明日沙耶香の冒険
なかoよしo
前変
扉を開けると暗い闇が広がっている。
目を凝らすと奥行きは、それほど広くはなかった。
何が起こっているのかを探るより彼女は、彼に尋ねることにした。
「どうして電気をつけないの」
と。
男は、君には刺激が強すぎるからだと返答した。
「奥で妻が首を吊って亡くなっていたんだ。
できれば届けでたいんだが、自殺では保険が降りないんでね。
君に協力して欲しいんだ」
と。
彼は資産家の奥さんとの間には愛がなかったと言っていた。
はじめて愛したのは私だけだとも。
あまい誘いにのせられて浮かれるほど迂闊な私ではなかったけれど、その言葉を真実と受け入れたのは、私が受け入れたかったから。
なんの確証もない恋という名の誘惑に。
「私にできることってあるのかな」
これから偽装を行うからと彼は私を部屋から出るようにいった。
そこで用意してあった彼の奥さんの衣装に着替える。
カツラをかぶり、サングラス、変装した。
さっきの部屋からガラスの割れる音がしてくる。
何事かを施しているのだろう。
クリーニング屋に連絡して部屋の外に汚れ物を置いておくので取りに来るよう
彼の手袋をかりて彼の家から時間を指定して電話をかけた。
それから、彼が出てくるのを待った。
クリーニング屋は、明日の朝にくると説明した。
彼は奥さんのネックレスを私に渡して、それを身につけるように言った。
彼女は、その服にはいつもそれと決めていたからだと言っていた。
「それじゃ、行こうか」
彼に連れられて部屋をでる。
「今日は彼女との結婚記念日でね。
実は旅行を企画していたんだ」
「愛していたのね」
「ちがうよ。
愛したことは一度もない。
子供もできなかった。
愛を感じていなかったからだよ」
空港まで一時間ほど。
「一緒に旅行する訳にはいかないだろ。
機内にはいったら、喧嘩をする。
それで君は帰るといいよ」
「誰かに見られないかしら」
「大丈夫だよ。
人間は偏見でしか見ないから、私の隣にいる君は私の妻にみられるのさ」
博学的に知識をひけらかす傾向のある彼を私はあまり信じていない。
「本当かなぁ」
と不安だった。
「どんなふうに喧嘩すればいいのかなぁ」
「それくらい自分でアドリブしてくれよ。
女優だろ」
「売れてないから経験が少ないの。
それにもうすぐアダルトビデオに出る事になるし」
「お金が入れば、そうはならないよ」
「だったらいいけど。
私、どうやって生きていけばいいのかも解らないのよ」
そのあとは彼のシナリオどおり、喧嘩してフライト前に飛行機を降りて、タクシーで彼の家に帰って、ドレスとアクセサリーをクリーニングの袋にいれたのよ。
それからの事はよく解らない。
ニュースも見ないようにしていたからだった。
彼も一週間は旅行だという。
私は何事もなくやり過ごせればと祈っていた。
Lost holiday
「奏多紫暮っていい名前ね。
あんまり聞かない名字だし、名前だし」
「人の事言えない名前だろ、お前は」
「うるさいな。
あんたの意見は聞いてないのよ」
「現場検証は、終わりですかね。
あとは任せて」
「あんた帰りなさいよ」
「明日さんは帰らないんですか」
「帰りたいけどさ。
旦那が行方不明だから、ちったぁ居た方がいいんでないの。
だって奥さんがあんな風に」
「ものとりですよ。
偶然、奥さんと居合わせたから。
それと旦那は海外旅行みたいですよ。
帰りの便も解っていますから待ってても意味ないですよ」
「そっ、美人の奥さんみたいね。
夫婦の愛情は最近ひややかみたいだけれど」
「どうして解ります」
「寝室が別だし、二人で取っていた写真立てが伏せてある。
最近、奥さんとの愛が揺らいだのよ。
旦那の浮気とかね」
「正解みたいですね。
飛行機内で喧嘩して奥さんが降りたそうで、原因はそれですかね」
「そう」
「空港での防犯カメラの写真みます」
「ああ、さんきゅ。
結構な荷物を持ってるわね」
「長旅ですからね」
「彼女の服、これ何処にあるんだろ」
「クローゼットの中でしょ」
「ないよ、見たから」
「じゃぁ・・・何処です?」
「あたしが聞いてんだよ」
「旦那さんに聞いてみたら」
「でかけてる人間が何を知ることができるのよ」
「それは、そうですけど」
「とりあえず、旦那が戻って来るのを待つしかないですね」
「まぁね。
現状での憶測は、あんまり意味がないでしょうから」
と、気怠いあたしは面倒くさげに欠伸をやった。
(数日後)
ガタッガタッと音がする。
あたしはソファーに座ってスマホでゲームしていたが、隣の部屋に、玄関口にいる男に声をかけた。
「こんにちは。
あたし、捜査一課の明日紗耶香っていいます」
「あけびさやかさん?
