19話 遭遇戦
各々が判断に悩み戸惑う中で、最初に口を開いたのはシルヴィアだった。
「……アリアは騎士団の方へ。学園長の口ぶりでは騎士団長は不在のようです。あの人がいない騎士団では、出来損ないといえど神話の魔獣は手に余ります」
「え、でっ、でも………」
「大丈夫です。『
そこで言葉を切ってシルヴィアはアキホの方を見る。誤魔化すように咳払いして、腰に当てた剣を抜いて構えながら雄々しく猛る魔獣へと相対する。
「いえ、私とそこの人だけでなんとかなりますから」
「そこの人とは随分な言い草だ」
目線で示されたアキホはその呼び方に苦笑した。アリアは戸惑って、二人を交互に見比べている。
シルヴィアのその声色に偽りはない。強がりではなく本気でそう言っているとアリアはそう感じた。
だからこそ悔しくて仕方がない。彼女に刃を取らせ、自らを縛る呪いと向き合わせなくてはならない、どうしようもないこの現状が。
「僕は此処に残るみたいだけど、フィオはどうする?」
「わ、私は……」
すでに戦う覚悟が決まっている三人と違い、彼女はこのような危機に免疫が無かった。
余りにも大きく鋭い魔獣の威圧感に、声と足とが震えて恐怖のあまり動けないでいる。
「わ、私が一緒に戦っても、足手まといに……」
「うん」
逃げてしまえと弱い自分の心が鎌首をもたげる。
あの魔獣に相対する恐怖からか言い訳のように漏れる言葉に、アキホは小さく頷いた。
決して否定しているわけではないアキホのその声色。それを聞いたフィオは小さくつばを飲み込んだ。弱い自分を叱咤し、震える声のままで怯える自分を奮い立たせるように叫ぶ。
「弱い私は戦えません…!でも、絶対に逃げません!戦えずとも、絶対に戦いから目を離しません!もし万が一の時には私が二人を……二人を、助けられるように……!!」
「…………うん」
たどたどしく紡がれる彼女の精一杯の言葉にアキホは優しく微笑んだ。
今はまだ実力が伴わなくとも、気高く正しいその言葉を聞いて、奥で剣を構えるシルヴィアも噛み締めるように僅かに目を閉じる。
「フィオは強いね」
「そ、そんなこと……きゃうっ!」
泣きそうな声で否定しようとするフィオの頭を強く頭を撫でて、アキホはその先の言葉を言わせない。
決して弱くなんてない彼女自身を否定させないように、そのままアキホは振り返る。
「それじゃ、そこで見てて。絶対に打ち倒して見せるから」
「……………っ」
眩しく映るアキホのその姿にフィオは小さく喉を鳴らす。遠くに見えるシルヴィアの美しい背中に、詰まって言葉が出なくなる。
強さを伴わない自分にとって、二人の強く芯の通ったその背中は、いつか辿り着きたい追うべき背中なのだと悟る。
震える量の手を握りしめて、僅かに俯くように頷いて、戦えない自分に出来る精一杯でじっとその姿を見つめ続ける。
『……戦うと、決めたんだな』
「はい。流石に見過ごせませんので」
『そうか……すまない、感謝する』
そして、健闘を祈るという言葉と共に学園長との通信は切れた。アキホがアリアに通信機を返すと、シルヴィアがアリアに背中から声を掛ける。
「……そういう事だから、アリアも早く救援に行ってください」
「絶対、無理なんてするんじゃないわよ」
「……善処はします」
「っ、馬鹿。アキホも自分の身の安全を第一に。取り返しのつかない怪我なんてしたら、許さないんだから」
「うん。アリアさんも気を付けて」
その言葉に頷いて、アリアは魔力を動員し跳躍。一足で屋根の上に飛び乗り、僅かにこちらを案ずるように振り向いた後に、風に長い髪をたなびかせながら続く二足でその屋根の上から姿を消した。
