第十話 カダール、おこった?
「私は次にゼラさんの身体を調べました。髪の毛、蜘蛛の体毛、爪の先、蜘蛛の爪の先、唾液、とサンプルを取れるだけ取りました。これは後程、じっくりと調べるとして、次にエプロンを外して、その裸を触診しました。これはカダール様にしたこととさほど違いは無く、ゼラさんも嫌々ながらも協力してくれました」
ルブセィラ女史の検査の様子を聞かせて貰う。後ろから俺の頭に顎を乗せてるゼラ。ずっとルブセィラ女史に対して警戒している。
首にマフラーのように巻くゼラの手に触れて。
「ゼラはおとなしくしてたのか?」
「ウン、ガマンした。くすぐったい」
「偉いぞゼラ。でもそれがどうしてこうなる?」
「だって、その女、だってー」
ゼラはぐずってる。ゼラが一個人をここまで警戒するのを見るのは初めてだ。いったい何やったんだ? つい半目でルブセィラ女史を睨んでしまう。
ルブセィラ女史は困ったように少し笑って。
「私がしたことの説明の前にゼラさんの人間体部分のことを少し。触ってみた感じにゼラさんの反応を見てると、上半身の人間体は人間の女と変わり無いようです。肌は張りがあって若い感じですね。そして敏感、くすぐったがりですね。その上、巨乳。女の私でも触ってるとなんだか幸せな気分になってきます。もしかしたら
「ただのエロいおっさんのような感想になってきたが、他に解ったことは?」
「カダール様はゼラさんのトイレについてはどう考えてますか?」
「どうって、」
倉庫の隅をチラリと見る。そこは仕切りで隠すようになっている。そこをゼラのトイレに使っている。
ゼラは灰龍を倒す程の魔獣、だが生物だ。食べるものを食べたら、出るものは出る。そこは人間と変わらない。蜘蛛部分の大きさのわりには食べる量は少なく、出る量も少ないようだ。
ゼラの下半身は大きな黒い蜘蛛。その身体はどうなっているのだろう? という興味はある。だからと言って俺がゼラの、その、用を足してるとこをジロジロ見た訳じゃ無いぞ。目を逸らしたが間に合わなくて視界に入っただけなんだ。だから今は仕切りで隠して、見えないようにしてるのだから。
その仕切りの中のタライがゼラのトイレ。ゼラは用を足したら、綺麗にする魔法を使う。これもどういう魔法かよく解らないのだが、臭いを消すのが目的らしい。肉食のゼラが獲物を捕まえるのに、体臭を消して獲物に気づかれないようにする、という魔法。汚れが消えるのはそのついでだと。
ゼラが用を足したあと、その綺麗にする魔法を使うと、大きい方はカラカラに乾いて無臭に。小さい方は乾燥するのか消えてしまう。おかげで片付けるのも掃除も簡単だ。
ゼラの下半身は大蜘蛛で、骨とか内臓がどうなっているのかまるで解らないが、大きい方は蜘蛛の尻から出る。
それで、その、小さい方なんだが、これが前から出るんだ。ゼラの上半身、人間の部分と下半身の蜘蛛の部分。その境目辺りから、前に出るんだ。……いや、だから、俺がじっくりジロジロ見た訳じゃないんだ。同じ倉庫に住んでるし、ゼラから目を離さないようにしてるから、たまたま視界に入ってしまったんだ。本当だ。
だが、ゼラの身体はいったいどうなっているんだ? 人の身体と蜘蛛の身体との繋ぎ目は? ちっちゃなおへその下は? 俺がゼラにそこを見せてくれ、と言えばゼラは見せてくれそうだが。……言えるか、そんなこと。そこをじっくりと見せてくれなんて、恥ずかしいじゃないか。ジロジロ見たりとか、できるかー。オシッコするとこ見せてくれ、なんて言ったらただの変態じゃないか。というか、なんでゼラのオシッコしてるとこが、一瞬しか見てないのに脳裏に焼きついてんだ。それ思い出してドキッとしてる俺はなんなんだ? でもほんとにどうなってるんだゼラの身体って?
「えーと、なんでカダール様が苦しそうな顔で悩んでいるのかは理解できませんが、まず、ゼラさんにはヘソがあります」
「それは知ってる。話が飛んだが」
「いえいえ、飛んではいません。ヘソがあるというのは胎生かもしれないということ。胎児が母胎で母から血液と栄養を受け取るのがヘソの緒。その痕跡がヘソ。ゼラさんにヘソがあるということは卵生では無く胎生、の可能性があります」
「ということはゼラは卵を産まない、と?」
「蜘蛛部分もよく調べてみないと解りませんが、ゼラさんが人に変化しようというのなら下半身は蜘蛛でも、人間のような子宮があるかもしれない、と」
「今は上半身は人、下半身は蜘蛛。だが何処までが人なのか、内臓や骨はどうなっているのかは解らない。だからと言ってゼラを解剖などさせんぞ」
「もちろんです。私も貴重な生きたアルケニーを解剖で失うなど、そんなことはするものですか。ゼラさんがどの部分まで人なのか興味があり見てみると、蜘蛛部分に近くて見えにくいのですがヘソの下、蜘蛛体と人間体の繋ぎ目近く、ゼラさんがオシッコするところ。ここが外見は人間の女性器に似ています」
「……は?」
人間の、女性器に、似てる? ゼラのオシッコが出るところが?
