第十四話 あかいふく、かわいい?


 アルケニーのゼラとの倉庫生活、俺は基本的にゼラの面倒を見ている。いや、これが俺の任務であって、いちゃついてるだけとか、遊んでるだけとか、そうでは無いのだ。これは王国を守る騎士としての大事な任務なのであって。ゼラのことをよく知って、灰龍を越える魔獣災害を防ぐためであって。だからこうして、ゼラが寝る前に絵本を読むのも、任務の内で。


 ウィラーイン領のことについては母上が行い、父上はプラシュ銀鉱山周りで鉱山と村の復興。

 俺もウィラーイン家の一人息子として、倉庫でできる仕事、書類仕事とか手伝ったりしている。父上の代わりに俺のサインが必要なものとかある。これは倉庫でゼラと暮らしてると、なんだか毎日遊んでるような感じになるので、倉庫でできそうな仕事を母上に回して貰った。

 ゼラに文字の読み書き教えたり、簡単な算数とか教えたりとかもしてはいるが。


 母上がプロデュースするミュージカル『蜘蛛の姫の恩返し』その主演の女優が、


「アルケニーをどう演じていいか解らない! モデルに会わせて!」


 と、言って屋敷に乗り込もうとしてきたり。どうも完璧主義の女優らしい。他にも屋敷の庭に入ってきた猫を追いかけてやって来てしまった男の子がいて、ゼラを見て腰を抜かしたり。

 この男の子はその後も屋敷の庭に侵入しようとしては、アルケニー監視部隊に見つかって外に摘まんで放り出されるのだが、懲りずに何度も挑んで来る。もしかしてゼラのことが気になってるのだろうか? 蜘蛛の姫、とか呟いてたし絵本のファンなのか?

 

 他の貴族の密偵らしいのが屋敷の周りをチョロチョロし出して、エクアドはそいつらを捕まえたり追い出したり泳がせたりと、何かと手間を取らされてる。


「エルアーリュ王子の秘密魔獣計画だとか、アホなこと言ってる奴がいるみたいだな」

「なんだその世界征服でも狙ってそうな計画名は?」

「難癖つけたい輩がいるってことだ」


 ローグシーの街では公演が始まったばかりのミュージカル『蜘蛛の姫の恩返し』は、初日満席の好スタートだとか。ゼラを連れて街の演芸場に行けないので、観に行くことはできないが。

 母上はゼラに行儀とか教えて、最近は服を着せようとしてたりする。


「どうかしら? カダール?」

「これは、俺がどう答えても墓穴になるのでは?」


 肌に布が触れるのが嫌で服を着ないゼラ。おかげで俺が目にするのは、ゼラの裸か、ゼラの裸エプロンに。俺は最近は街に出ることも無くて、目にするのがこれで、かなり毒されてきたかもしれん。俺は大丈夫か? いや、まだ大丈夫だ。たぶん。

 今、目の前にいるゼラが着てるのは、服というよりは下着。薄く透けるような赤色のベビードール。改造したのか裾は長く下の方、蜘蛛の身体との境目まで隠せてはいるが。

 褐色の肌に赤いベビードール。隠してるとこはいつものエプロンとあまり変わらないような。ゼラが肩紐を引っ張って遊ぶと、ポムンがプルンで、うん、いい。いや違う、これは下着で、これは外で着る服とは違う。これで外にゼラを出す訳には。

 これをいい、と言えば俺がエロい奴になり、よくないと言えば、ゼラは服を着てくれなくなる。どう応えればいいのか。うむぅ。


「褐色の肌に赤いベビードール、ちょっと悪役っぽいけど可愛いじゃないか」


 サラリと応えるのはエクアド。そうか、そう言えばいいのか。流石はエクアドだ。


「エヘー」


 ゼラはエクアドの言葉に笑顔を見せて、俺が何か言うかとわくわく待っている。


「そうだな、可愛いぞゼラ。似合ってる」

「むふん、うふー」


 ニッコリ笑顔で胸を張る。赤いベビードールを押し上げる双丘は、可愛いというよりは凶悪なのだが。母上はゼラを見て他の下着のような服を手に取る。


「少しずつ布の面積を増やして慣れていきましょう。ようやくエプロン以外も着てくれそうね」

「ンー、背中、ムズムズするー」

「ゼラ、花嫁衣装が着れるようになってね」

「!花嫁! ハハウエ、ゼラ、ガマンする!」


 ゼラをその気にさせるのが一番上手いのは母上だ。俺と母上以外にも、ゼラはアルケニー監視部隊の面子とも話をするようになってきた。これはエクアドの部下もゼラに慣れてきたというところで。エクアドの部下の女騎士が青いビスチェを手に取ってゼラに見せている。

 母上がゼラに次の服を用意してるの見て、


「母上、ゼラを頼みます」


 踵を返す俺にゼラがキョトンと、


「カダール? どこ行く?」

「屋敷に取りにいくものがある。すぐに戻る」


 母上とエクアドに頼んで俺は屋敷の中へ。実はルブセィラ女史に呼ばれている。屋敷の二階の一室、アルケニー調査班が臨時の簡易研究室にしているところ。眼鏡の研究員、ルブセィラ女史がひとりで待っている。


「ゼラに聞かせたく無い話か?」

「ゼラさんに聞かせたく無い、というよりはカダール様が知っておいた方が良い話です。まずはカダール様の血液ですが、調べてみてもよく解りません。特に何かの魔力がある訳でも無く、今のところまだ不明です」

