第180話 蠢く陰謀(9)

 警官が俺のレクチャーを拒んできた。

 その在り方に俺は疑問を抱く。

 これは、とことん話す必要があるな。


「大丈夫です。今日から貴方も牛ラーになれるようにみっちりと牛丼について語るので」

「本当に帰ってください!」


 2時間に及ぶレクチャーの末、俺は……。


「ちょっと! どいうことだ!」

「薬はしていないようだな。とりあえず一晩、ここで泊まっていきたまえ。まったく! 酔ってもいないのに牛丼のレクチャーの話を何時間もするバカがいるとは世も末だな――、……第一、公共物を破壊した不審者も捕まえていないというのに……」


 俺を連行した刑事らしき人間が一人愚痴を言いながら部屋の前から去っていく。

 

 そんな後ろ姿を見送ったあと鉄格子を触るが、そんなに頑丈ではない。

 この程度の鉄格子くらいなら素手で引き千切ることは可能だ。

 だが……、社会的に見ると無理矢理に部屋から出ていくのはリスクを伴う。


 佐々木に迎えに来てもらおうにもコール音はするが携帯が繋がらない。


「はぁ……」


 溜息しかでない。

 多少なりとも俺にも非があったのは認めないといけないな。


 さすがに牛丼が食べられない――、そして……、その事に無関心であった警官に苛立ちを感じたのは確かだ。

 だが、2時間程度のレクチャーなら問題なかったはず……。


「いや、よく考えろ」


 ある一種の天啓が脳裏を駆け巡る。

 それは普段の俺からでは想像もつかない思いつき。


「牛丼の伝道師でもある俺が来ることを、もしかしたら松阪市の市長は知っていたのかもしれない」


 一人呟くが、その閃きは強ち間違ってはいない気がする。

 松阪市市長は、松阪牛を産出するダンジョンの利益に目をつけた。


 それはつまりブランド的な何かを作ろうとしているという事だ。

 そのためには安売りをする『牛野屋』が邪魔だった。

 だから潰した。


「なるほど……」


 ようやくカラクリが見えてきたぞ。

 つまり! 俺が松阪警察署で泊まる事になったのは、俺を罠に貶める第三者の陰謀かも知れない!


 スマートフォンで、市長の名前を確認していく。


「佐々木(ささき)源十郎(げんじゅうろう)? 年齢は83歳か……。なるほど、見るからに悪そうな顔をしている。それにしても佐々木という名前は、松阪市ではありふれた名前なのか? とりあえず、名前は憶えておくとしよう」


 それにしても警察署で泊まったとは相原さんには言えないな。

 富田さんに報告でもされたら困るからな。

 一般人は少なくとも警察にお世話になった人間に対して冷ややかな目を向ける。

 何の問題もなくとも例え陰謀で捕まったとしても俺が無実だと言っても信じる人間は少ないだろう。

 明日の朝になったら、相原さんにバレないように佐々木に迎えにきてもらうとしよう。





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