関羽転移伝〜女だらけの三国志時代で、義姉と義妹とともに中国制覇を目指します〜

遥川悠太郎

第1話 起きたら牢屋の中

「…………ここはどこだ」


 起きたら牢屋にいた。

 なんだそれは、という声が聞こえてきそうだが、何より俺が一番知りたい。


 とりあえず罪を犯した覚えはない。飲酒しても記憶がなくなるほどには飲まないし、なにより昨日は大学から帰った後に、特に何もせず寝床についたはずだった。夢遊病などの覚えもない。


 運動はとある事情もあり、他人よりはできる自負はあるが、それ以外はごく普通の20歳の大学生。そう思っている。

 何かのバラエティ番組のように、寝ている間に運ぶような悪ふざけをする友人に心当たりはいない。いたら絶交だ。不本意ながら友人からは「ド真面目」とからかわれる性格で無論、借金もしていない。


 力を込めて頬をつねってみたら、普通に痛い。意識もはっきりしているので、どうやら夢でもないようだった。


 脳内の混乱が止まらないが、とりあえず状況把握をしよう。あまり動じない性格でよかった。


 どうやら建物自体は木材で作られているようだ。壁も床も、そして目の前にある格子も木製。石より脆いかと思って、近づいて少し揺らしてみたが、びくともしない。

 どこかに火が灯されているようで、屋内はちらつく灯りではあるがどうにか視界は保たれている。

 一体どういうことなのか。ここはどこなのだ。そして、なぜ自分はここにいるのか。


「「○△××○×△○△×△×○○△×○△×!!!!」」


 状況把握に必死になっていたら、突然怒鳴り声が聞こえた。


 思考を一度止めて、目の前に意識を向けると、格子越しにふたりの人影。

 ひとりは初老と思しき男で、もうひとりは若い女。先ほどは気づかなかったが、視界の隅に机がある。どうやらそこに座っていて、自分が目覚めたのを見て慌てて来たようだった。


 何が理由か分からないが、両者とも怒号を発している。


 さすがに怒鳴りたいのはこちらの方だと反射的に言い返そうと思ったが、あることに気付き言葉を発することができなかった。

 すでに問題だらけの現状だが、ここでまた謎が一つ増えた。


 何を言っているかわからないのだ。

 人はよほど怒っている時には言葉にならないというが、そういうレベルではない。

 明らかに日本語ではない。どういうことだろうか。ここは日本ではない、どこか外国なのか。

 

 改めて依然と怒鳴り続けているふたりの姿を見ると、違和感だらけであった。

 とても現代的な服装とは言えない質素な服装。布だろうか。顔もアジア系ではあったが、見知った日本人のような風貌ではない。

 自分の服装は、昨日寝た時と同様にジャージ姿だ。その対比がことさらこの状況を異常としている。


 そして、何より一番の違和感。ふたりの腰に剣が携わっていた。


 まだ銃であれば、看守として理解はできる。少なくとも現代日本で、剣を持っているというのはなかなか見られない光景だ。

 そして男の方が腰から剣を抜いた。テレビや博物館でしか見たことのない、ぎらりと非現実的な輝きをしている。


 ん? なぜ剣を抜いたのか。もうひとりの女が腰から鍵束を外し、格子の端にある扉の方に近づいた。

 もしかして、斬られるのか。まさか、と思ったが、男も女も息も荒く興奮している。その鬼気迫る顔はドッキリとも思えない。


 鍵が外され、剣を持つ男が牢屋の中に入ってきた。

 父さん、母さん、どうやら俺はここで斬られるようです。大学を卒業してしっかり親孝行をしようと思っていたのに、こんな訳がわからない状態で死んでしまい、本当に申し訳ない。今は天国にいる爺ちゃん、婆ちゃん、もうすぐ会えるよ。あぁここで死ぬのであれば、人知れず片思いをしていたサークルの先輩に想いを告げていればよかった。


 剣を振り上げつつ、こちらに向かってくる男を見ながら、走馬灯が脳内に再生されはじめた、その時、


「あ、よかった! いたいたーーー!!」

 

 突然、背後から声が聞こえた。

 後ろには誰もいなかったはずだ。慌てて振り返る。


 そこにはコスプレイヤーがいた。

 

 チャイナ服を着ている美少女が、

 同い年くらいだろうか。ショートの髪型で、顔は幼さを保ちつつ整っていて、どことなくエキゾチックな雰囲気を醸し出している。

 スラッとしていながら、出ているところは出ている体のライン。

 そしてなぜか浮いているせいで、ちょうど立っていた自分の目線にあるスリットから見える生足は、女性経験には疎い自分には刺激が強すぎる。つい目が外せなかった。


「って、どこを見ているのよ……」


「あ、すまない。つい見惚れてしまっていた」


「う。直接そう言われると恥ずかしいわね。」


 少し顔を赤らめた少女は続けて言った。


「まぁいいわ。あまりこの世界軸にはいられないから、端的にあなたの状況を伝えるわね」


「この世界軸?」


 決して聞き逃せない言葉にさらに困惑する自分を見て見ぬふりをして、少女は続けた。


「ここはあなたの世界でいうところの、古代中国。えっと、なんていったかしら……。あ、そうそう『三国志』の時代!」

 

「……は?」


「で、あなたのここでの名前は関羽かんう! 関羽雲長うんちょうよ!!」






「………………………………は?」

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