第304話 撤退戦(15)

「……どういうことだ?」


 俺は努めて冷静に、相沢が戦う事が怖くないんですか? と、言う問いかけに関して内容を聞き出そうとする。

 相沢の問いかけは、漠然すぎて答える事が難しいという点があったからだが……。


「……言葉のままの意味です」


 そうとしか返してこない相沢に俺は溜息をつく。

 こういう手合いの場合、どんな言葉を自分自身が望んでいるかを分かっていない事が多い。

 それはコールセンターでも多かった。

 だからこそ、コールセンターではエンドユーザーからの入電の際には質問の意図をアポインターが纏めて聞き返すのが普通となっている。


 ――だが……。


「相沢、ここは学校じゃない。お前も立派な社会人だろう? 他人に意見を求めるのなら、自分自身の中で何を聞けばいいのかを咀嚼して考えてから発言するべきだ」

「――ッ!」


 わざと突き放したような言い方。

 だが、俺は自分の考えが間違っているとは露程も思ってはいない。

 質問をして1から10まで教えてくれるのは学生時代までだ。

 社会人になれば答えは自分で見つけるしかない。

 学校というのは、答えを見つける為の過程を学ぶところでしかないのだ。


「お前が、心の中でどういう心境かは俺の知ったことではない。だが――、お前はいまの鳩羽村ダンジョンに居る冒険者の中では俺の次に強いという事は自覚しておけ。お前も言っていたな? 誰かを守るのが正義の味方だと――。お前は、もう誰かを守る側の立場に立っている。それを少しは自覚しろ」

「それは――、山岸さんが!」

「俺が何か?」

「私の急激なレベルアップは、貴方の――、山岸さんの魔法のせいなんでしょう?」

「そうだが――、それが何か問題でもあるのか?」

「私は、望んで誰かを守る立場になった訳では! それに!」

「だから何だ? ずっと守ってもらえる立場に居たかったのか? ――で、自分が命を失う場面に遭遇して恐怖を抱いたからって自らを憐れんでヒロインきどりか?」


 肩を竦めながら俺は話を続ける。


「そもそも、お前は夫を探す為にダンジョンに来たんだろう? ――で、何年も夫が消えてから何をしていた?」

「それはダンジョンに潜って……」

「それでレベルは一桁か?」

「だって、それは……」

「言い訳は必要ない。そもそも、本当に助けたいのなら大手のギルドにでも入って探索をすればよかっただろう? それを、自分が有利に頼める相手が来るまで待つなんて俺から言わせてもらえば本気で助けるつもりがあったのか? と、聞きたいところだ」

「そんな言い方しなくても!」

「事実だろう?」

「……」

「悪いが、俺は他人を気遣って話すような真似はしない。率直に意見を言わせてもらう。戦う事が怖い? いい加減にしろよ。命のやり取りをするのが冒険者の仕事だ。そして――、冒険者の身分を持つ以上、何時でも命を捨てる覚悟を持て! 戦う事が怖いなんてものは論外だ! お前は、自分の言った言葉に責任を持て! もし戦う事が出来ないなら戦国無双の織田に殿を譲れ」

「そんなこと……」

「それと言っておくが――」


 俺は、瞳が揺れている相沢を真っ直ぐに見下ろす。


「誰かを守ることが出来なかった後悔は、ずっと自分自身を苦しめることになる。お前に、その覚悟があるのなら戦う必要はない」

「え?」


 相沢が、目を見開くが俺はすぐに相沢から離れる。

 これ以上、話をしていても時間の無駄だと悟ったからだ。

 戦う理由なんて自分で見つけるしかないからな。


 


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