第63話 狂乱の神霊樹と佐々木 望
――貝塚ダンジョン入り口
「どういうことですか? 携帯電話も無線機器も持ち込み禁止なんて……」
佐々木 望は、貝塚ダンジョン入り口を警護している陸上自衛隊の面々を見ながら抗議する。
彼女が不審に思うのは当然で、ダンジョンの中では何が起きるか分からないからだ。
不測の事態が起きた時、すぐに外部と連絡が取れるように情報端末を持っていくことは、日本ダンジョン探索者協会では必須とされていた。
「山根2等陸尉からの命令です。ダンジョンランクFの貝塚ダンジョンは、将来のダンジョン攻略で役に立つようにと新しいシステムが運用開始される事になっているのです。そのため、運用が正確にされ必要なデータが集まるまでは、電子機器に影響を及ぼす可能性がある情報端末を持っていくことは禁止されているのです」
「新しいシステム?」
佐々木は首を傾げる。
一応、彼女だって日本ダンジョン探索協会所属通信技師としての職務があり、それなりの知識を教えられている。
さらに言えば、仮に新システムの運用が電子機器により影響を受けるなら、日本ダンジョン探索協会所属通信技師の彼女には、先に連絡が来ていておかしくないはずである。
その新システムの運用を知らない……、知らされていないという事実に佐々木は引っかかりを覚えていた。
「とにかく、私達が前もって貝塚ダンジョン内の安全確認は済ませてある。それを君は疑うのか? 一応、日本ダンジョン探索者協会と陸上自衛隊は表向きは別の組織と言う事になっている。だが、中身は一緒だと言う事は佐々木さん、君も分かっているだろう?」
「……はい」
そう言われてしまえば、それ以上は彼女は追求できない。
何せ、何の証拠もないのだ。
頷くことしかできない。
「よろしい。では預かろうか」
佐々木は渋々、携帯電話と無線端末を陸上自衛隊の隊員に渡す。
「たしかに預かっておこう。山根2等陸尉は君に期待しているようだから、頑張ってくれ」
「はい……」
佐々木はダンジョンの中へと足を踏み入れる。
ダンジョンの中に入った瞬間、彼女はいつものダンジョンと違うと何となくだが肌で感じ取っていた。
一瞬、戻ろうかと思った彼女であったが、遥か上の上司である山根2等陸尉からの願いを思い出して階段を降りていく。
階段を降りた先は、水族館を模した広間。
「よかった……」
階段を降りた場所は、いつもと変わらない風景。
広間には、水族館とエレベーターと、通路がある。
「え? エレベーター!?」
思わず彼女は駆け寄る。
たしかに、それはエレベーターであった。
「どうして、こんなところにエレベーターなんて……、あっ!?」
そこで佐々木は、山根2等陸尉が言っていた言葉を思い出す。
地下9階で修理という言葉。
そして、問題は無いという言葉。
さらに言えば、新しいシステムという言葉も。
「そうなのね……。山根2等陸尉は、地下9階まで、このエレベーターで行きなさいって言っているのね」
佐々木は何度も頷き、エレベーターのボタンを押す。
すぐに扉は両開きに開く。
中の壁は石作りになっているのが少しだけ気になったが、彼女はそのままエレベーターに乗り込むと一つしかない▽のボタンを押した。
両開きの扉は、すぐに閉まるとゆっくりと下がっていく。
「ずいぶんと時間がかかるのね」
佐々木は、階下の数字が書かれていないエレベーターの中で暇を持て余していた。
わずか9階までの距離とは思えないほど、時間が掛かっていた。
少しずつ不安に駆られ始めたところで、「チン!」と言う音と共にエレベーターの扉が開く。
彼女はエレベーターから出ると、すぐに足を止めた。
「ここって、どこなの?」
目の前には、広大な薄暗い空間が広がっており、佐々木は思わず狼狽してしまう。
楠達と地下10階層まで降りたことがある佐々木であったが、今! 目の前に広がる広大な空間は一度も目にしたことがない。
「すごい……」
思わず天井を見上げた彼女は、呆けた声で言葉を呟いてしまう。
ダンジョン内だと言うのに、ダンジョンの天井は――、石は細かな光を放っていて薄暗さも手伝い、星空の様相を呈していたからだ。
しばらく天井を見ていた佐々木であったがハッとし、エレベーターに戻ろうと後ろを振り返った。
「――え? エレベーターがない? ど、どうして!?」
突然のことに混乱する佐々木は、スカートのポケットに手を入れる。
「……あ、携帯電話……」
彼女の顔色が真っ青になる。
自分が――、いま、どこにいるのかすら分からないのに連絡を取る手段が無い事に彼女はパニックになりかけたところで――。
――問おう、汝の名前は何じゃ?
