第77話 深夜に訪ねてきた女性(3)
「なあ、江原」
「何でしょうか?」
「とりあえず寝ないか?」
「――え!?」
どうして、そこで顔を真っ赤にするのか。
別に一緒に寝たくないならハッキリ言ってもらった方がいいんだが……。
「俺と一緒に寝るのが嫌なら、千葉プリンスホテルにでも部屋を借りるか?」
部屋が空いているかどうか分からないが。
問題は足だが、千城台交通に頼めばいいしな。
まぁ、こんな夜遅くに電話するのも気が引けるが――。
「違います! そうじゃなくて……、ちょっと……、まだ――、心の整理がつかないというか……、いきなり――、結婚前にそれはちょっと……」
「男女の仲になると言った意味じゃないからな。勘違いするなよ?」
「――あ、そうでしたか……」
また違う意味で、今度は頬を赤く染めた江原は俯いてしまう。
――流石に。
江原に、そこまで言われて分からないほど俺も鈍感ではない。
彼女が勘違いしていた事くらいは、俺にも察しがついた。
彼女の様子を見ながら、俺は内心溜息をつく。
「江原、とりあえずだな。布団セットは俺の一人分しかない。それは分かるな?」
とりあえず話をして、微妙になった室内の雰囲気改善を行う。
「――は、はい」
「とりあえずだな。コタツで一人分の寝床を作る」
「はい」
彼女に説明をしながら、テーブルとコタツの支えである骨格部分を壁に立て掛ける。
「コタツの下敷きはマット扱いでいいな。掛布団は、そのまま布団の代用として使うとするか」
「山岸さんは、どこで寝るんですか?」
「俺は、自分の布団があるからな。隣に引いて寝る事にする」
さすがに折り畳みベッドは場所を取るから使えないからな。
「そうですか……」
何故かシュンとしてしまった江原。
そんな彼女は俺が手に持っている枕へと視線を向けてくる。
「山岸さん」
「何だ?」
「私、枕が無いと眠れないのです」
「そうか」
江原が、枕が無いと眠れないのは俺には関係ないからな。
不平不満な表情を向けてくる江原の視線を無視しながら布団を引く。
「まぁ、こんなところだな」
「あの……」
俺の布団に置かれている枕に、江原の視線が釘付け。
その状態のまま、彼女は俺に語り掛けてくる。
「山岸さん――」
「分かった。ほら、使っていいから……」
まったく、どうして俺がここまで気を回さないといけないのか……。
――彼女が、枕をコタツの下敷きの上に置いたのを確認したところでエアコンの暖房をつける。
さすがに年末だと、布団だけだと寒いからな。
「電気を消すぞ」
「はい! おやすみなさい!」
さっきまでの不平不満な様子が嘘のようだな。
電気を消すと部屋の中は薄暗くなるが、完全な暗闇にはならない。
スキル「神眼」に統合されたスキル「暗視LV10」の影響だろう。
――それにしても……、やはり、枕が無いと中々眠れないな。
自分の腕を枕にしながら目を閉じる。
「山岸さん、起きていますか?」
「ああ、起きているが……、明日と言うか今日は朝から面接なんだ。早く寝かせてくれるとありがたいんだが……」
「はい……。山岸さん、私のことを許して下さってありがとうございます」
「気にする必要はない」
俺も、海ほたるの牛丼フェアに行けることになったからな。
それに彼女はケジメをつけて俺に会いにきたのだ。
まぁ、シコリが無いのか? と問われれば多少はあるかも知れないが――、そもそも俺はあまり人間には興味は持ってないからな。
許す許さないは別にどうでもいいと思っている。
人間の関係性というのは究極的に言えば自身に利益があるかどうかだからだ。
そして江原は牛丼フェアの場を提供するという利益を提示してきた。
それは十分な交渉材料でもある。
「良かったです」
「そういえば、江原の実家はどこにあるんだ?」
「八街です」
「なるほど……」
「八街か……、八街は、たしかピーナッツ畑が広がっているというイメージがあるんだが……」
「昔はそうでしたね」
「昔は?」
「はい。最近は、八街ダンジョンのおかげで開発が進んでいて大きな商店が出来たりしています」
