第297話 撤退戦(8)相沢side

 その後のダンジョン探索も散々な有様であった。

 覚悟をしていたとはいえ、携帯端末に残されていた映像に私は心が折れそうな程の衝撃を受けながらも彼の――、山岸直人という人物の叱咤に心を奮い立たせながら辛うじて付いていく。


 今まで知らなかった。

 ダンジョンというのが、人の命が……、こんなに簡単に消えていく場所だなんて……。

 日本では――。

 違う――、世界中のどこでもダンジョン内で起きている事については定期的にニュースで流れることはある。

 だけど、それは珍しいアイテムや成功者のインタビューばかりで死者については各国のダンジョン探索者協会のホームページの追悼者リストに表記されるだけでニュースにはならない。

 何故なら、ダンジョン内で死ぬことは自己責任だから。

 だから、夫がダンジョンに潜る時も心配はしていたけど、命に係わる事ではないと思ってしまっていた。

 ううん、そう思わされていた。

 何故なら、鳩羽村のダンジョンは50階層までのMAPが提供されていて携帯端末で位置情報どころかモンスターの種類まで開示されていたから。

 だから、余計に安全だと思い込んでしまっていた。


 私は、自分の考えが甘かったと後悔しながら彼の後ろ姿を見る。

 今の私のレベルは1315。

 魔法も幾つか習得できる。

 そして、おそらく私のレベルは既にSランク冒険者の領域に達している。

 それなのに目の前の彼には追い付けるどころか、レベルが上がるたびに遠く遠のいていくのを感じてしまう。

 明らかに私とは別格の強さを――次元が違う強さを持つ人間。


 ――それが彼という人間。


「――お、置いていかないでください」


 33階層に続く階段を彼が降りていく。

 その姿を、思考しながら歩いていた私は一瞬だけ見失う。

 その時になり私は理解する。

 こんな危険な場所に置いていかれたら……と――。

 私は、必死に追いかける。

 そして――、33階層に到着したところで彼は床を破壊し一気に41階層まで落下。

 42階層へ続く階段に向かう為に、彼は時間短縮の意味合いも込めて壁を破壊――、普通ではありえない事に一瞬――、身体が硬直し――、私は飛んできたダンジョンの壁を構築している破片を避ける事も出来ず悲鳴を上げる事しかできなかった。


 ――そして、そこで私の意識は途絶えた。


 次に気が付いた時には、私は彼に抱きかかえられていた。

 彼は私を気遣ってきた。

 自分が壁を破壊したことで私の身が危険に晒されたという事を理解しているのだろう。

 

 ――でも、それよりも気になったのは……、彼がすごく焦っているように思えること。

 何か不測な事態が起きたとしか思えない。

 そうではないなら、こんな周りに被害が出かねない移動はしないと思うから。

 だけど、私は何も聞くことは出来ずにいた。

 彼は私を抱きしめたまま走り出す。

 途中で、32階層を襲った植物系のモンスターが次々と襲い掛かってくるけど、山岸という人物は親指をパチンッ! と弾くだけでモンスターが粉々に吹き飛ぶ。

 それは一度だけでなく何度も!

 さらにモンスターが倒されるたびに私のレベルは上がっていく。


 どの魔法を選んでいいのか分からない私は、目の前で粉微塵になっていくモンスターの死骸を見ているだけしかできない。

 42階層に到着したことには、私のレベルは3000を超えていた。

 

 そのあとは42階層を探索し生存者がいないのを確認したあと、彼はあろうことか自身が破壊した床の跡――、上層階まで垂直に穴が開いた場所を、私を抱いたまま走っていく。

 僅かな時間で22階層に戻ったあとは、ダンジョンを脱出する為の話し合いを、日本ダンジョン探索者協会の職員でもある水上さんと始めてしまう。

 私には理解できなかった。

 自衛隊が来るまで22階層に留まっていた方が安全だというのに彼は脱出すると言い出したのだ。


「陸上自衛隊の主力部隊が来るまで留まるのもありなのではないですか?」

「それは無理だな」

「どうしてですか?」

「水上も言っていただろう? ダンジョン内のモンスターの強さが想定していたよりも遥かに強くなっていると」

「だから!」

「すでに、陸上自衛隊は鳩羽村には向かっているが――、ダンジョン内には入らないように連絡をしてある。余計な死者を出すのは愚の骨頂だからな」

「――え」


 いま、彼は何て言ったの?

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