第8話
食事を終えてゼラと少し話をしようかとゼラを見れば、
「ンー、ねむ……」
「眠いのか?」
「ウン、カダール、離れる、イヤ。山、走る。灰龍、やっつける。走る、戻る。疲れる」
「灰龍をやっつけて急いで走って来たのか。灰龍をやっつけたのはいつだ?」
「ン? 昨日?」
「……嘘だろ?」
「うそ、ちがう」
鉱山のあるところまで馬で走っても八日はかかるぞ? それをたった一日で?
「灰龍、やっつけて食べる。進化する、アルケニー。走る、疲れる。ゼラ、がんばった」
「ゼラは、がんばったらそんなことができるのか、凄いな」
「すごい? ゼラ、すごい?」
「あぁ、凄いことだ。灰龍はウィラーイン領を悩ませていた。それを討伐してくれたゼラには感謝する、ありがとう、ゼラ」
「むふん」
ゼラは前屈するように上半身を前に倒して、しゅぴっと左手を上げる。ついでに蜘蛛の足の左前足もしゅぴっと上げる。
「カダール、褒めて、ゼラ、がんばった」
昔、俺が子供の頃に部屋に巣を作った子タラテクトも、巣の真ん中で同じように左前足を上げていたか。いまいちどうしていいのか解らず、子供をあやすようにゼラの頭を撫でる。
「ゼラのおかげで避難していた人達も、もとの村に町に帰れるだろう。鉱山の採掘も復旧すれば、ウィラーイン領の財政もどうにかなる。心から感謝する」
「ンー?」
どうやら伝わって無いらしい。もっと解りやすく、か?
「ゼラが灰龍をやっつけてくれて、俺はとても嬉しい。ゼラは偉い。ゼラは凄い」
言いながら少し強めにぐしぐしと頭を撫でる。
「むふん、ふふ」
目を細めてうっとりとした顔をする。これでいいのだろうか。しかし、魔獣が現れるにしても灰龍の次はアルケニーか。微笑むゼラの顔を見れば恐ろしい魔獣とは思えないのだが。右に左に頭を撫でると、首をすくめて嬉しそうにする。子供のように。その笑顔を見てるとなんだか穏やかな気持ちになる。
そうやってゼラの頭を撫でていると、ゼラの目がパッチリと開く。
「あ、そだ」
「どうした?」
「灰龍、へん」
「何か、変なところでもあったか?」
「灰龍、あの山、住む、へん」
「確かに、人のいるところに乗り込んで住み着くドラゴンというのは珍しいか。人を襲って食うことはあっても、ドラゴンが住むのは人里から遠く離れたところ。採掘中の鉱山に押し込み住み着くドラゴンは例が無い」
「山、洞窟、奥。灰龍の卵、あった」
「何?」
「卵、死んでた。灰龍、怒ってた」
「それは、どういうことだ?」
「ンー、ンー、」
ゼラは両手をパタパタと振り、蜘蛛の足はワキワキと妙なステップを踊る。俺に説明するための言葉を探しているらしい。
「灰龍、卵、大事。盗む、隠す、灰龍怒る。灰龍、卵探す、見つける、山の中。卵、もう死んでる。灰龍、すごい怒る」
「何者かが灰龍の巣から卵を盗み、鉱山に隠して、あの山に灰龍を呼び寄せた、と言うのか?」
「ウン」
「何の目的で?」
「さー?」
「そこまでは解らないか。だが、これはどういうことだ?」
灰龍の卵を盗み、灰龍を鉱山に呼び寄せる。これでウィラーイン領は大打撃だ。こんなことをして誰が得をする? いったい何者の仕業だというのか?
