第207話 信頼の軌跡(9)
「――え? 嫌ですけど?」
――即答。
――清々しいまでの即答である。
俺達と向かいあっていた支部長の安藤が笑みを浮かべたまま凍り付くのが見える。
「ま、まずは条件を――、こちらから提示する条件を見て頂けますか?」
額から汗を垂らしながら話しかけてくる支部長。
「提示も何も、どうして私が日本ダンジョン探索者協会に再所属しないといけないのですか? 私は、自衛隊と下部組織の日本ダンジョン探索者協会から抜けるのに貝塚ダンジョンから取れるリン鉱石を日本国政府に譲渡したはずけど?」
「それは……」
「本来なら、私は嘱託であったとしても国と関わりたいとは思っていないのですよ? その辺を理解して話しているのですか?」
「――わ、わかりました……」
矢継ぎ早に責め立てる佐々木の口調は、横で聞いている俺でも分かるほど非常に苛立ちを含んでいる。
まさしく有無を言わさない拒絶。
「ああ、私! 嘱託も止めるかも知れないですね!」
「――え!?」
安藤の表情が青くなる。
「そ、それは困ります」
慌てふためく57歳の公務員。
何というか、社会人としては未熟なのか。
レベルが高い事から、陸上自衛隊からの天下りだというのは何となく察することは出来るが――、客商売をしてきた佐々木から見れば、所詮は年功序列で大した能力もなく社会経験も皆無な老人など子供同然なのだろう。
「困りますと言われても、私の写真集を無断で売っているような組織と――、肖像権を侵害しているような所と、信用ある取引が出来るとは思いませんので」
佐々木の言葉に完全に絶句する男――、安藤。
ここは、安藤に助け船を出した方がいいか?
あまり攻め込みすぎると面倒な事になるばかりか金銭の換金も出来なくなりそうだしな。
「仕方ないですね。それなら、一つ条件を呑むになら、今までどおり嘱託をしてあげてもいいですよ?」
「――じ、条件とは!?」
「私の写真集を売らないこと」
「わ、わかりました」
――渋々頷く支部長。
「あと、このカードに入っているお金を20億円ほど下したいので、すぐに! 用意してください!」
「に、20億円ですか!?」
テーブルの上に置かれたのは、俺が夏目総理から渡されたピーナッツマンのSランクの冒険者カード。
そのカードを震える手で支部長が掴んだあと目を見開く。
「これは……」
何度もカードと佐々木を往復するように見る安藤。
「詮索も無しです。いいですね?」
「……わかりました……、ただ20億円の用意をするには数日は――」
「すぐに用意してください。言い訳は必要ありません。出来ないのなら嘱託を止めます」
「分かりました! すぐにご用意します!」
安藤が慌てて退室する。
俺は出されたお茶を口にしながら小さくため息をつく。
まぁ、所詮は公務員。
客商売を生業としてきた人間と商談で真っ向から戦おうとしても勝てる訳がない。
それに、立場的にもレベルが高い佐々木の発言は強いだろうし。
最初の商談の入り方でミスっているとしか思えない。
「それにしても、お前が嘱託もしたくないとは思わなかったぞ」
「だって、先輩は公務員が嫌いなんですよね?」
「嫌いというか自衛隊と警察が信頼できないというだけであって必要な組織だという事は理解はしている」
「――なら、私は今のままでも十分いいと思っています。先輩に嫌われたくないですし」
「そうか」
「はい! 私は先輩が好きですから!」
「――お、おう……」
こういうオフィスで、そういう言葉を言われるのは正直困るんだが……。
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