第227話 交渉と面接(9)

 佐々木の言葉に深く溜息をつく光方。


「以前にやられた事を忘れた訳ではないのだろう? 性別を変えられるような薬まで使われてどうしようも無くなって東京まで逃げたのは忘れたのか?」

「それは……」


 光方の叱咤に佐々木が言い淀む。

 まぁ、佐々木に以前から聞いていた話から考えると大学にも、そして友人にも圧力を掛けられていたらしいし、さらに俺の家に転がり込んできた時はチンピラまがいな奴らまでセットで差し向けてきた。

 ――つまり……。


「佐々木、軽はずみに大丈夫などと口にするな。少しは危機感を持て」

「……せ、せん……ぱい?」


 佐々木が呆然と呟いてくるが、俺はこんな状況に陥っていても尚、現実を認識出来ていない人間に甘くするほどお人よしではない。


「佐々木望、お前は本家の一存で了承もしていないのに男にさせられたんだろ? ――で、千葉まで逃げてきた。さらに、本家に連れ戻されそうになったんだろう? あの連中が、俺の家までお前を追いかけてきた時点で、危機的状況だという事を少しは認識しろ。大丈夫のラインなんてとっくの昔に超えているってことくらいは分かれ!」

「――で、でも……、いまは……」

「言い訳は必要ない。それとダンジョンを一つ攻略したから大丈夫とでも言いたいのか? お前は、自分がどういう立場に置かれていて、どのくらい危険な状況かに居るのかを知っておくべきだ」


 佐々木が無言で俯くと同時に香苗さんは驚いた表情で佐々木を見ていた。

 これは、もしかしてと思ったところで、「山岸さんと言ったかな? いまの話は本当なのか?」と光方が俺を見てくる。


「まぁ、そうだな」


 俺は肩を竦めながら答えておく。

 実際は、貝塚ダンジョンでテロリストに襲われ死にかけた事も含めると、もっとヤバイが――。


「望(のぞみ)、そんなことを私には一言も……」

「だって……、心配をかけたくなかったから……」

「……」


 本当に話をしていなかったようだな。

 まったく――、困ったものだ。


「――で、香苗さんは、どうするんだ?」

「私は……」


 光方の問いかけに香苗さんの瞳が揺れる。

 実の娘が――、その身にすでに危険が及んでいると知ったのだ。

 普通なら、鳩羽村から距離を取る方向で物事を考えるだろう。

 ただ、それだと俺が困る。


「二人とも少しいいか?」


 俺は場の雰囲気が、俺の望んでいない方向で向かっているのを阻止する為に香苗さんと光方へと視線を向け、

 

「何だ? 今は大事な話を――」

「俺の話も重要だ。そもそも、佐々木家の本家が絡んできている問題だ。そこを明確にしておかないとな」

「そうだが……、村から出ていく以外に……」

「それだと、また刺客を差し向けられるかも知れないだろう? それにダンジョンから出るアイテムは色々な特殊効果を持つモノが多いからな。コイツみたく危機感が薄い奴は良い的にしかならない」

「それなら、どうするのだ?」

「決まっている。佐々木家本家に力があるから、こっちにちょっかいを出してくる。つまりだ! 徹底的に戦って相手を破綻させる。ついでに人脈も破壊すれば手を出すことは出来なくなる」

「そんなことが――」

「先輩、そんなの無理です……、佐々木家本家は多くの上級国民の弱みを握っていて政財界を動かすことも出来るんですよ? 勝てるわけが……。それならダンジョンを攻略した力で――」

「どこから得たか分からない力を無暗に振るうのは感心しない。そもそも、武力で解決するのなら、相手を傷つけるという事だろう? それだと日本の法律的にお前が犯罪者として捕まるぞ? それに日本ダンジョン探索者協会の規約には探索者が一般人に危害を加えることは重罪になると明記されていたからな。だったら正攻法で相手を倒すのが、一番いいだろう?」

「だけど……、そんなこと……」

「大丈夫だ。ついでに言っておくが、これは俺の喧嘩であってお前たち母娘には関係の無いことだから気にすることはない」

「どういうことだ?」

 

 俺と佐々木の話を聞いていた光方が話についてこられないのか聞いてくる。


「ああ、簡単なことだ。佐々木雄三に会って、10億円で旅館『捧木』の権利を購入してきた。そして、その名義は俺になっているから何かあれば全て俺の責任になる」

「せ、せんぱいっ!? そ、それって――」

「山岸さん?」

「ほう……」


 三者三様、それぞれの反応を見せるが――、そのへんは想定の範囲内。


「佐々木母娘の名義にしていたら何かあった時に圧力を掛けられると面倒だからな。俺、名義にしておいた方が相手も俺の方を注視してくるだろうし――」

「――で、でも! 先輩は……」

「望」


 俺は、一言だけ佐々木の名前を呼び――、その瞳を見る。

 余計な事は言うなという考えを込めて――。


「とりあえず、かなり話は脱線してしまいましたが光方さん頼みがあります」

「頼み?」

「路線バスのダイヤの増設をお願いしたい」

「……ふむ。だが――、人手が足りない。それに――、バスの方もな……、すでに今の3時間に一本の運用で手一杯だ」

「山岸さん、旅館のことですけど……」


 やはり大切な場所が俺の名義になっていたことに驚いたのか、光方と話しているというのに香苗さんが俺に話しかけてくる。


 


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