第三章 幕間

第62話 暗躍する策士

 ――加曾利貝塚公園内の日本ダンジョン探索者協会千葉市貝塚支部。


 建物は、鉄筋コンクリート製。

 外壁は装飾されておらず打ちっぱなしのままであったが――、手掛けた工事業者の腕が良かったのか周囲の木々との調和が取れており、異物の存在を感じさせない作りとなっている。

 

 その建物は4階建てであり、貝塚ダンジョンを管理・運営・そして探索者がダンジョンに潜った際に取得したアイテムを一時預かる場所でもあった。

 1階は、主に一般来客の対応を行う受付。

 2階は、探索者の受付などの事務作業を行うフロア。

 3階は、探索者がダンジョンから持ち帰ったアイテム確認と、日本ダンジョン探索者協会が運用している研究施設へアイテムを送るために梱包するフロア。

 4階は、各省庁との連絡などを行う場所であり要人を迎える部屋も用意されている。


 そんな千葉市貝塚支部は、中身が公務員が運用している団体ということもあり、午後18時を過ぎた頃には殆どの職員が帰宅し、明かりが灯っていたとしても僅かであった。


 ただ――、今の貝塚支部は全フロアの明かりが煌々と灯されていた。


 


 ――そして、そんな貝塚支部の4階、会議室の一室。




「そんな話を呑めるわけがないでしょう!」


 怒りを多分に含んだ怒号が会議室内に響く。


「だが、楠くん。これは陸上自衛隊の竹杉幕僚長――、つまり君たち日本ダンジョン探索者協会の責任者が決めたことなのだよ」

「冗談じゃない! そいつのために日本ダンジョン探索者協会に所属している人間を、いまの貝塚ダンジョンに一人で行かせるなど常軌を逸している! 山根! あんただって分かっていないはずないだろう! 例の光でダンジョン内部と外部が繋がった時に! 境界線が曖昧になり一度ダンジョンを攻略したことがリセットされたことくらい! 正直、今の貝塚ダンジョンは、1階層は問題ない。だが! 2階層からのモンスターが危険だということくらい分かっているだろう! やつら2階層の魔物は、強い人間が先にコンタクトを取り服従させない限り、襲ってくる危険な魔物なんだぞ! 少なくとも私が10階に行ったあとではない限り許可をするつもりは……、な!? や、山根……、貴様! 一体、何のつもりだ?」


 山根が手を上げると同時に会議室内に立っていた、4人の陸上自衛隊の人間がアサルトライフルの銃口を楠に向けた。


「楠くん。何度も同じことを言わせないで欲しいものだ。これは、陸上自衛隊のトップであり日本ダンジョン探索者協会のトップでもある竹杉 俊作幕僚長が決めたことだ」


 山根の言葉に、楠の表情に怒りが浮かぶ。


「ふざけるな! 仲間を死地に追いやるなぞ認められるわけがない!」


 その返答に山根は小さく溜息をつくと、会議室のテーブルの上に一枚の紙を置くと楠を真正面から見返した。



「我々が、口を出していいことではないことくらいは理解しているはずだろう? 私だって、同じ組織に身を置くものを死にさせたくはない。だが――、山岸直人には利用価値がある。それは大勢の国民を救えるのかも知れない。だが、我々が、山岸直人をコントロールをする上で不確定要素となる佐々木君は、必要ないのだよ。災いの芽は早い内に処分しておく。これは民主主義の在り方だ。楠くんも大人になってくれないか? 私も辛いのだよ」

「……何が辛いだ! 私は絶対に! 佐々木君を一人でダンジョンに行かせることは承諾しない!」

「やれやれ――」


 溜息と共に山根が腕を振り下ろす。

 それと同時に、アサルトライフルの銃口から弾丸が放たれ、楠の体に突き刺さる。


「――き、きさま……、そこまで……」

「麻酔弾だから死ぬことは無いから安心しろ。だが――、数日は目を覚ますことはないがな」


 山根が言葉を言い終えるかどうかのところで、楠の体がグラリと揺れると会議室の絨毯の上に倒れ込む。




「営倉にでもぶち込んでおけ。数日すれば、納得もするだろう」


 会議室内に居た陸上自衛隊の面々が楠の体を持ち上げると会議室から退出していく。

 その後ろ姿を見送った山根は溜息を共に、胸内ポケットから煙草を取り出すと火をつけた。


「ふう――、まったく楠の愚か者め。軍人は、国民のために身を捨てるということを忘れた訳ではあるまいに。やはり民間人と長く触れあうというのは、軍人としての質を落とすことになるのかもしれないな」


