第144話 刃振りの器

 あまりの――、想像を絶する有様に俺は足を止める。

 多くの建物が――、一軒家などが立ち並んでいたであろう市街地の建物は軒並み倒壊しており、周囲から嗚咽そして痛みと助けを求める声が聞こえてきたからだ。


 その様子は、まるで――、上落ち村が崖崩れに呑み込まれた時を彷彿とさせる。

 過去の記憶が――。

 フラッシュバックすると同時に耐えがたい苦痛が脳裏を駆け巡る。

 無意識に額に手を当てながら、今後のことを考える。


 今は、大賢者のサポートは凍結されていて受けることができない。

 

 俺は必死に考える。

 どうすればいいのか――。

 どう動くのが最適解なのかと。


「痛いよぉ、ママ――」


 声が――、助けを求める声が聞こえると同時に俺の体は自然と動く。

 そして、助けを求めている少女の元へと近寄る。


 スキル「神眼」が少女の容態とステータスを表示していくが――、表示されている状態は四肢骨折。

 倒壊した家屋の柱の下敷きになっている少女を助けるために、柱を片手で振り払い退かす。


「……ママ?」


 少女にミドルポーションを飲ませながら、俺は周囲を確認していく。

 すると――、倒れていた柱から少女を庇うような形で座り込んでいた年若い女性の姿が目に入る。


「――ッ!」


 その姿は、忘れかけていた何かを思い起こさせる。

 ――だが、思い出すことが出来ない。

 それに……。


「もう、大丈夫だ」

「ママは?」

「一緒に助けた。今は気を失っている」

「そう……な……」


 助かったことに安心したのか少女は、そのまま意識を失ってしまう。

 一応、ステータス上はミドルポーションで完治はしているようだが……。

 それよりも、意識を取り戻した時の現実の方が少女を傷つけるというのは明らか。


「一体、どれだけの人が――」


 スキル「神眼」で確認する限り死者の数は数千人、怪我人を含めると数万人だとログに表示されていく。

 正直、俺一人の力でどうにか出来る範疇を超えている。


 ――それでも……だ――。


 俺は、誰かが目の前で死ぬのだけは看過できない。

 アイテムボックスから、ピーナッツマンの装備――、一式を取り出し身に纏う。

 そして近くの――、倒壊している店に行きゴミ袋を片っ端からアイテムボックスに詰めていく。

 さらに、アイテムボックス内のミドルポーションの無限精製樽を指定し、中身の液体をゴミ袋の中に入れたあと上空に向けて次々と投げる。


 落下してくるミドルポーションの液体が入っているゴミ袋を拳圧で破壊し伊東市全体にミドルポーションの雨を降らす。


 それだけで1万人を超える人間のステータスが回復し、瀕死の状態に置かれていた人間のHPも僅かながら回復する。


「あとは……」


 俺は上空を見上げる。

 空は青く透き通ってはいるが――、だが……、次の落下物が着弾すれば大勢の死傷者が出ることは火を見るよりも明らかであり――。


「落下物を破壊するしか方法がないか……」


 だが――、スキル「大賢者」が使えない以上、遥か上空から落ちてくるであろう物体を止める手段が俺にはない。


 ……一体――、どうすれば……。


「おれは……、一体――、怪我治って……」

「足の痛みが無くなったわ」

「子供が苦しそうにしていたのに……」

「奇跡だ……。奇跡の雨が――」

「一体だれが……」


 次々と回りから声が聞こえてくる。

 そして、視線は着ぐるみを着ている俺へと向けられてきて――。


「ピーナッツマンだ! ピーナッツマンが俺達を助けに来てくれたんだ!」


 一人の男が、叫ぶと同時に――、次々と人々が俺に視線を向けてくる。

 誰もが縋るような目で俺を見てきて――。


 それと同時に視界内の――、ログを表示していた白いプレートが全て閉じる。

 そして緑色のプレートが開くと同時にログが流れる。




 ――一定の信仰心を得た為、スキルの開放を行います。

 ――スキル「#JWOR」の封印を一部、解除します。

 ――スキル「#JWOR」の一部解除により魔法「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」の発動を許可します。

 ――スキル「ZH)N」の封印を一部解除します。

 ――スキル「ZH)N」の一部解除により魔法「少彦名神(スクナヒコナ)」の発動を許可します。

 ――使用する際には、所有者の現世滞在時間の消費が必要となります。  

 



「現世滞在時間?」


 見慣れない文字がログに表示されるが――。

 だが――。


「十分だ!」


 視界内の表示から魔法のコマンドを選び実行する。

 それと同時に緑色のプレート内にログが表示されていく。




 ――指定範囲を決定してください。




 そのログと同時に、視界内に――、伊豆半島の地図が表示される。

 そして地図上には無数の点が書き込まれていく。




 ――静止軌道上からの攻撃により死亡した人間と怪我人を表示しました。

 ――魔法「少彦名神(スクナヒコナ)」の発動範囲を決定してください。




 迷わず伊豆半島全域を選択する。




 ――刃振りの器からの承諾を受理します。

 ――魔法「少彦名神(スクナヒコナ)」を発動します。

 ――全ての空間座標・遺伝子情報・肉体構成情報・大気構成情報・電離空間情報を解析します。

 ――……解析を終了。

 ――魔法「少彦名神(スクナヒコナ)」を発動します。




 視界内に無数のプレートが数千、数万と表示されていく。

 

「――ぐっ……」


 思わず片膝をつく。

 膨大な計算をしているのか、脳内を掻き毟られるような痛みが体中に駆け巡る。

 その痛みは、神経を直接傷つけられているようで――、激痛が常に体を痛めつけるが――。


「もう……、目の前で――、誰か死ぬのは……」


 歯を食いしばり耐える。

 そう――、誰かを救えるなら――、この程度の痛みは大したことはない。

 

「魔法「少彦名神(スクナヒコナ)」発動!」


 天空に――、巨大な数十キロを超える魔方陣が作り出される。

 その魔方陣の中央には、巨大な桜の木を投影したかのような文字が描かれていく。


 魔法陣が弾ける。

 そして、遥か上空から無数の桜の花びらが舞い降りていく。

 その様子は、貝塚ダンジョンでスキル「大賢者」が発動させたスキル「少彦名神(スクナヒコナ)」に近い。

 これなら、怪我人は何とかなるだろう。


 ――なら、あとは……、元凶を破壊するだけだ!


 上空を見上げながら俺は、魔法欄から「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」を選択しながら両手を前方に突き出す。


「草薙剣(くさなぎのつるぎ)発動!」


 

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