「似てる、というか酷似しているというか。それで私は」
ルブセィラ女史が右手の人差し指をピッと立てる。
「中はどうなっているのかという興味を抑えきれず、指を挿れようとしたところゼラさんに突き飛ばされまして」
「当たり前だ! 何やってんだ!」
俺のゼラに何をしてんだこの眼鏡!
思わず立ち上がりかけたところを、エクアドが俺の右肩に、母上が俺の左肩に手をかけて止める。押されて椅子に座り直す。
母上がすまなそうにゼラを見上げる。
「私が止める隙もありませんでした。ゼラ、近くで見てたのに、ごめんなさいね」
「ン、ハハウエ、悪くない」
「ルブセィラさん。医者がそうやって調べることもあるでしょうが、その前には一言あってしかるべき。その知的好奇心が抑えられないと言うのであれば、ルブセィラさんは今後、ゼラに触診はさせません」
「それは、その、調査のためには」
「ヤー! もう、検査、イヤ!」
ゼラが俺の頭頂部に額を押し付けてグリグリしてる。見えにくいが俺の髪に顔を埋めるようにしてるようだ。
「これだけゼラが嫌がると、アルケニーの調査は進まんだろう。どうするエクアド?」
「とは言っても、危険は無いと証明するためにもある程度の調査は必要だし」
「アルケニー監視部隊としてはエルアーリュ王子に報告も必要ではあるか」
「カダール、監視対象とはいえお前もこの部隊の副隊長扱いなんだから考えろ」
「今後は触診は無し、これでどうだ?」
「そうするか。どうしても必要となれば?」
「母上、お願いできますか? ゼラも母上なら気を許せるでしょう」
母上を見る。魔獣研究は専門外ではあるが、母上も魔術師ではある。母上もちょっと悩んでいる。
「そうね。触診がどうしても必要なときは、ルブセィラさんの指示で私がして、ルブセィラさんにはもう触らせ無いようにしましょう」
「いえ、それではアルケニーの調査が進みません」
「ルブセィラさんがゼラに触りたいのであれば、ゼラに信用されるようになさい。ゼラ、それで我慢して貰えるかしら?」
「ンー、」
ゼラは俺の頭をその胸に抱えるようにする。なんというか、後頭部をゼラの柔らかい胸が挟んでいる。しかし、今のルブセィラ女史に警戒してるゼラに離れてくれ、とも言えないのでそのままだ。
「カダール、側に、いてくれる?」
「それでゼラが安心してくれるなら」
「うー、ウン、なら、我慢する」
「それとエクアドも立ち会ってもいいか? エクアドは部隊の隊長だし」
「ウン、エクアド、なら、いい」
エクアドが眉を片方上げて俺を見る。
「なんで俺も?」
「何かあればさっきのように俺の肩を押さえて止めてくれ」
「あー、そっちの抑え役か。それは不要だと思うが? それに俺がカダールの新妻をジロジロ見てもいいのか?」
「なんだ新妻って? エクアドは監視部隊の隊長としてゼラの事を知るのも仕事の内だろう。後で報告を見るという手間を省こう」
「では、アルケニー調査班は今後、ゼラの許しを得られるまで、直接触るのは禁止。ゼラを検査する際は俺とカダール立ち会いで。爪を切るとか髪を切るなど、触る必要があるときはルミリア様、お願いします」
「えぇ、もうゼラにおかしなことはさせないわ」
ルブセィラ女史は不満そうだが、眼鏡の位置を指で直すと、
「仕方有りませんね。追い出されないことを有り難いと思うことにしましょう。今後はゼラさんに気に入られるように努めます。ゼラさん、もう嫌がることはしませんので」
「うー、」
「そんなに嫌でしたか?」
「なんか、ビックリした。怖かった」
「確かアルケニーに進化してから、一ヶ月過ぎたかどうかということでしたね。人間体の部分の事がまだよく解って無い、ということでしょうか? そうなると上半身部分は生後一ヶ月とも言えるわけで、ふむ、ゼラさんが人間の女のことを知りたいのでしたら、そこは我々が協力できるかもしれませんね。生物の知識の講義ならお任せを」
「ルブセィラはまず、ゼラとの距離感から憶えてくれ」
「私は人との距離感もよく解らないのですが、善処しましょう」
「さっき生物の知識の講義なら任せろとか言わなかったか?」
「生態学と解剖学であれば。交流については専門外なので」
なんだか厄介なのが来てしまった。
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