 ――コンコン。


「なんだ?」

「ハッ! 佐々木 望が到着しました」

「そうか――。ダンジョン内には誰も立ち入れてはいないな?」

「ハッ! 指示どおり加曾利貝塚公園周辺には300人の自衛隊が完璧な包囲を敷いています!」

「ご苦労。それでは通してくれ」

「ハッ!」


 ――数分後。


 黒いセーラー服――。

 日本ダンジョン探索者協会で支給された制服を着て佐々木は現れた。

 腰まで届くほどに伸ばされた黒髪は、動きの邪魔にならないように三つ編みに編まれている。


「あ、あの……」

「ああ、すまなかったね」


 会議室に入ってきた佐々木を出迎えた山根は、一瞬――、彼女が元は男性だったと言う事を忘れて、その姿に見入っていた。

 正確に言うならば、佐々木は元々は女であったが――。


「そこに座ってくれたまえ」

「はい」

「急なことで済まないね」

「いえ、それで仕事とは?」

「ああ、じつは地下9階層で銃撃があったのは知っているだろう?」

「はい、以前にテロリストが潜伏していた場所ですよね?」


 彼女の言葉に、山根は何度も頷く。


「実はだね、その……、言い辛いがね……、9階層で通信ケーブルが断裂しているようでね、君に修理を頼みたいんだ」

「――え!? わ、私にですか? でも、私以外にもベテランの人がいますよ?」

「それがね、複数個所でテロ活動を起こされてしまってね。他のダンジョンに貝塚支社から応援に行ってもらっているんだよ」

「そ、そうなんですか……」

「でも安心してほしい。貝塚ダンジョンは地下11階層までは、モンスターは襲ってこないから」

「それは、そうですけど……。自衛隊の方なら、設備機器を直せるのではないのですか?」

「…………佐々木さん。楠君から話は聞いていたけどね。君は、とても優秀だと――」

「――え?」

「私も君が優秀だと言う事は、レムリア帝国のテロリストから市民を守ったことから分かっている」


 山根の言葉に、首を傾げる佐々木。


「私としてはね。頑張ってくれている君を、出世させたいと思っているんだけどね。何分、現場を分かっていない上の連中は、許可をしてくれないんだよ」

「……光栄です」

「そこでね、君が一人で安全地帯のケーブルを直してきてくれれば、ある程度言い訳が利くと考えているんだよ。私は有望な人材には頑張って働いてもらいたいと考えているからね」

「そうなんですか」

「ああ、もちろんだとも。もちろん貝塚ダンジョン内の安全は陸上自衛隊が先ほど確認し終わったところだし、問題は何もなかった。あとは君が通信ケーブルを直してくれればそれで済むんだよ」

「ああ、それで自衛隊の方があっちこっちにいたんですね」

「そうだね。まぁ、テロリストの件もあったから周辺住民を安心させる意味合いが大きいんだよ。私達は市民に愛される自衛隊だからね」

「そうですよね」

「ああ、警察とは私達は違うからね。それでお願いできないかな? どうしても難しいなら仕方ないけど……」

「わかりました! 9階層の通信ケーブルの修理ですね?」

「それじゃお願いするよ」


 話が一段落ついたところで佐々木が立ち上がり頭を下げて会議室から出ていったのを見送ったあと、山根はソファーに体を預けた。


「まったく、手間をかけさせてくれる。まぁ、出世と言っても2階級特進になると思うがね」


 山根は、貝塚ダンジョン入り口に立っている陸上自衛隊員に命令をするために無線の電源を入れる。


「こちら山根だ。ダンジョン内に入る佐々木という女が間もなくいくはずだ。そいつから、無線機と携帯電話を取り上げておけ。理由は、最新の通信設備機器を設置してテスト稼働中だからとでも言っておけ」


 それだけ言うと無線の電源を山根は落とした。

 


 


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