interlude‐3‐
「ええい、まだか!まだ私の子達は戻ってはこんのか!」
華美な玉座で顔を赤く染めてがなり散らしている壮年の男性。
煌びやかで装飾過多なこの王座。この城における謁見の広間で憤怒に身を震わせているのはこの国の王、ミタス・ル・ユースティアだった。
国民から搾り取った税で贅の限りを尽くしたその身体は肥え、動けば地が揺れるほどにその巨体は重い。その姿に最早威厳と呼ばれるものは無く、吠えるその姿はただの醜い何かにしか見えない。
だが、彼の持つ権力はその威厳の無さとは裏腹にあまりにも大きすぎるのだ。彼の我儘に逆らった末路を知っている侍従は、彼の癇癪に戦々恐々と身を震わせている。
「あれはワシの最高傑作、三年かけて作り上げた完璧な使い魔だ!この場にいる貴様ら全員の首なんぞより、よっぽど価値のある代物だぞ!!」
とどまらない癇癪に机の上のガラスのコップを勢い任せに放り投げる。狙いを定めたわけではなかったが、投げた先にいた侍従が悲鳴を上げて飛びずさった。
「ご安心ください、王よ」
いよいよ怒りに感情が爆発しかけたその時、そこに新しい人影が現れた。部屋の入り口で鎧に身を固めた男性が、落ち着いた響く声で荒ぶる国王を諫める。
「ギゼリック!貴様今の今までどこをほっつき歩いておった!」
しかし諫めた声に耳を貸すことは無く、怒りの矛先はその男性に突きつけられた。荒ぶる感情のまま、
「申し訳ありません」
「申し訳ないではない!このままあの子たちがいなくなったら、貴様どう責任を取ってくれるというのだ!」
「ですから、ご安心ください」
その声を軽くいなして、騎士の鎧に包まれた男性はなおも諫める。
「王の大切な
「ほ、本当か!!」
その報告を聞いた王は先ほどまでの剣幕が嘘かの様に、息を吐いて玉座に音を立てて腰を下ろした。
そのまま飲み物を飲もうとして、グラスが無い事に気が付いて睨むように一人の侍従へ飲み物を持って来いと命令する。
「そうか、無事なら見つかったのならなによりだ」
「ええ」
心の底から安堵したかのように王は体の力を抜いた。
急いで侍従が持ってきた茶をすすり、満足げに鼻を鳴らす。
「して、わしの大切なあの二匹は、無事連れ戻したのであろうな?」
その言葉に一瞬表情を変えた騎士の男。
ギゼリックと呼ばれたその男性は顔を隠し、見えないように皮肉に顔をゆがめてミタス王の言葉に答えを返した。
「いえ。残念ながら、
「……―――――なんだとォォッ!!!」
その言葉を聞いたミタス王は再び顔を赤く染めた。
沸点をはるかに超えた怒りに握る手が震え、今にも暴れださんばかりにこめかみに青筋が浮かび上がっている。
「わ、ワシの、ワシの大事な………」
そのまま地面にへたり込んだ。その顔は絶望と怒りが織り交ざっており、うかつに触れると爆発しそうなほどに不安定だ。
しかし、その爆弾に対してギゼリックは意に介さず踏み込んでいく。
頭を抱えて震えているその王の醜態を視界に収めたまま、なおも報告を続けている。
「討伐に関わった学生騎士の身元は現在調査中。ただ、魔力の痕跡から一人は光魔術の使い手であるという事が確認されています」
「………捜し出せ」
低く憎悪に震える声が小さく響き渡る。
そしてここにきて爆発した感情が、爆ぜるように叩きつけられる。
「必ず捜し出して余のもとに引きずり出せ!わしの可愛いペットを殺した報い、何倍もの痛みを以て償わせ見せしめに城下へ飾り付けてくれるわぁっ!!!」
「ですから、ご安心ください。王よ」
空気を読まずに諫める言葉を吐くギゼリック。
何が安心しろだ、とその言葉に対してあらん限りの罵詈雑言を叩きつけようとしたミタス王。
しかし、彼が腰に差した鞘から剣を抜き放った音に、出かかった言葉は引っ込み思わず言葉を失った。
静寂に満ちた空間にキン、という音が鳴り響く。
唐突に刃を抜いたギゼリックを見て、傍にいた侍従たちは全員悲鳴を上げて逃げるように散り散りに部屋から立ち去った。
「貴様、何のつもりだ……」
「この場で剣を抜いた以上、そんなものは明らかではありませんか」
予期せぬ行動に声を震わせるミタス王。
半ば腰を抜かして足を震わす王の姿を見て、ギゼリックは剣を構える。そして、死の宣告を告げるように眼前に震える愚王に吐き捨てた。
「なので、安心してください、王よ。死に逝く貴方が自身の身の回りのことを考える必要など無いのですから」
王は慌てて周りを見渡す。しかしこの広間にいるのは自身と目の前の反逆者二人だけ。自らを守る盾となりうるものはどこにも見当たらない。
声を上げて誰かを呼ぼうとするが、その心の動きを見透かしているかのようにギゼリックは王へと言葉を投げかける。
「侍従は今の騒ぎでもう去りました。貴方の娶った四人の婦人たちも、既にこの城には居ません。そして貴方の息のかかった騎士団員は、全員あの二匹の捕縛に向かっています」
「………っ、貴様、まさかその為にっ!」