「――え?」
突然、広大な空間内に響き渡る声。
彼女は、慌てて辺りを見渡す。
もしかしたら、誰か会話が出来る人間がいるのではないのか? という淡い期待を抱いて。
「じゃから、汝の名前は何だと聞いておるのじゃ!」
「――ど、どこにいるの? どこから声が聞こえているの?」
佐々木は、さらにパニックになり周りを見渡すが、声を発するような姿を見つけることが出来ない。
「足元じゃ! 足元にいるのじゃ!」
「え?」
佐々木が足元を見ると、そこには萎びれた30センチほどの種が落ちていた。
「ようやく来たと思ったらお主のような生娘とは――、まったく……」
「えっと……、貴方は?」
「………人に名前を聞く前にまずは自分から名乗るようにと習わなかったのか?」
「あ――、ご、ごめんなさい。佐々木(ささき) 望(のぞみ)って言います」
「ふん! まあよい。我が完全に消滅する前に来たことは褒めて遣わそう」
「それで、貴方のお名前は?」
彼女は、頬を掻きながら足元に落ちている30センチほどの種に話かける。
端から見れば、とてもシュールな光景であった。
――ただ、静まり返った広大な空間にいた彼女は、少しでも話し相手が出来たことで気持ちが落ち着くと同時に、相手に敵愾心が無い事を感じ取り心を開いていた。
「我の名前は! 狂乱の神霊樹という!」
「すごい名前ね」
「ふっ――」
「ところで狂乱の神霊樹さん。ここはどこなの?」
「ここは、星の迷宮の番人の間じゃ」
床の上に転がっている種の言葉に首を傾げる佐々木。
「えっと、どういうことなの?」
「ふん――、察しの悪い小娘じゃな」
狂乱の神霊樹の種の言葉に、佐々木の額に青筋が浮かび上がる。
「よろしい、教えてやろう! ここは類人猿である貴様らがダンジョンと呼んでおる地下100階にある場所になる」
「ち、地下100階!?」
「ふっ――、驚いたか? 小娘よ。ここから帰るには――「ど、どうしよう!」……ええい! 落ち着かんか!」
「ひっ!」
地下100階層と聞かされた佐々木は、現状起きている出来事。
そしてやけに長い時間をかけて降りていったエレベーターから、何となく狂乱の神霊樹が言ったことが本当なのでは? と納得してしまっていた。
だからこそ、パニックになってしまっていたのだった。
「おほん! 佐々木とやら」
「ひ、ひゃい!」
「お主が、今困っていることは我にも手に取るようにわかる」
「は、はい……」
「そこでじゃ、そこに浮いている丸いのに手を触れてはもらえんかの?」
「いやです!」
「どうしてじゃ?」
「だって……、ここまで私を呼んだのって狂乱の神霊樹さんですよね?」
「……そうじゃが……」
「なら無理です! 番人ということはダンジョンのボスってことですよね? 何か悪い事考えているんじゃないんですか?」
「そんなことは考えていないのじゃ! 我も、もうすぐ死んでしまうのじゃ! じゃから……」
「それじゃ、なんで私をここまで呼んだんですか?」
「……………いや、べつに誰でも良かったんじゃが……、えれべーたーという物を用意すれば誰か来てくれるのではないのかなーって思ったのじゃ」
「…………つまり、私は偶然に連れて来られたということですか……」
「う、うむ。半ば諦めておったが、うっかり娘で助かったのじゃ」
「なんですってー! もう絶対に手を触れないからね!」
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