第241話 マニュアル作り

「そ、そうですよね……、先輩は――、貝塚ダンジョンでも私達を助けてくれましたものね……」


 俺の言葉に納得したのか、佐々木の声のトーンが下がる。

 

「佐々木、飯の途中だったんだ。さっさと戻るぞ。あまり長く席を経っていると変に勘繰られるかも知れないからな」

「先輩は、自分の正体を……」

「他人に知られると色々と面倒だろう? お前みたいになるからな」


 さすがに松阪市の日本ダンジョン探索者協会で、佐々木や江原のブロマイドが売られていた時は、絶句した。

 まぁ、俺は冴えないおっさんだから経済効果は見込めないと思うから、売られるわけがないと思うが――、不確定要素は潰しておきたい。


 ――それに、別に誰かの為ではなく自分の為に行っているに過ぎないからな。


「そ、そうですね……」


 佐々木が頷きながら、食堂に入った俺のあとを付いてくる。




 朝食を食べたあとは、旅館の仕事に関するマニュアルの作成を香苗さんと佐々木を交えて行う。

 こう見えてもコールセンターでは、何度もマニュアルを作り何人もの新人に仕事を教えてきた。

 その実績が生きるとは思わなかったが、何の経験が役に立つのか分からないものだな。


「山岸さん。こんな感じでいいかしら?」

「そうですね。あとはロープレなどを何度か行う方向でいいと思います」

 

 ロープレというのは、コールセンター内で新人同士が顧客と電話受付担当に分かれて体型の受け答えをすることを言う。

 元々は、ゲームのRPGから名前をもじったロールプレイングと言っていたが、現在では短くロープレと言われている。


「ロープレ?」


 案の定、香苗さんが首を傾げる。

 佐々木が、「接客の練習だよ」と、伝えると香苗さんも得心いったのか頷いていた。


「そういえば、先輩」

「――ん?」

「クリスタルグループの桂木さんが手配した派遣の方ですけど、何時頃に来られるんですか?」

「どうだろうな。とりあえず人数は確保できたとメールは来ていたが――。ちょっと、確認してみるか」

「はい。桂木です」

「山岸です。何時頃、こちらに来られますか?」

「お伺いするのは明日になりそうです」

「そうですか。わかりました、それでは松阪駅に到着しましたらバスで迎えにいきますので、電話をください」

「わかりました」


 電話を切る。


「佐々木」

「話は聞いていました。それより研修についてですけど、100人近くになるんですよね?」

「そうなるな」

「その方たちは、松阪市内からバスで来られるんですよね? そうなるとお泊りは松阪市内のホテルとかになりますか?」

「そうだな……」


 そういえば、ホテルの手配などが済んでいないな。

 すぐにパソコンで調べないといけないか。


「先輩、研修期間ずっととは言いませんけどバスもダイヤもすぐに改善は出来ませんよね? お客様も居ませんから、旅館に泊まってもらってはどうでしょうか?」

「そんなことをしていいのか?」

「はい! 実際、研修の――、従業員の立場で学ぶ事と、顧客として泊まって見える目線は違いますから、両方の感覚を持つことは重要だと思いますので」

「そうか……」


 一応、佐々木は旅館の経営をずっと見てきたと言っていたからな。

 プロの話を聞いて取り入れることは必要だろう。


「香苗さん」

「はい」

「旅館を、しばらく借り受けてもいいでしょうか? 研修する場として――」

「いいわよ」

「え? どうして私に言わないんですか!?」


 佐々木が、自分が提案したのにと不機嫌そうな表情を見せるが――。

 だって、お前が、この旅館の主ではないだろ? と、俺は心の中でだけ突っ込みを入れておく。




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