「八街ダンジョン?」
「はい。貝塚ダンジョンの上位のダンジョンです。貝塚ダンジョンは危険度Fランクでしたけど、八街ダンジョンの危険度はDランクですから。国内でも民間に開放されているダンジョンでは上位に位置するダンジョンです」
「なるほど……、ということは開放されていないダンジョンというのは――」
「Bランクのダンジョンの場合は、レベル200超えの探索者。Aランクのダンジョンになると陸上自衛隊や同盟国のアメリカ海兵隊や軍人さんが基本的に利用していますね」
「そうか」
さすがは日本ダンジョン探索者協会に身を置いていただけのことはあるな。
色々と、インターネットでは出ていない情報を知っている。
情報源としては申し分ない。
それに、キャンペーンガールとして仕事をしていた彼女なら、人との応対も完璧だろう。
「江原は、仕事は決まっていないんだよね?」
「はい。これから探す予定です」
「なるほど、よかったら俺の仕事を手伝ってくれないか? きちんと給料は支払う」
「――え? でも山岸さんって無職ですよね? それに、明日は面接に行くって――」
「ある程度、蓄えはある。江原は、日本ダンジョン探索者協会では年収いくらくらいもらっていたんだ?」
「……えっと……400万円くらいです」
「そうか。なら――年間契約ということで――、年収600万円でどうだ? もちろん確定申告や諸々の手続きについては、江原自身で税務署に行ってやってもらうことになるが」
「あの……、山岸さんの御仕事って何を手伝えばいいんですか?」
「簡単に言えば、秘書をしてもらう形になるな」
「秘書ですか? でも、山岸さんには秘書が必要だとは思えないんですけど……」
「これから必要だから頼んでいる。どうだ? 無理なら別にいいが――」
「わかりました」
「そうか。なら――」
一度、口を閉じる。
そして、彼女――、江原にどこまで伝えていいのか――、話していい内容なのかを精査しながら――。
「江原、君は俺に助けられた時の記憶を持っていると言っていたよな?」
「はい。山岸さんが私の手を引いてくれたあと……、私の足の治療をしてくれた時のことも――、それと……」
「それと?」
「たった一人で、テロリストと戦っていた時も……」
なるほど……、つまり魔法:草薙の剣の発動も見たということか。
もしかしたら俺の力を他の人間も見ていた可能性があるのでは? と思ってしまうがスキル「大賢者」は、自分へのご褒美でバカンスに行っているからな。
まったく厄介な事、この上ないが……、バレてしまっていることは仕方ない。
「江原、そのことに関しては秘密にしておいてくれないか?」
「はい、分かっています。それに、私も誰かに話そうとは思っていませんし……」
「そうか、それは良かった」
「はい!」
もし千葉都市モノレールを破壊したのが俺だと情報が流れたらSNSでトレンド1位になるくらい叩かれそうだからな。
そうなれば佐々木と同じように注目を浴びて大変なことになりそうだ。
「それで、先ほど言いかけたのは秘書の仕事の内容でしたよね? どうして、貝塚ダンジョンの時の話を聞いてくるんですか?」
「ああ、それな――、千葉都市モノレールあるだろ?」
「はい。ありますね。いまは桜木から先が使えない状況になっていますけど――」
彼女の言葉に思わず胸が詰まる。
俺だって、あの時は――、魔法:草薙の剣を発動したときの結果なんて考える余裕なんてなかった。
しかも威力は未知数。
発動結果、ダンジョンを破壊――、さらに岩盤を貫通し千葉都市モノレールの線路を破壊するなぞ想像の埒外。
だが、世間はそうは取らないだろう。
江原が、そのことを口外しなかったのが唯一の救いだろう。
「実はな、俺の放った魔法で千葉都市モノレールの線路を破壊したから、それを直そうと動いているんだが――」
「え? 千葉都市モノレールを破壊したのって山岸さんだったんですか? それに魔法って……」
「――ん?」
「――え?」
俺と江原――、疑問符を含んだ言葉が重なる。
「ま、まさか……」
もしかして、墓穴を掘ったのか?
