第143話 はふりの器(42)

 理由は分からないが――、これでは……スキル「少彦名神(スクナヒコナ)」を起動することも出来ない。

 

 ――どうしたらいい……。


「ここは……、あなたは……、」


 思ったよりミドルポーションの効きが良かったのか男が目を覚ますと、俺を見た後、傍らで寝かせてあった女性と子供に視線を向けた。


「君の奥さんの方は、君と同じ程度の怪我だったから手当は済んだ」

「怪我を……、ああ――、そういえば伊東市から逃げている時に……。そ、そういえば!? 娘は!?」


 すぐに男は、横で寝かしておいた岡村早紀に気が付き頬に手を当てるが――。


「どうして、こんなことに……」


 体温が低下していることに気が付いたのだろう。

 それと同時に命の灯が消えかけていることも理解したのだろう。


「内臓損傷と心肺停止だ」

「あなたは、医者なのですか?」

「いや――、違うが……」

「ですが――、私や妻を助けてくれたということは……」

「偶然ポーションを持っていたからだ」

「ポーションを!? それは、まだありますか!」

「あるにはあるが……」

「いくらでも払います! 娘を――、娘を助けてください! お願いします! 必ず、支払いますから!」


 懇願してくる男の様子に、何故か知らないが誰かの姿が重なって見える。

 それは、何故か分からないが……。


 何かを助けようと、必死に足掻く男の姿であり――。


 思い出そうとした途端、頭が痛む。


「分かった。だが――、約束しろ」

「――え?」

「見返りはいらない。だが――、ここで起きたことは決して他言はするな。いいな? 出来るなら助ける。出来ないなら……」

「約束します!」

「分かった」


 俺はアイテムボックスから、黄金の液体が入った透明な瓶を――、黄金の果汁を取り出す。





【アイテム名】  

 

 黄金の果汁

  

【効果】   

 

 体内の全ての病気を治療することが出来る。





「え? い、一体どこから――、そ、それに……、それは一体?」

「これは体内の全ての病気を治療することが出来る薬だ――、エリクサーみたいな物だと思ってくれればいい」


 俺の言葉に、男が唾をゴクリと呑みこむと同時に「え、エリクサーって……、あ、あの……?」と震える声で呟いてくるのを聞くが、いまは一刻の猶予もない。

 さすがに死んでしまってからは、どうにもならない。


 俺は、子供に口移しで薬を飲ませる。

 すると、子供の体が黄金色に光ると同時に――。



 

 ステータス


 名前 岡村(おかむら) 早紀(さき)

 年齢 4歳

 身長 103センチ

 体重 15キログラム


 レベル 4

 HP 40/40

 MP 10/10


 体力 1(+)

 敏捷 1(+)

 腕力 1(+)

 魔力 0(+)

 幸運 0(+)

 魅力 19(+)


 ▼所有ポイント 3 




 怪我が一瞬で完治すると同時に、レベルまで上がる。

 そして静かな呼吸音も聞こえてきた。


「もう大丈夫だ」

「……あ、ああ……、ありがとうございます」

「気にすることはない」

「あの……、お名前だけでも……」

「名前は、どうでもいいことだろう? それとも――」

「違います。娘の命の恩人のお名前だけでも……」


 男は、まっすぐに俺を見つめてくる。

 その瞳には確固たる覚悟があるのが見て取れた。


「山岸直人だ。いいか? 俺のことは他言無用だ。約束は守れよ?」

「はい。ありがとうございます」

「別に構わない。それよりも伊東市から逃げてきたと言ったな? 何が起きたのか教えてもらえるか?」

「――は、はい!」


 男の語った内容は、伊東市の西方に上空から何かが落ちてきたと同時に伊東市に爆風が吹きつけてきたということだけ。

 詳細は分からないが、多くの人間が怪我をしていて――、伊東市内は壊滅状態に陥っていること。

 そして逃げ出した人々の流れで何百人も怪我をしていることだけ。


「なるほどな……」


 つまり、大勢の人間が得体の知れない自然現象に巻き込まれて怪我をしているということ。

 しかし……。


「どうかしましたか?」

「いや――」


 たしかに西方上空から物体が落ちてくるのを俺は確認した。

 つまり、その物体が伊東市周辺に甚大な被害を与えていることは間違いない。

 問題は、何のために? ということだが――。


「岡村さん、とりあえずはここの建物はコンクリート製だ。奥さんが目を覚ますまでは、ここで休んでおくといい」

「は、はい」


 俺は立ち上がる。


「あの……、山岸さんは一体どこに?」

「俺は伊東市に向かってみる」

「……それは、怪我人を救いにいくということですか?」

「さあな――、俺が誰かを救うような人間に見えるか?」


 俺が、誰かを無差別に助けるような人間に見えるのだろうか。

 俺は……、ただ目の前の誰かが死ぬのを二度とみたくないだけだ。


 決して、誰かを救いたいなどという高尚な気持ちを持っているわけでも――、行動しているわけでもない。


 それは――、ただ……、自分が救えなかった――、救いたかったが助けられなかった。


 その気持ちが、その思いを――、その空虚な願いを満たすためだけに行動しているだけに過ぎない。


 だから……。


「見えます。貴方は、私達――、親子を救ってくれた命の恩人なのですから!」

「買い被りすぎだ」


 語り掛けてきた言葉を切って捨てる。

 なんだが分からないが、俺自身は自分が正しい人間だとは思えないからだ。


 だからこそ――、俺は……。


 強化された体で伊東市の方へと走る。

 伊東市の様相が見えてきたが――、それは酷い有様であった。






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