第76話 深夜に訪ねてきた女性(2)

「ん? もう一度言ってくれないか?」


 よく聞こえなかった。

 俺の言葉に、頬を真っ赤に染めていく江原。

 その瞳は、心なしか潤んでいるようにも見える。

 さらに言えば、俺の眼をまっすぐに見つめてきているようにも――。


「…………わ、私は……、私は山岸さんを好いています」


 江原は、まっすぐに俺の瞳を見ながら――、そう呟いてきた。

 

「そ、そうか……」


 思わず口元に手を当てる。

 どうして、江原のような女性が俺に好意を抱いているのか理解は出来ないが……、面と向かって言われると反応に困る。

 とりあえずアイテムボックスの魔法を発動。

 牛野屋の牛丼をアイテムボックスから取り出す。


「山岸さん?」

「…………」


 無言で食べながら、どう反応していいか頭の中でシュミレートするが、どういう顔をしていいのか分からない。

 ここは、まず落ち着こう。


「江原、牛丼でも食べないか?」


 アイテムボックスから牛丼を取り出して渡す。


「え? 牛丼!? どこから?」

「細かいことはいい。まずは牛丼を食べてから落ち着こう」

「えっと……、はい……」


 江原は、「どうして?」という表情をして牛丼に口をつける。

 さて、話の本題に切り出すことにしよう。


「江原は、どうして俺に好意を寄せているんだ? 俺は41歳のアラフォーだぞ? 二十歳もそこそこの女性が好意を寄せる対象としてはあり得ないと思うんだが……」

「あ、今――、聞いてきますか……」

「まぁな、話は落ち着いてからした方がいいだろう?」

「牛丼を食べて落ち着く……、良く分かりませんけど――。えっと、山岸さんは私の命を救ってくれましたよね?」

「…………何の話か分からないな」

「私、貝塚ダンジョンでレムリア帝国の軍人が仕掛けた爆弾で負傷してからの記憶があるんです……」


 なん……だと……!?

 スキル「大賢者」は、そんな事を一言も言っていなかったぞ?


「……そ、そうなのか?」

「はい。山岸さんは、私を身を挺して守ってくれました。それに拳銃に撃たれたあとも助けてくれました。その時に、私は山岸さんを好きになったんです!」

「それは吊り橋効果なんじゃないのか?」

「違います! この気持ちは本物です! だって……、山岸さんに拒絶された時に、すごく落ち込んだから……、だから、自分の気持ちを素直に山岸さんに伝えて駄目だったらって思って今日、来たんです……」


 なるほどな……。

 だが、突然――、好きとか言われても俺としては何て言葉を返したらいいものか。


「私のことは嫌いですか! 決して、私はハニートラップをするために、このアパートの管理人になったわけではありません! 私のこの気持ちは――、山岸さんを好きだと思う気持ちは嘘ではないです!」

「………」

「山岸さんが、陸上自衛隊の人に迷惑を掛けられたことは知っています。だから、私は――、管理人を辞しました」


 彼女の言葉を聞きながらスキル「神眼」を発動。

 



 名前 江原(えはら) 萌絵(もえ)

 職業 無職

 年齢 20歳

 身長 148センチ

 体重 47キログラム

 

 レベル91


 HP910/HP910

 MP910/MP910


 体力10(+)

 敏捷19(+)

 腕力12(+)

 魔力 0(+)

 幸運10(+)

 魅力37(+) 


 所有ポイント90 




 たしかに、言っている内容に嘘偽りはない。


「江原、管理人――、陸上自衛隊や日本ダンジョン探索者協会を無理矢理にでも辞めたと言う事は、これからの仕事はどうするんだ? 蓄えとかあるのか?」


 どうして、そんな事を心配しないといけないのかと自問自答してしまう。


「私は、自分の生活よりも山岸さんに誤解されたままの方が嫌だから陸上自衛隊や日本ダンジョン探索者協会との関わりを断ち切ったんです。それでも、何の弁明にも贖罪にもならないことは分かっています。それでも、私は自分の気持ちだけは裏切りたくないから……」

「…………分かった。そこまで覚悟があるのなら、俺は何も言わない。俺が好きという言葉についても正直戸惑っているが、素直に嬉しく思う。ただ――」

「分かっています……」


 何故か、江原はそう言うと佐々木が住んでいる部屋の方へ視線を一瞬向けた。



「私、がんばります。いまは2番目でもいいです。いつか一番になれるようにがんばりますので」

「……すまないな」


 正直、女性に好きだと言われて嬉しくないと言えば嘘になる。

 ただ、一番は牛丼であるということは譲れない。

 ただ――、2番でも良いと言う事は、俺が牛丼を大事にしているということは、江原も理解してくれているということだろう。


「ところで、江原さん」

「はい。何でしょうか?」

「君にどうしてもお願いしたいことがあるんだが……」

「お願いしたいことですか?」

「ああ、駄目なら断ってくれてもいい」

「そんなことありません! ぜひ、なんでも言ってください!」

「実は、年末に海ほたるに一緒に行ってほしいんだが……」

「――う、海ほたる!? ――そ、それって!?」


 江原の頬が赤く染まっていく。

 さすがに、いきなりの不躾なお願いは不味かったか。


「すまない。忘れてくれ」

「いきます! ぜひ行きます! 絶対に行きます!」


 おっと! ずいぶんと乗り気だな。

 そんなに牛丼を食べに行きたいのか?