「彼女も『
「強さは立ち姿でなんとなくわかるけど、だからって心配しない理由にはならないよ」
「そうですか。まあ、彼女よりも今は自分たちの事を第一に」
「うん」
シルヴィアの隣に立って柄に手を当てるアキホ。先ほどのアリアの跳躍からこちらの存在に気が付いた魔獣は、こちらに目を向け威嚇するように翼を広げた。
猛る咆哮に唸る暴風。常人なら恐怖に震えるしかないこの威圧感。しかし、吹き荒れる風を意に介せず、二人は魔獣を見据えている。
「作戦は?」
「ご自由に。魔術を使えない貴方を私が適宜サポートする形で」
「じゃ、自由に戦うという事で」
「後半部分を勝手に消さないで。自由、とは何でもやっていいという事ではありませんから」
呆れたように嘆息するシルヴィア。
その言葉に笑みを浮かべたアキホはトントンと踵を鳴らす。ゆっくりと足を下ろして刀に手を当てた瞬間、霞の如くその姿が消え失せた。
「――――――――――!!」
「――――ふっ!」
閃く刃は既に
が、やはり想定より魔獣の纏う風が強かったのか、刃は逸れ浅く毛を切り裂くに留まる。
続く刃で次こそは斬り伏せるべく身を翻すが、しかし相手は紛い成りにも風を統べる神獣。自らの間合いに許可なく侵入した不届き物に対し、遥かに密度の高い風を勢いよく叩きつけた。
「……っと」
横合いに吹き付ける嵐のような風圧によろめき、アキホはたたらを踏んで体勢を崩す。
隙を見せた敵に対して、魔獣は振り返るように体を捻る。左脚を引いて勢いをつけ、回した自らの右翼を叩きつけるように薙ぎ払おうとした。
しかしその前に、正面に割り込んだもう一つの影にその一撃を打ち上げられ、弾かれた翼は軌道を逸らす。
「ちっ、硬い……」
想像以上に硬い骨格に悪態をつくシルヴィア。今の間に体制を整えたアキホをちらりと横目で見て取り、そのまま潜り込むように右翼の下へと迫る。遅れてアキホが反対側の左翼で動きを合わせた。
開き切った両翼の下、無防備に晒した体を両側から断ち切ろうと二人が剣を振るおうとした瞬間、開き切った翼を羽ばたくようにはためかせ、暴風と共に一息で魔獣は距離を取った。
「「……っ!」」
先ほどまでとは比べ物にならない、体が浮くほどの風を浴びて二人は10マトル以上吹き飛ばされる。辛うじて体勢を立て直すが、それ以上に後退した魔獣との距離は既に剣の間合いからは程遠い。
先ほどまで以上に離された距離にシルヴィアが小さく悪態をついた。
「まさか無防備に斬りかかるとは、警戒心を家に置いて来たんですか?」
「思った以上にやり辛いね。如何せん、魔獣の類も魔術の類もまだまだ経験不足みたいだ」
「あの魔獣は特別製です。紛い物とはいえ、世界全ての風を支配下に置くと言われている神獣を基に作られた
「その上巨体に見合わず俊敏、と。大変な仕事を引き受けちゃったかな」
「何を今更……っ!」
軽口を交わしていた二人の遥か向こうで、巨体が再び翼をはためかせた。
一見するとこちらまで届かない風を吹かせただけの意味の無い挙動。しかし、僅かに間を置いて聞こえてきた空を割くような音に、シルヴィアは身を屈めてそれを避け、アキホは抜いた刃を以て見えないそれを切り捨てた。
「今のは……」
「風の刃。かまいたち、かな」
圧縮したままに解き放たれた風が刃となり牙をむく。この間合いは圧倒的に不利と感じ二人は目を見合わせた後に、今度は二人同時に地面を蹴り、距離を詰めようと街道をひた走る。
「―――――――――――!!!」