「そう。
よく珍しい名前だって言われているんだすけど、あなたも珍しい名前ですよね。
かなたしぐれさん」
「これはいったい。
警察の方が何をしに来たんです」
「そのまえに少し落ち着いて頂けません。
椅子にでもかけて頂いた方が。
あまりいい話じゃないんですよ」
「なにがあったんですか」
「奥さんも珍しいお名前ですね。
舞う雪と書いてマイさんですか」
「なにがあったんですか」
「実はですね。
あなたの留守中に侵入者が入ったんですよ。
それで運悪く奥さんが殺されそうになったんっです」
「殺されそう?」
「はい。
さいわい生命は取りとめたんですが意識は混濁していまして、警察に通報したのも奥さんの様なんで、直後はシッカリしていたのかもしれないです。
でも、なぜ此処が狙われたのかが気になってですね。
なんか狙われる心当たりとかないですか」
「心当たりですか。
あっ、そういえば予告状のようなものが届いていました。
最近、噂になっている怪盗のミスリードとかいいう」
「ミスリードですか。
あいつ何を狙っていたんですか」
「たしか金庫の中にある筈なんですが。
カエサルを殺害した時のブルータスの短剣を手に入れていたんです」
「グラディウスですか。
たしか、クレオパトラ七世の息子のカエサリオンの手に渡り、カエサルの財宝の在処を記した地図とは別に封印された。
一説によると宝箱の鍵にもなっていたとか憶測がとんでいるって奴ですよね。
ミスリードが狙います?
そんな根拠の薄い伝説の秘宝とか」
「でも現実に予告状が届いていました」
「それって今、何処にあります?」
「すぐに破り捨ててしまいましたよ。
その時はイタズラだと思いましたし、実際に私が所持している事はしられていましたから」
「ふぅーん、そうなんだ。
まぁ、調査しておきましょう」
「それより舞雪は。
舞雪は何処にいるんですか」
「いま、病院ですが、面会謝絶なんですよ」
「構いませんよ。
はやく彼女に合わせてください」
「じゃぁ、ご案内しますよ。
たぶん普通に行くと面会謝絶で帰されちゃうんじゃないかと思うんで」
「わかりました。
お願いします」
(病院のロビー)
病院に着くと主治医を受付で呼ぶがやってこない。
患者の容態に異常があったとかで病室に往診中だた。
それが舞雪の病室だという。
紫暮は彼女の病室の前で待つことになる。
「やっぱり奥さんの容態が心配なんでしょうね」
なんて看護士の声が聞こえてきたが、あたしは彼をすでに訝しんでいた。
彼は「ただいま」も言わずに家に帰ってきた。
もちろん、喧嘩のせいかもしれないし、普段の習慣かもしれないけれど、奥さんが生きていると聞いた時の彼が一番、驚いていた。
それが気になって仕方がなかった。
本当は死んで貰いたかったんじゃないかと。
そんな時に同僚があたしに耳うちした。
犯人が捕まったという報告だった。
「もしも人生がやり直せたら、そう考える事は少なくないけど。
あなたは人生に満足していますか」
看護士だろうか。
女の声が何処からか聞こえてきた。
その翌日、舞雪が亡くなった事を、あたしは
知った。
(取り調べ)
男がいた。
スキンヘッドで、ガッツリとした体格。
どうやら、女の首を縄でしめるくらいは簡単だろうなと思った。
もちろん殺意があればなんだが。
夫婦で出かけたのが見えた。
旅行バックを持っていた。
旅行バックのイニシャルからマンションの部屋をわりだした。
ベランダに忍びこみ、懐中電灯でガラスを割った。
物色してたら、女が戻って来たので手で口をふさいで。夢中に首を締めた。
という供述は虚言だった。
新聞の情報を読みあげているに過ぎない。
あたしは頭を掻きむしっていた。
神経症を患っているんだろう。
目立ちたがり屋で、自分を罰したい想いがあるんだろう。
紫暮が帰ったときに旅行バックにタグはなかった
被害者は後ろから首を締められ、抵抗もなく意識を失ったのだが、状況にあわない所が幾つもあった。
犯人はもっと意識的に彼女を殺そうとした。
計画のようなものがある。
それにブルータスの短剣の話も眉唾だけど。
たしかに伝説にはあるのかもしれないけれど、
「いったい今が何十世紀だと思ってんだよ」
あたしは頭を悩ませていた。
(捜査の進捗)
紫暮はカウンセラーを生業にしていた。