そんな馬鹿な……、俺に限って――、そんな馬鹿なことが……。
とりあえず牛丼を食べて落ち着こう。
「山岸さん、牛丼の匂いがします。もしかして――すごく動揺してます?」
「――な、なななな、何を言っているのかよく分からないな」
くそっ、俺としたことがこんな単純なミスを――。
ここは上手く誤魔化して彼女を説得するしかない。
「江原、じつは千葉都市モノレールの線路を破壊したのは俺というのは語弊があって、何となく――、そう何となく壊れた! そんな感じだ」
「山岸さん、さっき自分は嘘をつかないとか言っていませんでした? 正直に答えてください」
「――ッ!?」
――暗闇の中、江原の瞳がまっすぐに俺を見てきているのが分かる。
いまは、スキル「神眼」の能力がうらめしい。
「ああ、わかったよ。俺は魔法が使える。それでレムリア帝国の兵士を倒したし、その攻撃の余波でダンジョンの天蓋を破壊したし千葉都市モノレールの線路も破壊した! だから、千葉都市モノレールの線路を直そうとしているんだ」
「ありがとうございます。なるほど……、ようやく日本ダンジョン探索者協会や陸上自衛隊が山岸さんに興味を抱いていた理由がわかりました」
「これで満足か?」
「はい。でも、なんで山岸さんが千葉都市モノレールの線路を直そうとしているんですか?」
「――ん?」
「だって修復には莫大なお金が必要ですよね? 千葉都市モノレール公団でも、それが出来ないから廃線にするという話が出ているのに……、どうして山岸さんがやらないといけないんですか? 魔法で破壊したと言っても、故意的な物ではないですよね?」
「まぁ、そうだな……」
たしかに江原の言う通りだ。
俺が千葉都市モノレールを破壊したと言っても、それはテロリストに襲われた結果。
迎撃するために使った魔法の余波で破壊したに過ぎない。
本来であれば、俺が直す必要はないのかもしれない。
――それでも……。
誰か身近な知り合いが、言葉を交わした人間が――、自らが大事に思っている場所から立ち去らないといけないのなら、俺は――。
「社会人としては当然のことだ。自分のした結果の行いに責任を持つのは当然のことだろう?」
言った言葉が建前だということは分かっている。
それでも、俺は……。
「…………そうですか。それで、私は千葉都市モノレールの線路を直すために、千葉都市モノレール公団と山岸さんとの橋渡しをする仕事をすればいいんですね?」
「ああ、そうなる」
「でも、橋渡しをしても相手は企業です。署名を集めても、向こうが飲むとは私には思えませんけど」
「それなら大丈夫だ。予算は確保してある」
「予算ですか? たぶん数千万から億は提示できないと――」
「問題ない」
彼女の問いかけに答えながら部屋の明かりをつける。
そして、スーツから貯金通帳を取り出す。
「これだけの予算を確保してある」
「――え? 7億円……、山岸さん……、何か悪いことでもしているんですか?」
「何もしていない」
「――でも、普通はこんなにお金を持っていたら、こんなアパートで暮らさないですよね?」
こんな……だと――!?
妹と一緒に、村の公民館のネットで調べて見つけて契約した格安物件を……、こんなだと!?