威圧する咆哮と共に再び翼がはためいた。拡散されていたかまいたちが、距離を詰めたことにより収束する。先程より遥かに多いその風の刃に対し、アキホは迷わずシルヴィアの前に出た。
姿は見えずとも、音でその軌道はわかる。風を介して魔力で編まれたその刃を余すことなく切り捨てながら、2人は速度を緩めずただ距離を詰める。
しかし、まだ遠い。彼我の距離、30マトル。
その間があれば、神獣がもう
先程よりさらに接近した二人。そこに襲い来る風はもはや数えるには両手で足りず、10を超える風の刃が縦横無尽に暴れまわる。目に見えないが視界の全てに刃が閃き、逃げ場も防ぐ術もどこにもない。
「……『
だからこそ自らの意思を押し通すため、シルヴィアは魔の法を行使する。
目の前に大地が競り上がる。迫る風刃を全て受け止めて崩れ落ちる土壁をブラインドに、もはや至近にまで接近したシルヴィアは滑るように足元へ潜り込み、そのまま足へと斬りかかる。
「……っ!」
しかしその刃は空を斬った。
その寸前に、空へと羽ばたき飛翔した魔獣の僅か下を掠める。
そして安全圏へと退避するように魔獣が空へと舞い上がったことにより、もはや刃は届かない。
自身の間合いへと距離を広げた
そんな魔獣の虚を突くように、シルヴィアの土壁をブラインドに空へと飛びあがっていたアキホが打ち落とそうと差し迫る。
「……シっ!」
迷わず振り切られた一閃は魔獣の顔のすぐ隣、首元と羽を横一線に掠めて微かに血飛沫を撒き散らす。大雑把な想定で飛び上がったため、僅かに間合いから外れ刃が届かなかった。
想定外の一太刀に激昂し、魔獣は有らんばかりの暴風でアキホを地面に叩き落とした。何とか空中で体制を整え音を立てて着地したアキホに、地上にいたシルヴィアは急いで駆け寄る。
「ごめん、届かなかった」
「いえ、むしろ僅かにですが羽に傷を付けたことに驚きです」
言葉を交わし空を見上げる二人。もはや剣が届かないところまで飛翔した魔獣を見上げ、アキホは困ったように頬を掻いて、シルヴィアは眼を瞑って嘆息した。
「……どうしようか」
「………」
その言葉に返事は無い。なおも上空を旋回する鳥の魔獣を見上げたまま、シルヴィアは黙り込んでいる。
しばらく沈黙が続き、眉間に手を当てて悩んでいたシルヴィアが諦めたように再びため息を吐き、ゆっくりと目を開けた。
「……魔術を使います」
「え……さっきも使ってなかった?」
「あれは様子見、今度は全霊で。……あまり使いたくは無かったんですが」
複雑な表情で自分の手を見つめているシルヴィア。剣を握っていない方の手を小さく握りしめ、覚悟をしたかのように顔を上げる。
「今度は役割を交代。私が前に出て何とか
「わかった」
僅かにすら逡巡無く肯定を浮かべるアキホ。それに頷きを返したシルヴィアは深く深呼吸した。自身の胸に手を当て、心の奥底に在る自らの魔力に意識を向ける。
彼女の浮かべるイメージは遥かに深い沼の底。押さえつけるような泥水の奥底から光り輝くわずかな
しかしそれは決して許さないと、周囲の泥水が圧力を増す。ただでさえ少ない掬い上げようとした魔力を、少しずつ溢しながらようやく水面へと浮上する。
どうにか引っ張り上げた僅かな源泉。その心許ない魔力を大事に抱きしめる。ほんの僅かではあれど今は一縷の希望。大切に身体の隅々、全身に巡る魔力回路に引き出した魔力を通していく。
―――――そして再び、極光が世界を染め上げる。
視界に凪いだ太陽と見紛うその光に気付いた
風を統べぬままに吹き荒れる魔力。その神々しいまでの姿に、風を統べる王は
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