自宅にダンジョンが出来た。

第210話 信頼の軌跡（１２）

　一度、鳩羽村まで通った道を車で走る。

「先輩」

「どうした？」

　運転をしているとポーチに全てのジェラルミンケースを詰め込んだのか佐々木が話しかけてくるが――、俺は運転中の為に後部の空間に居る佐々木の事は車内ミラーでしか確認することは出来ない。

「一応、全部入れました」

「そうか。一度、車を停めるから助手席に移動するか？」

「大丈夫です」

　佐々木は、運転席と助手席の間の狭い空間を通り抜けてくる。

　その時にフワリと、女性らしい香りが鼻孔を擽るが――。

「お前な……」

「先輩、この車ってカーナビが無いのに目的地までの順路とか分からないですよね？」

「――いや、普通に分かるが？　相原さんが運転していたのを見ていたからな。一度、通った道なら覚える」

「そうなんですか！？」

「何か、おかしいのか？」

「ううん。私とか道を覚えるのが苦手で……」

「お前は、俺の家に最初に着た時にどうやって来たんだ」

「え！？　そ、それは……。き、今日は天気がいいですよね！」

「どうして、露骨に話を逸らすんだ？」

「だって……」

　シートベルトをした佐々木が、上目遣いで言い淀む。

　その様子から、コイツが何かを隠しているような気がしてきた。

「お前、俺に何か隠しているだろ？」

「わ、わわ、私がですか！？　そ、そんなこと……、あるわけないじゃないれふか」

「噛み噛みだ」

　まったく……。

「どうせ、俺の住所を知っていたと前に言っていたから何度も俺の家の近くまで来ていたとかそんな所だろう？」

　とりあえず当てずっぽうに言っておく。

　実際、本当にされていたらマジで引くレベルだが――。

　むしろ、先輩と後輩の仲を止めるか考えるレベルだ。

　チラリと運転しながら佐々木の方へ視線を向ける。

　すると――、佐々木は大きく口を開けたまま目を見開いて固まっていた。

　どうやら、当たって欲しくない予測が正解だったのか。

　今度、佐々木とはキチンと話し合う必要があるな。

　――山道を抜け旅館『捧木』に到着。

　車を従業員用の駐車場に停めたあと、旅館へと戻ろうとしたところで俺は足を止める。

「佐々木」

「はい？」

　先に車から降りて旅館に向かっていた佐々木が首を傾げながら「先輩？」と答えてくる。

「そういえば、お前のところの佐々木家の本家はどこにあるんだ？」

「――え？　どうしてですか？」

「いや、ちょっと挨拶にでも行こうと思っていたからな」

　俺の言葉に佐々木が首を振る。

「絶対にダメです！　本家は、どんな危害を加えてくるか分からないです。佐々木家の本家は政財界にも強い力を持っているんですよ？　相手の敷地に入ったら何をされるか分からないんですよ？」　

「だからだろ？　相手も、俺がいきなり押しかけるとは思ってもいないからな。それに――」

　ポーションを利用した風呂をする以上、旅館『捧木』の権利は土地と建物を含めて此方が購入しておきたい。

　その方が今後のプランにも使えるし。

「まぁ、お前が心配することの程でもない。礼儀よく正々堂々と相手の流儀に沿って挨拶に伺うだけだからな」

「……私が止めても行くんですよね？」

「まあな」

「――なら、私も……」

「それはダメだ」

「どうしてですか？」

「互いに敵同士になった場合、弱い人間から切り崩すのは戦術的に常套手段だ。――なら、俺が留守中に旅館『捧木』の関係者を守れるのはお前くらいだ。だから、お前は付いてこなくていい」

「……分かりました」

「あと、ポーチを全部渡してくれ」

「――え？」

　佐々木は戸惑いながらも応じてくる。

　俺は全てのポーチを受け取り――、

「ほ、本当に？　先輩……、本当に……、旅館を買い取るつもりなんですか？　先輩には、メリットは何もないのに……」

「何を言っている。奴らは俺の大事な物を傷つけた。理由は、それだけで十分だ。それで――、佐々木家の本家はどこにあるんだ？」

「あの山の……」

　佐々木が指さした方角――、その山の中腹には立派な日本家屋が見える。

　建物の大きさは旅館『捧木』の倍以上はあるだろう。