南極危機
碧美安紗奈
B-46
白銀の世界に被さる白夜の空から、灰色の物体が飛来した。
白亜の地表に天から降りてくる太った怪鳥のようなそのシルエットは、C-130輸送機だった。滑走路に着陸したC-130は、慣性に従ってしばらく滑り、停止する。
横には建物が並んでいた。
最も巨大な建築物である、横倒しになった五角形の立体たる総合管理棟には、『メガラニア基地』という標記が、側面のそれぞれで異なる言語によって刻印されていた。
地球最南端の大陸、南極。実体が、平均二キロメートルを超える氷床に覆われた未知なる極地。南緯七七度、東経一〇五度、氷床の約四キロメートル下に存在するボストーク湖は、ロシアのボストーク基地で研究が施行されるまで、ここで眠っていた。
何万年にも渡って築かれた氷の床は、貴重な地球の歴史を封じ込めている。そこに刻まれた太古の水や空気、物質を分析さえすれば、この星のまだ知られていない過去の大部分を照らし出せるのだ。
人のあくなき探究心はそれを求め、ロシア、フランス、アメリカによる共同チームは、掘削機で三千メートル以上も氷床を掘り進み、アイスコアを採取した。これにより、四二万年前までもの歴史が究明されたが、発掘は湖のやや上で中止されていた。
湖面まで到達しなかったのは、汚染を恐れてのことだ。ボストーク湖の水は凍っておらず、百万年ほど前の状態が密閉されて保たれている。そこに掘削機が浸入してしまえば、現代の異物で天然のタイムカプセルは侵食されてしまうと危惧したのだった。
「――この後の調査で、日本、ドイツ、ロシアの科学者が湖に干潮があるのを発見し、さらに後には、ロシアの調査隊が湖まで到達する掘削を行いました」
白い息を吐きながら英語でそう言ったのは、ロシア医学アカデミーの高名な博士、セルゲイ教授だった。白衣姿の初老で、茶髪は額から後退している。
そこはドーム状の建物内だったが、底の見えぬ穴が中央に開けられており、それを取り巻く鉄製の柵に手を掛けて、彼は奈落を覗いていた。吹き上げてくる冷風が顔を顰めさせ、皺を増やす。
「つまり――」
言いながら隣で柵に手を掛けたのは、軍服を着用したふくよかなアメリカ人で、厳つい顔付きの中年男性だった。
「そうした実績が、このプロジェクトをその三カ国と、発掘作業を実践した国とを合わせた五カ国による共同研究とするきっかけになったわけだな」
彼、カルビン・ベルト大佐は身を反転させて手摺りにもたれ掛かった。
「それは既知のことだよ、そこまで丁寧な解説はいらん。わたしが興味あるのは、採取されたバクテリアについてだ。なんと言ったかな」
険しい顔付きになったセルゲイは、それでも声だけは取り繕って答えたのだった。
「バクテリア、……B-46です」
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