「不明って」

「カダール様の血に何か特別な力があれば、それを狙われる危険もあるでしょう。なので血については王立魔獣研究院に伝えてもいません。向こうの器材で調べれば何か解るかもしれませんが、今はここでアルケニー調査班の人員だけで調べているので、時間がかかります」

「王都に俺の血を送って調べているのかと」

「これを知る人間は少ない方がいいでしょう。エクアド隊長にも話して、エルアーリュ王子に報告はしていますが」

「俺の血のことはまだ調べてみないと解らない、ということか」

「それで、また採血をお願いしたいのですが」

「ゼラを待たせているから手早く頼む」


 椅子に座り袖を捲る。少し調べたくらいでは解らないのか。この血にいったい何があるのか。


「カダール様、採血する間に本題を話しましょう」

「血の話が本題では無いのか?」

「はい、本題はアルケニーと魔獣について。魔獣とは魔力の強いものほど、言ってしまえば生物としてデタラメです。それでも生物の枠には括られています。魔獣に関してですが、カダール様がどこまで知っているのかを、お聞きしたいのです」


 ルブセィラ女史が指で眼鏡の位置を直す。机の上に腰掛けるようにして。俺の血が落ちる小さなガラス瓶を二本目に交換。さて、俺の魔獣についての知識、か。


「騎士として魔獣と戦う為にひととおりは騎士団で仕込まれてはいるが?」

「私が騎士では無いので、そこが解らないのと、今後の為にカダール様に知っておいて貰いたいことがあります。例えば、ゴブリン、オーク、これらはオスの比率が高く他種族のメスを拐い異種交配で子孫を残したりします」

「その際、拐われるのが人間かコボルトが多い。そのくらいは知っている」

「コボルトは全体ではメスの比率が高く、オスの数が少なくなればメスの中からオスへと変態するものが現れ、子孫を残す。これもまた変わった種族ですが、逆にメスだけの種族、ハーピーにセイレーンについては?」

「こちらもまた他種族からオスを拐う。そういう魔獣がいるから被害が出る」

「騎士団と魔術師団はよくやっていると思います。私が研究を続けられるのもそのおかげと感謝しています。ハーピーにセイレーンも人やゴブリン、オークのオスを拐い子孫を残すのですが、この種の特徴として多いのは、子種を奪ったオスを食い殺すというものです」


 ハーピーに拐われたという村人を捜索して、半分骨になった死体で見つけたこともある。そういう魔獣の被害は盾の国では度々起こる。


「アルケニーのゼラさんが蜘蛛の特性をどれ程残してるかは未知数ですが、蜘蛛もまたメスがオスを食い殺すものがいます」

「ゼラが、アルケニーが俺の子種を奪って俺を食い殺す、というのか?」

「解りません。ゼラさんを見てるとカダール様への献身こそ喜び、という感じですが、私には解りませんね。ですので、一応知っておいた方がよかろうと」

「そうか、為になった。ゼラが俺を食うとは思えないが、気に留めるとしとく」

「余計なことでしたか?」

「魔獣の危険性を訴えるのが王立魔獣研究院の務めなのだろう。それで、ゼラは危険に見えるのか?」

「どうでしょう? ゼラさんは、“催眠ヒュプノ”、“魅了チャーム”、“誘惑テンプテーション”、といった精神操作などはしていませんね。それが解るからルミリア様もゼラさんを受け入れているのでしょう」

「母上もあれで魔術師だから、解るか」

「私は立場上、万が一の事を考えておかなければなりませんので。本当はゼラさんと仲良くなっていろいろ調べさせて欲しいところなのですが。こういう隠れて告げ口のようなことはしたくは無いのですが」

「そこは仕事を優先して欲しい」

「正直、カダール様が羨ましい。私もタラテクトの幼体を育ててみましょうか」

「それでアルケニーが次々に増えては困るだろうに」

「増えても人の害とならねば良いのでは?」

「そこまで柔軟な人は少ないんじゃないか?」


 ゼラが俺を食べる、か。一度はブラックウィドウに食われてやってもいいか、と考えたことはあるが。俺の命など、ゼラがいなければとっくに無くなってる。ゼラがどうしても俺を食いたいなどとなれば、俺はどうするのか?

 いや、俺が食われたりなどすれば、ゼラを危険視する人とゼラが争う事態になりかねない。俺ひとりの問題では無い。


 悩み事は増えつつも、灰龍の脅威が無くなったことでウィラーイン領は賑わいでいる。

 そして久しぶりに父上が我が家に戻ってきた。プラシュ銀鉱山の方は目処がついたようだ。


「ゼラにお土産があるぞ」


 ニヤリと笑って父上が配下に運ばせたのは大物のヨロイイノシシ。それも生きたまま。足を縛って動けなくしたのを荷車に乗せて運んで来た。


「ブルーベアも討伐したのだが、あれは生け捕りは難しい。生きたまま新鮮な方が良いのだろ?」


 流石は父上、ウィラーイン伯爵は強くなければならない。盾の国の爵位持ちはそうあらねばならない。

 ゼラの方を見るとヨロイイノシシを見て、


「……じゅる」


 口からヨダレがつつー、と一筋。それを見て足を縛られたヨロイイノシシが、ぶへー、ぶへー、と、もがいて暴れる。父上のお土産はゼラの気に召したようだ。


「父上、例の卵の件は?」

「それもあって戻ったばかりだが、ゆっくりもできん。カダール、それとエクアド隊長、準備を急いでくれ。演習だ」

「演習ですか、エルアーリュ王子の使いから聞いてはいますが、急ですね」


 父上は金の口髭を指で摘まみつつ、小声で。


「演習、という名目で実戦準備だ。戦争となるやもしれん」


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