あたしは捜査もかねて週一で患者になれないかと言ってみたが、あたしには悩みがないでしょうと言うので、他人が信じられないので恋が発展しないと、もっともらしい事を相談したいと言ったが、あたしが派手好きで、自分の好みを変えない性格だからだと言われて図星の点もあり不快だった。
「そんなに他人の精神分析って出来るものかな」
「簡単ですよ。
人間なんてタイプやパターンで割りふれる」
「たとえば殺人犯のような精神異常者もパターンにあるってこと?」
「殺人犯が必ずしも精神異常者って訳ではない。
道徳は人類の後づけで絶対ではない。
計画殺人犯は道徳的には正常であり、異常者ではない」
という彼の発言。
道徳を否定してまで自分を正当化している紫暮は、あたしにとって疑惑の男であった。
紫暮の事務所をでると受け付けしている女がいた。
彼のクランケらしいのだが。
おそらく背丈が近いというありふれた理由だけで声をかけた。
舞雪と変わらない背丈。
「ごめん、ちょっと良いかな?」
と声をかけた。
事件の担当刑事だと説明したが、彼女は事件の事を殆ど知らない。
女の名は森原由紀と言った。
紫暮の浮気相手とは聞いていた名前だが、見るのは初めてで、もしかしたら彼女が舞雪と入れ替わったのではないかと思った。
とくに空港の飛行機に乗ったのは彼女じゃないかと。
確証はないことだが。
空港のカメラやスチュワーデスにも話を聞いたが、決め手になるような証拠もなかった。
それでも、あたしは追いつめる事にした。
森原由紀を。
警戒している紫暮に近づきすぎるよりは彼女から事実を聞きだす方が容易いと考えたからだ。
アダルトビデオの撮影現場に彼女がいる。
職場に押しかけられるのは迷惑なものだ。
あたしは、「奏多先生が不味い立場にいるんだけど、あなたの挙述があれば救うことが出来るかもしれない」という事を匂わせた。
彼女は動揺をしているのが顔にでる。
あたしは核心に触れたんじゃないかと考え、この線を詰めることにした。
「もしかしたら、あなたが殺したんじゃないかなって」
「なんで、あたしが。
面識もないのに」
「でも死体は見たんじゃない?」
実際には、まだ死んではいなかったけど。
「・・・」
「嘘がつけない性格みたいね」
「弁護士を呼びます」
「それは自白をしたも同然じゃない。
たとえ、実行犯じゃなかったとしても、あなたがいなければ舞雪さんは生きていられたんじゃない」
「これ以上は人権侵害になります」
「ならないって。
そもそも立証が出来やしないし、逃げ道を塞ぐのは、あたしの特技のひとつなんだ。
あなたを、きっと捕まえるわ」
「そんなの、無理に決まっているわ」
と気丈に振る舞う彼女だったが、心は畏怖に震えている。
あたしは真実まで一歩だと確信していた。
(翌日)
あたしは森原由紀の住むマンションにいた。
紫暮が往診の時間に来なかったし電話も繋がらないとやってきた。
「遅かったですね。
もう少し早ければ彼女の遺体を拝めたんですが」
「なんです?
その失礼な言い方は」
「たとえ、薬局で買えるようなクスリであっても過剰摂取すれば生命はなくなるって話ですよ」
「あなたが彼女を追いつめたんじゃないんですか。
私と彼女の不穏当な関係に疑問をもち、彼女が妻を殺害したと勘違いして」
「彼女に死ぬ理由はありませんよ。
彼女は舞雪さんが自殺したと思いこんでいましたから」
「なにを馬鹿な話を」
「由紀さんに聞いたんですよ。
もちろん生きてる間にね」
「では君は妻が自殺をして、その後に何者かが他殺に偽装したと。
それが彼女だったと?」
「そんな事は言ってませんよ」
「では偽装したのが、私だと言いたいのかな」
「そんな事は言ってませんよ」
「では他の誰かが偽装したと言いたい?」
「そもそも舞雪さんは殺されたんですよ。
首に縄をつけて吊り上げられた。
手で首を締めたんじゃないから証拠が見つけにくい。
自殺の様でもあり、他殺の様でもある。
それはあなたが殺ったんです」
「そんな事はない。
そもそも立証は出来ない筈だ」
「由紀さんは、それでもあなたに不利になる証言をすることを避けたくて生命を犠牲にしたんですよ。
彼女の愛が真実ならば」
「君はコールガールに情けをかけろと言うが、一度も愛したことはないんだよ」
「アリバイが必要で、そのために利用した」
「もしも君が想像する架空の殺人犯の手によるものならね」
と言うと彼は、これで失礼させてもらうと部屋を出ようとする。
「その考えは危険じゃない?
