難民掘削師、ソウ
俺は不運だ。
痴女に遭い精も魂も搾り取られて財布を掏られ、挙句に家も名前も知られて子供が出来たと脅され、法に助けを求めた。
すると法の門番な警察が「被害者は女性」と決めつけて犯人扱いをする。
すぐさまシェルターに駆け込み、「痴女はいる! 男だって守られたい!」と訴えてから一年。
シェルターの中から国際裁判をして勝ったのがふた月前。女性恐怖症を患ってしまった俺はまだシェルターにいる。
外の世界どころか、男臭い場所にしか生息できない。そんな俺は掘削師だ。
最近利用者が急増している思想シェルターの拡張の為にひたすら穴を掘る仕事をしている思想難民だ。男だけの国があるなら喜んで移住する。
終業を知らせる蛍の光が流れ、柵が不安な簡易階段を上がっていると仕事仲間のオモタッカーが後ろから話しかけてきた。
「お疲れさん! 今日も風呂、行くだろ?」
「あぁ。もう汗でベタベタだよ」
オモタッカーは陽気な奴で、難民ではない。外から来ている職員だ。最近は週に六日はこいつと風呂屋に行っている。
「ソウ! 事例書、あれ見たか?」
「見たよ。地底人だろう?」
「そう! それだよ。男の浪漫だよなぁ。猿みたいな体に犬の顔だっけ? 見た目はアレだけど、まぁ浪漫である事に変わりはないよな」
作業員に配られた事例書には、白くて大きな猿の体を持ち、犬の顔をした二足歩行の未確認生物の目撃情報が書かれていた。
二十階で一度、二十三階で一度、二十六階から三十階までに七度の目撃があったそうだ。その中の一人は奴と目が合ったと言って仕事を辞めた。
「掘ると碌なことがない気がするな」
「なんで? 俺たちの足の下で誰にも知られないまま生きてたなんてゾクゾクするじゃないか! もっと掘らなきゃ! それより早く風呂に行こうぜ」
俺たちはいつものように話し、いつものように風呂屋に行った。壁に青い灯りが埋め込まれた洞窟風呂でオモタッカーがいつもとは違う顔をする。
「実はさぁ、はっきりとは言えないんだけど、俺って掘るのが好きなんだよ」
「知ってるよ」
オモタッカーは十年以上もこの仕事を続けているプロだ。途中で雇先が変わっているので役職はないが、知識や技術は誰にも負けない。
「え?! 知っててくれたのか! ありがとう! そっかぁ……そんでなぁ、それでもらった金を根こそぎ持っていかれたんだ」
「はぁ!? 誰にだよ?」
思わず腹を立てると、俺の中の火に火薬を投げ込むような言葉が返ってきた。
「女上司だよ。雇い主って言うかな」
「さっさと訴えて辞めた方がいいだろ、そんなとこ。なにか悩んでんのか?」
「うん。だって辞めたら掘れなくなるだろう? さすがに仕事じゃないのに掘るのはどうかと思うし」
「それこそシェルターだろ」
「こんな事でシェルターに逃げてもいいのかな? 何か、悪い気がして……」
オモタッカーは顔を背ける。
「好きな気持ちや不信感があれば十分だろう!女に金を毟り取られて黙ってる事はない!」
俺は風呂上りに早速オモタッカーを引き摺って総合受付に行った。そこであっさりと難民証明印を押してもらうと、手続きをする彼を珈琲屋で待つ。
俺の心の傷がそうさせるのだろうが、珈琲屋で読む新聞や週刊誌の女性犯人ばかりに目がいく。
女性の全てがそうではないという人は多いが、当然そんな事は分かっているのだ。分かっていても近年どんどん悪化している女性の傲慢さや口の悪さが五感を支配する。
ふと、隣の客の読んでいる英字新聞が目に入った。埋立地の記事だ。
『埋立島、ついに独立国へ』
思想シェルターを作り続けるにあたって出る大量の土から歴史的価値のある物を取り除き、残りで埋立地を作っていた。それはどの国にも属さないという決め事だったが、二十年近くもかけてそれは島と言えるほど大きくなった。そして埋立島は、かの有名な中立国の第二皇子と日本の姫君の夫婦が治める事になり、半年後には建国と書いてある。
国民には思想難民を優先的に迎え入れるらしい。
なるほど、思想難民が増えすぎて困っているという事か。と納得した。
「お待たせ、ソウ」
戻ってきたオモタッカーが心なしか大人しい。
俺は、元気がないのかもしれないと思って彼を誘う。
「せっかく初めの日なんだから、犬猿を探しに行かないか?」
「それいいなぁ!」
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