「年末の海ほたるは、花火を打ち上げるんですよね?」

「まぁ、そうだな」


 なるほど、団子より花か。


「本当に行けるのか? 年末は忙しいだろ? 無理そうなら……」

「大丈夫です! 私! 山岸さんと同じ無職なので!」

「…………」


 そう、ハッキリ無職と言われると心に響く物があるんだが……。

 それでも、いまの俺には余裕がある。

 何故なら――。


「江原、お前は何も分かっていないな」

「えっと何がですか?」

「俺は、菱王コーポレーション・コールセンターの面接が明日ある!」

「――え? それって、時間的に大丈夫なんですか?」

「朝10時からの面接だから問題ない」

「そうですか……、良かった! 山岸さん、紙とボールペンをお借り出来ますか?」

「――ん? 分かった」


 デスクの上から紙とボールペンを手に取る。

 そして、江原に渡す。


「これが私の電話番号になります」

「ふむ……、とりあえず掛けてもいいか?」

「もちろんです!」


 書かれている電話番号が間違っているとは言わないが、書き損じている可能性も考えられる。

 江原の携帯電話番号へと電話をする。


 ――トルルルル


 どうやら問題なく繋がるようだな。


「えへへー」


 江原の顔が緩んでいるように思えるが大丈夫か?


「とりあえずメルアドも教えておくからな。電話が直接繋がらない場合は、何かあったらこのメルアドに連絡をくれ」

「わかりました!」

 

 江原の電話番号とメールアドレスをスマートフォンで登録。

 彼女も話したいことは話したことだろう。

 そろそろお暇してほしいものだが――。


「もう時間的に遅いな」


 遠まわしに帰らないのか? と俺は江原に告げる。

 

 ――さすがに、明日――、海ほたるに一緒にいく約束を取り付けた相手にさっさと帰れとは言えない。

 言って機嫌を損ねたら特製牛丼フェアで牛丼を食べられないからな。


「大丈夫です!」


 何が大丈夫なんだ?


「いや――、お前も、そろそろ家に帰らないとアレだろう?」

「はい」

「ほら、101号室まで送るか?」


 俺の言葉に、江原が頭を左右に振る。


「山岸さん、私――、日本ダンジョン探索者協会と陸上自衛隊に三行半を突きつけたあと、101号室は引き払ったんです。だって、ここのアパートは陸上自衛隊が権利を持っていましたから」

「たしかにな……」


 江原は、元々、日本ダンジョン探索者協会や陸上自衛隊と繋がりがあった。

 それに杵柄さんの孫と言う事でメゾン杵柄のアパートに来たと言う事は、アパートの権利を誰が持っているのかも理解していたはず。


 ――なら……。


「それじゃ、別に家を借りているのか?」

「いいえ――、借りてません」


 …………どういうことだ?


「待て、ちょっと待てよ」


 ――おかしい。江原と日本語で話しているはずなのに、日本語がまったく通じていないような錯覚がする。

 まるで一般常識の塊である俺とは異なる別の価値観。


「江原、それじゃ今日はどこで泊まるんだ?」

「山岸さんが許してくれなかったら実家に帰る予定でした」

「ふむ……」


 そこまでは妥当だな。


「なら俺が許した場合は、どうするつもりだったんだ?」

「山岸さんの家に一晩泊めてもらう予定でした!」


 意味がわからん。


「江原。日本の諺には、男女7歳にして同衾(どうきん)せずという諺(ことわざ)があってだな……」

「はい、知っています。だから、きちんと謝罪するために山岸さんと一緒に暮らそうかなって……、男性一人だけだと、色々と大変ですよね! 私、料理とか裁縫とか得意ですから!」

「いや、俺も出来るから」

「あうううう。私、いらないですか……。やっぱり、海ほたるに連れていってくれるって言ったのも同情しただけで許していなくて――。それなら私、海ほたるに一緒には――」


 もう、なんでそんな超展開理論にいきつくんだ。

 

「分かった! 分かったから! 今日は、家に泊まっていっていいから! それでいいだろう?」

「……本当に泊まっていっていいですか?」

「ああ、いい。だから明日と言うか今日の約束は――、海ほたるに一緒にいく約束は守ってくれよ?」

「もちろんです! あの……、山岸さんは私のことはどう思っていますか?」


 どう思っていると言われても、面倒くさい奴としか思っていないんだが……。

 それを言うと、海ほたるに一緒に来てくれない可能性があるからな。

 ここは嘘でもいいから求めている答えを提示するのがいいだろう。


 まぁ、俺の中のランク付けとしては


 1位が牛丼>2位がパソコン>埋められない壁>3位に牛丼を奢ってくれた藤堂>4位に責任が取れる竹杉>5位に江原>6位に佐々木だからな。


「そうだな、そこはかとなくいい感じだと思うぞ」

「本当ですか!? よかったです!」


 江原が微笑み返してきた。

 さて、二人分寝れるようにスペースを作らないとな。

 

 まぁ、朝早く帰ってもらえば佐々木や藤堂に会う事はないだろう。

 まったく女の考えることは良く分からないな。

 



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