あなた、一生、孤独だわ」
「そうはならないよ。
由紀のように、金の匂いを嗅ぎ分けてくる類は吐いて捨てる程いるからね」
と彼は捨て台詞。
あたしは薄く笑って見おくった。
(その扉を開ける瞬間)
扉を開けると暗い闇が広がっている。
目を凝らすと奥行きは、それほど広くはなかった。
何が起こっているのかを探るより彼女は、彼に尋ねることにした。
「どういう事なの」
私が死んでいたほうが彼には幸せだったという事だろうか。
明日刑事は皮肉って、
「あなたが幸運なのは、殺したい相手が簡単には死ねないという点かもしれないね」
と言って、彼女は私に任意同行を求めていた。
敢えて、私が紫暮と会話するのを遮っているようにも見えた。
私は正直に供述した?
あの日の事を。
彼女は殆どの事を理解していた。
「奥さんが自殺しているからって話で、生命保険がおりないからって彼は・・・」
私が知っている全部は、真実の一部に過ぎない。
彼女は、そう思っている。
と、私の方が彼女を誤解していた。
彼女は、しっかりと物事を見ている女だった。
「舞雪さんって、いつから擦り変わっていたのか教えてくれるかな?」
と。
「死ぬ前からというよりも、紫暮に出会う前から舞雪さんは別人だった。
のかも。
いったい彼女はそもそも何者で。
もとの彼女は何処にいったのか。
気にならない?」
「まるで、私が舞雪さんだとでもいいそうね。
じゃぁ、森原由紀はいないっての?
ここにいるけど」
「地下街に住んでた人間には少なからず、灰色人種についての知識がある。
灰色人種はクローン人間で副作用によって多くは若くして亡くなってしまう。
もちろん、クローンと自然の人間も恋をして、結婚する。
副作用はあるが、皮膚の色はかえることもできるけど、そもそもクローンは地下街の労働要員としてうみだされている」
「舞雪さんがクローンだったと?」
「ごく一部には、それを見分ける知識もある。
少なくともあたしには」
「死んだら灰色にでもなったの?」
「特殊な検査をして見たらね」
「じゃぁ、舞雪さんはクローンだった。
クローン人間に人格はない?」
「あるわよ。
法律がどうでも少なくとも、あたしの見解では」
「彼女は副作用で早く寿命がきた?」
「彼女は殺されたわ。
舞雪として。
本物の舞雪は何処かしら」
「そもそも先祖が灰色人種だったんじゃないの?
遺伝子が残っていたのよ」
「でも無くてね。
あたし、ずっと以前に彼女に会ってる。
その時にも確認してる。
彼女はクローンじゃないし、その家計にもそれはない。
あなた達はいったい何を企んでいるの」
「そんな発言は許されていないのかも。
もし、あなたが明日の朝、生きて目を覚ましたいと言うのならね」
と、その瞬間。
問答無用と言わんばかりに銃弾が、あたしの胸を貫いていた。
「知らないみたいね。
あたしたち手段は選ばないタチなのよ」
と、
「奇遇ね。
あたしもだよ」
グリモワールって秘密結社が暗躍しているのを聞いたことがあった。
その結社には七十二人の構成員がいてレメゲトンの『ゴエティア』の悪魔の名前をコードネームに持っていると聞いていた。
あんたたちがそうだとも薄々だけど気づいていたんだ。
あたしはカサエルの短剣を粉々にしておいた。
それには暗号を紐解く鍵が記されていた事を知っていたから。
何から何までお見通しなんだと言ってやりたかったんだけれど、あたしは血を吐き出していた。
内蔵に穴を空けられて圧迫されている。
だから私は何も言えないで、ただ目蓋をおとして、自重をささえられずに、ただ横たわるしかなかったんだ。
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