「ゼラ、その灰龍の卵は? どこにある? もしかして食べたのか?」
「卵、死んでた。割れてない。中、腐ってる。食べない。山の中、洞窟」
「教えてくれてありがとう」
もう一度ゼラの頭をぐしぐしと撫でると、ゼラは、むふん、と鼻から抜けるような息を吐いて目を細める。
倉庫の扉を叩いて外にいる者を呼ぶ。
「至急、父上に! 伯爵に伝えたいことがある!」
扉を薄く開けてエクアドが顔を覗かせる。
「カダール、何があった?」
「エクアド、父上に伝えてくれ。何者かが灰龍を鉱山に呼び寄せたかもしれん」
「何だと!?」
「ゼラ、あのアルケニーが言うには、何者かが灰龍の卵を盗み鉱山の奥に隠したと。灰龍はそれを追いかけて鉱山に来たのだと」
「それは本当か? 証拠はあるのか?」
「父上に言ってくれ、鉱山を調べろと。灰龍の死んだ卵、そこに卵を運んだ者の痕跡がまだあるかもしれない。灰龍がいなくなったならば採掘を復旧させる前に、現場を念入りに調べるように」
「すぐに伝えよう。だが、何者だ? そんなことをするのは?」
「そこは父上に調べてもらおう。その卵が証拠になるなら、その何者かに奪われる前に早急に」
「妙なことになってきた。あ、あとこれを」
エクアドが手渡してきたのはワインのボトル。
「カダールもいろいろあって疲れているだろ。寝酒だ」
「すまんな、エクアド」
「カダール、本当にこの倉庫で寝るのか?」
「俺が近くにいればゼラは大人しいし、聞いておくこともある」
「とんだ新婚初夜だ」
「おい、どういう意味だ?」
「結婚式の夜といえば、そういうものだろ。相手は違うが」
「下半身蜘蛛の魔獣と何をどうしろと?」
「上半身だけなら異国から来た美少女なんだが」
「それはそうだが、だからどうした」
「あのアルケニーは何で結婚式に乱入した? あのとき、『カダール、ゼラの!』と叫ぶ声を聖堂にいた者は聞いている」
「そんなことを言っていたか?」
「ゼラと言うのがあのアルケニーの名前なんだろう? 俺はカダールが堅物で良かったと心底思っている。お前が女の尻を追いかけるような男だったら、あのアルケニーが何をしたかと考えると恐ろしい」
「それは、どういう意味だ?」
「お前も薄々、気がついてるだろ?」
「ゼラが俺に執着している、というのは感じてはいるが、人と魔獣だぞ?」
「半人半獣というのがどういうものか、俺には解らん」
「それを考えるのは頭が痛い。そっちは後回しだ。フェディエアは? 無事か?」
「怪我は無いがショックで寝込んでいる、と聞いた。聖堂では割れて落ちたステンドグラスで怪我をしたのもいるが、たいしたことは無い」
「そうか」
「灰龍の卵のこと、伯爵に伝えておく。カダールは少し休め」
扉を閉める。振り向くとすぐ後ろにゼラがいる。俺とエクアドの話を聞いていたらしい。
「カダール、疲れた?」
「あぁ、今日の騒動というよりは、結婚式の準備とか挨拶回りとか慣れないことで気疲れしている。今日はもう寝よう」
「ん、ゼラ、眠い」
「そうだったな」
寝ようとすればゼラが抱きついてきて離してくれない。布団を何枚か重ねて、ゼラの蜘蛛の下半身と高さを合わせるようにして横になることにする。
これで俺もゼラも落ち着いて、横になれる。
……なれるかー! 落ち着けるかー!
「ウン、カダール、お腹、なつかし」
白いエプロンを投げてすっ裸になったゼラ。子供の頃、子タラテクトを腹に乗せて寝たことがある。それをゼラは憶えているのか、仰向けに寝転んだ俺の腹に頬を擦りつけている。
その為に俺の腰のところにゼラの褐色の双丘が押しつけられている。ふたつ、むにゅんとしている。
ゼラが出した魔法の明かりを消してもらえば、大蜘蛛の下半身は見えない。ゼラが身動きすると、腰に押しつけられた柔らかい半球が形を少し変える。柔らかく暖かい。ゼラの手は俺の背中に回り、がっちりと捉えられている。
下半身が見えなければ、異国から来た美少女のような外見のゼラ。褐色の裸の少女に抱き締められて。
ゼラの頭を撫でながら、片手でエクアドから貰ったワインのボトルをラッパ飲みにする。結婚式は中断、だが俺とフェディエアの婚約がまだ解消された訳では無い。ここで他の女に手を出すなど不実だろう。いや、魔獣だぞ? アルケニーだぞ? 手を出すって、何をどうすると言うのだ。だけどおっぱいはついてる。ヘソもある。下はどうなっているんだ? いや、これは魔獣に対する興味であって、決してやましいことでは無い。無いのだ。俺の理性はまだ正常だ。まだ? まだってなんだ? いや、今は少し危ういが、いやいや、危うく無い。大丈夫だ、問題無い。俺は女に慣れて無いだけだ。胸を押し付けられたぐらいで動揺するな。俺は王国の騎士として、誇り高くあらねば、ちくしょう。なんだこの状況。
やがて、すうすう、とゼラが寝息を立てる。このまま襲われる、ということは無さそうだ。
このゼラがあの子タラテクトのゼラ。
いまだにどこか信じられんが、腹の上に感じる重みに昔のことを少し思いだしつつ、ワインを一本空けて寝た。
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