「お前、それは偏見だからな」
「ご、ごめんなさい」
「…………次回から気を付けるように」
「はい……」
室内に沈黙という空気が漂う。
「あの、山岸さん」
「なんだ?」
「それでは――。私は、このお金で千葉都市モノレール公団の方と話し合いの場を持てばいいということですね?」
「まあ、端的に言えばそうなるが――」
「何か問題でもあるんですか?」
「そうだな。まず、千葉都市モノレールは、事業仕分けをして何とか黒字を維持しているが、これから先、それ以上のサービスが見込めないとう欠点がある。今回は線路が壊れたということで千葉都市モノレールが廃線になるという判断も将来性が見込めないという部分が一因にあると俺は思っている」
「なるほど――、でも……、それって私達個人の力だけではどうにもならないですよ?」
彼女の――、江原の言葉に俺は頷く。
そのくらいは俺だって分かっている。
つまり千葉都市モノレールを活性化させるために何かしらのキャンペーンもしくは特産を作らないといけない。
そのための方法を模索し、今後の将来性を提示した上でお金を出す。
そこまでして初めて千葉都市モノレール公団の廃線という意志を変革できる可能性がある。
逆に言えば、そこまでしないと廃線を止めることはできないと俺は考えているんだが……。
「だから、企業買収M&Aを行い会社を複数社保有した上で、こちらが企業として支援をするという形にもっていく。まずは、俺がスポンサーとなって千葉都市モノレールの廃線を撤回させる考えだ」
「…………」
江原が俺の話を聞いて、口をポカーンと開けたあと――。
なんとか瞼を瞬かせる。
「すごい……」
呆然と江原が言葉を呟いたあと彼女は俺に詰め寄ってくる。
「すごいです! 山岸さん、普通とはスケールが違いますよ! それで、私はM&Aも視野に入れた対応をすればいいわけですか?」
「正確には言うならM&Aコーポレーションの望月と話をしてもらうことになる」
望月から渡された名刺を名刺入れから取り出し彼女へと差し出す。
「そうなんですか」
頷きながら、名刺を受け取る江原。
そして俺から受け取った名刺を見ていた彼女の目がジト目になる。
「山岸さん! この、名刺! 担当者の名前が望月(もちづき) 麗華(れいか) って書いてありますけど!」
「――ん? ああ、そうだが……。それが、どうかしたのか?」
「これ女の人の名前ですよね!」
「ああ、そうだが……。その名前で男だったら、それこそ大問題だろ?」
「うー! 大問題ですけど……、また違う意味で大問題ですけど……」
いきなり禅問答のような事を始めたが大丈夫か?
彼女は、名刺を見たあと、俺をジーッと見てくる。
そんな江原の視線に内心溜息をつく。
別に、俺が外で女性と話しても問題ないはず。
そんなに俺が女性と接点を持つのが嫌なのか? よくわからないな。
「特別な感情とかは一切ない相手だから気にしなくていい。M&Aのことで会っただけだからな。これからは、江原に全部任せるとしよう。これでどうだ?」
「……それなら、いいですけど……(どうして山岸さんの周りは女の子だらけなのかな)」
「何か言ったか?」
江原が、頭を左右に振りながら「何も言ってないですよ!」と答えてくる。
「それではM&Aコーポレーションの望月の対応は頼む。あと移動については千城台交通を使ってくれ。ハイヤー契約をしているから、向こうにも伝えておくからな」
「ハイヤー? 山岸さんって、本当に一体何者なんですか?」
「江原も言っていただろう? しがない無職だと――。俺も同じ無職だからな」
「無職でハイヤー契約をしてM&Aする人なんて聞いたことがないです! 規格外です!」
規格外と言われても困る。
「それじゃ、明日というか今日から頼む。これが一応手付金だ」
「百万円!?」
「残りは、銀行が空いてから渡す。引っ越しなども含めてまとまったお金が必要だろう?」
「そうですね! でも、私は山岸さんのお部屋でも大丈夫ですよ!」
「俺が困る。とりあえず朝になったら出ていけよ? 俺は面接があるんだからな」
俺の言葉に、江原が首をかしげながら「面接?」と小さく言葉を紡ぐ。
「何かあるのか?」
「いいえ、どうして山岸さんはお金があるのに就職するんですか? 普通に、資産運用しても問題なさそうなのに……」
「……………………」
「山岸さん?」
「何でもない。とにかく俺の趣味だ。もう2時を過ぎたな。さっさと寝るぞ」
明かりを消し俺は布団の上に寝転がり目を閉じた。
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