「それはもう彼らは慌てて向かいました。それはそうでしょう。貴女の息がかかっているからこそ、貴方の大切なペットを逃がした失態を取り返さなければいけないのですから」
アキホが抱えていた二つの疑問はつまるところそういう事だった。
騎士団が反乱軍を止めなかったのは、騎士団の中にも反乱軍の息がかかった者が居たから。
そして、魔獣が現れる場所を反乱軍が知っていたのはそも、その魔獣を放ったのが騎士団の中に潜んでいた反乱軍だったからに他ならない。
そして遅れてミタス王は気付く。最近活発に活動を続けているという反乱軍。その逆賊を束ねる長が、目の前の騎士団長だったのだと。
用意周到に仕組まれていた計画。逃げる道を次々に塞がれていく恐怖に、ミタス王は外聞をかなぐり捨てて必死に生きる道を探そうと足掻く。
「私がいなくなれば、私の直属の騎士が黙っとらんぞ!」
「いえ、既に割り出しは終えています。彼らが投降するのであれば受け入れますが、抗うようであれば切って捨てることも視野に入れています」
「わ、私が懇意にしている国が黙って……」
「すでに連絡を取り、それらを上回るメリットを以て快諾を頂きました。少しより良いメリットを提示しただけで、あっさり手のひらを返していただきました」
もはや逃げる道は何処にも無いとすら思えるほどに、全ての逃げ道に立ちふさがる影。
もはや触れるほどに近づいた死の音に、ミタス王は自身の豊満な体を掻き抱いて喉が引き裂けそうなほどに叫んだ。
「私が居なければ誰も国を知る者が居なくなる!国を治め、民を統べ、民意を束ねる術を持つものが居なくなるのだ!この国を保つ術も、先に進む術も全てを失うことになるのだ!!」
「……そう、それだけが我々を縛る唯一の鎖だった」
帝王学を知る者が居なくなり国という骨格が破綻すると、ミタス王の最後に残された命乞いにギゼリックは反応を変えた。
先ほどまでと違い怨嗟の滲む声で、黒く沈むような声色でその命乞いを斬って捨てる。
「国を壊してはならないと、我々は10年の間待ち続けた。どうにか形を保ったままに国を良き物に出来ないかと、その葛藤に付け上がる貴様の姿に歯を食いしばりながら、どこかに道は無いかとその術を血眼になって探し続けた!」
叫ぶような慟哭。
朴訥と物言わぬこの男が取り乱し叫ぶ姿を初めて見た王は、その威圧感にただただ震える事しかできない。
「しかしもう限界だ。民は飢え、心が渇き、希望は生まれず絶望が国に
「う………あぁぁああああぁーーーーーーーッ!!」
もはや説き伏せることは不可能だ。そう考えたミタス王は一目散に逃げるため立ち上がろうとする。しかし、鈍重な王の動きより速く、音もなく凪いだ剣閃が彼の右足を深く切り裂いた。
「ぎゃおあおあぁぁぁああ!!」
痛みに悲鳴を上げる王は、しかし迫り来る騎士に喉が引きつり声すらも出なくなる。そんな醜い王に、ゆっくりと歩くように漆黒の騎士は近づいてくる。
「あぁ、どうやら自分を律しきれていないようだ。10年越しの悲願を前に、いつになく饒舌になってしまっているな」
顔に手を当てて歩み寄る彼の呟く声は震えていた。
しかし、それは恐怖ではなく歓喜から。永く待ち続けていたこの瞬間に、湧き上がる悦びを抑えるように声が震えている。
「ひっ……」
「貴方の娘は先に旅立ちました。恨みも遺恨も数えきれないほどありますが、せめて死後の世界で愛娘と再び会えることを祈っています」
「い、嫌だぁっ!死にたく」
その言葉が最後まで紡がれることは無く、翻る一閃を以て王の身体は二つに切り裂かれた。
しばらくの間斬り分かたれた上半身は呼吸を求めるように動いていたが、やがてその動きも収まった。完全に動きの止まったその死体を一瞥し、彼は振り返り玉座を後にする。
「騎士団長」
「……マーレか」
玉座の外に出たギゼリックは音もなく寄り添った影に足を止める。マーレと呼ばれた斥候は彼の横で跪き、手に持った書簡を恭しく彼に差しだした。
「
「あぁ…助かる」
「有難きお言葉」
その書簡を受け取り、内容を一瞥する。中には二体の合成魔獣の討伐に関わった三人についての詳細が書かれている。
そして彼はその中の一人に目を向けた。ギゼリックが予想していた通りのその記載内容に、彼はわずかに息を吐いた。
「やはりか」
「いかがなさいますか。今すぐにでも」
「……そうだな。日を置いてどこかに逃げられても困る」
書簡を丁寧に畳み、彼はマーレへとその紙を返す。受け取った彼女は跪いたまま一礼し、自らの懐へとその紙を仕舞った。
「では」
「あぁ、この後始末が終わり次第、学園へと赴く。気取られぬよう、私と数名の騎士で向かおう」
「では、そのように伝達してまいります」
「よろしく頼む。最後の……を終えてようやく、この革命は成就するのだから」
その言葉に再び一礼したマーレは、音もなく姿を消した。いなくなった後のその場所を一瞥し、漆黒の騎士王は静寂に包まれた廊下を出口へと緩やかに歩いてった。
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