第187話 佐々木望(2)

 本家が、どんな理由で私に男になる薬を飲ませたのか分からない。


 本家からの言い分では、男系直系と言う事で子孫を残す事に意味があるらしく、そのために女性を産んだ母は余所者と言う事もあり蔑ろになっていたらしい。


 なんて身勝手な理由なのだろう。


 私は、将来――、旅館『捧木(ほうき)』の経営をお母さんから引き継ぐ為に色々と勉強していたのに、何て言い草だろう。

 あまりにも身勝手な本家の命令に私が男になった体を鏡の前で見ながら泣くことしかできなかった。

 何故なら、私が男になってから本家からの嫌がらせが無くなったから。


 それどころか、旅館の設備を一新するための資金提供まで本家からあったし、人材も送られてきた。

 おかげで……、お母さんの負担は減った。


 だから、私は……、男でもいいと――、ソレで仕方ないと諦めた。

 だって、お母さんが大変だったのは小さい頃から見ていて知っていたから……。


 ――でも……。


 私は、ある日――、知ってしまった。

 寝静まったある夜。

 お父さんの位牌(いはい)を前に、お母さんは「望(のぞみ)が、男になってしまったの。私がもっとしっかりしていれば……、貴方――、ごめんなさい」と、お母さんは泣きながら報告していた。


 そして、その時に私は聞いてしまった。

 佐々木家の男は長生きできない家系だと言う事を――。


 それから、しばらくして――、お母さんは佐々木家の問題から遠ざけるかのように私のことを上京させた。

 その事に本家の人は怒って人材を引き上げてしまった。

 

 あとから、お母さんから聞いた話だと本家の人間は、私の見合い相手を見繕っていたらしく……、それを事前に察したお母さんは私を上京という形で逃がしたと教えてくれた。


 ――でも、本家から人材を引き上げられた旅館の運営は大変で……、仕送りは絶望的だった。

 だから、私は働くことにした。


 だけど……、本家からの圧力は私の面接後の合否を左右する事も出来て中々仕事が決らなかった。

 ようやく仕事が決ったのは、コールセンターの仕事。

 そして……そこで出会ったのが他人には無関心に興味なさそうに接している男性。


 旅館の手伝いをしていた私は一目で彼が普通とは違うと感じてしまった。

 何とは言えないけど……、山岸直人という人物は、私と同じように何かを――、どうしようもできない何かを持っているとシンパシーを感じた。


 人には無関心で興味なさそうに接する男性。

 それでも、仕事に関してはきちんと教えてくれるし対応だってしてくれる。

 だけど、どこか空虚に見えてしまう。

 そんなアンバランスな彼に私は惹かれていった。


 でも……、そんな毎日も長くは続かなかった。

 私が登録していた派遣会社が本家の介入で潰されかけていたから。

 

 お母さんからは絶対に鳩羽村には戻ってこないように釘を刺されていた。

 だけど……、仕事が無ければ生活は出来ない。

 だから、私は日本国籍を持っているのなら誰でも登録が出来る冒険者になる事にした。

 そして、私の本家の圧力で派遣会社が事業停止になり仕事を失ってしまった山岸直人さんに私は電話をした。


「どうかしたのか?」


 彼の声が第一声に聞こえてきた。

 私の名前を聞かないと言う事は、私の名前が携帯電話に表示されるのを見てから電話に出たと言う事だと察する。


 私は、逸る気持ちを抑えながら――。


「じつは、明後日からダンジョン講習会に行こうと思っているんですけど、一人だと心細くて山岸先輩も一緒にどうですか?」


 彼は、人には無関心だけど頼み事を断ることは少ない。

 それは仕事をしていて分かっていたこと。

 だから、こういえば相談に乗ってくれるというのは分かっていた。

 なんて打算的な行動なのだろう。

 私のせいで彼は仕事を失ったというのに……。


「ダンジョン講習会?」


 話のトーンから、彼がダンジョンについて殆ど知らないことを私は察した。

 

「今なら簡単な審査と講習だけでダンジョン免許がもらえるってネットに書いてあったんですよ!」


 事前に色々と調べて知っていた事を、殆ど知りませんと言った口調で彼に伝える。

 知っていたと言ったら来てくれないから。

 そんな事を考えて話している自分自身が本当に嫌になる。

 自分がしていることは偽善にも値しない――、ただの罪悪感を少しでも減らすための行動に過ぎない。

 でも、それを私は彼には伝えていない。


 本当に、どこまで身勝手で我儘で保身に走って自分を正当化しようとしているのか……。

 そして、それを自覚しているのに何もできない。


 いま自分がしていることは本家の連中とは何が違うのか……。

 自問自答しながら、答えが出ない中、私は彼と――、山岸直人さんと話し続ける。


 彼は乗る気ではないみたいだったけれど、渋々と了解をしてくれた。

 そして、彼と一緒に陸上自衛隊のダンジョン講習会に参加するために私は向かった。




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