれば、のんびり暮らしたいところだな」


「のんびり暮らしたい、それだけか? ならば、それ以外のものはこちらでオマケしておこう」


「任せる。それよりも、俺の家族や仲間はどうなったんだ? あの世に行ったのか? そもそも天国や地獄は存在しているのか?」


「全ての魂は等しく私の中にある。私こそが世界であり、魂の終着点。そこは安らかであり、永遠の幸福を味わえる場所だ」


「そうか。それが知れただけでも良かったよ」


「どこまでも他人想いな男だ。やはり、貴方を選んだのは正解だった。では――しばらくは、のんびりとした生活を送ると良い」


「しばらくはって、なに――」


 そう言い掛けたところで、遠退いてきた意識と共にふら付きながら倒れ込んだ。

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