第54話 ダンジョン探索依頼(4)

 声をかけようとした所で、俺は足を止める。

 

 理由はただ1つ。


 集中治療室の中を見ていた人物に心当たりがあったからだ。

 中の様子を伺っている人物は、派遣会社クリスタルグループの社長代理をしている女性――、桂木(かつらぎ) 香(かおり)、その人であった。


 どうやら、彼女もこちらに気がついた様子で、顔を俺の方へと向けてきた。

 御世辞にも、その表情は美人とは言い難い。

 今日の昼間に話した彼女と同一人物なのか? と心の中で呟きかけたが、瞳が充血していることから泣いていたのだろう。

 

「お久しぶりと言ったところでしょうか? 何故、貴女がこちらに?」

「山岸さんこそ、どうして――」

「俺は、集中治療室で治療を受けている杵柄さんのアパートの1室を借りているので――、それと彼女を運んできたのも俺なので」

「――え? 山岸さんが? そんなこと、千城台町内長の神原さんは何も言っていませんでした」

「そうですか……」


 俺は肩を竦める。

 そもそも、俺が杵柄さんを病院まで運んできたのは、目の前の誰かが死ぬのは了承できないという俺の信念に寄るものだ。

 別に相手に、何かを求めるとか請求するとかを考えて行動したことではない。

 それよりも、どうやら杵柄と桂木の間には何かしらあるようだな。

 

「ごめんなさい」

「別に、貴女が謝る必要はない。それよりも杵柄さんの親族は貴女でいいのか? 苗字が違うように見受けられるが――」

「はい。私の――、母方の姓が杵柄(きねづか)で、お母さんの母親が――」

「そこで治療を受けている杵柄(きねづか) 妙子(たえこ)さんということか」

「はい……」


 なるほどな……。


「ありがとうございます、祖母を助けて頂いて――」

「気にすることはない。それよりも……、どうして君の母親は会いに来ない? 倒れたのは実の母親なのだろう?」

「お母さんは、もう死んでいるので……」

「そうか……、それは不躾な質問をしたな」

「いいえ。それよりも、山岸さんは随分と外面を作っていたのですね」

「まあな。社会人なら誰でもすることだ。その方が人間関係は円滑に進むからな」


 俺の言葉に若干、落ち込んだ表情を見せる桂木だが、別に彼女に対して配慮するつもりはない。

 

「でも――、山岸さんと、こんな所で会うなんて思いませんでした。まして、倒れていた祖母を助けてくれた方なんて想像もしていませんでした」


 桂木の言葉に、俺は肩を竦める。

 

「助けたのは偶然だ。それに、まさか杵柄さんの孫が、貴女だとは予想していなかった」

「そうですよね……」


 彼女の弱々しい声を聞きながら、集中治療室内に視線を向けスキル「解析LV10」で容体を確認する。




 ステータス


 名前 杵柄(きねづか) 妙子(たえこ)

 職業 無職

 年齢 72歳

 身長 151センチ

 体重 46キログラム


 レベル1

 HP2/10

 MP10/10

 

 体力 2(+)

 敏捷 2(+)

 腕力 3(+)

 魔力 0(+)

 幸運 2(+)

 魅力 0(+)


 所有ポイント0




 以前よりもステータスが全体的に下がっており状態が改善された様子が見受けられない。

 あまりいい状況とは言えない。


「祖母ですが――、お医者様が……、祖母はあと数日が山場だと言っていました」


 山場か……。


「父親には伝えたのか?」


 俺の言葉に彼女は頭を左右に振る。


「お父さんは事業の失敗で――、体を壊してしまって……、別の病院に居るんです……」

「そうか……」


 母親は他界。

 父親は、事業の失敗で心労から倒れたということか。

 

「――あ、あの! 山岸さんには昼間に失礼な事を言ってしまって……、ごめんなさい」

「気にする必要はない。話を聞く限り追い詰められていたんだろう?」

「ありがとうございます。元々、クリスタルグループは、お母さんが作った会社なんです。そして、お母さんが亡くなったあとはお父さんが経営していたんですけど……、同業他社が増えてきたことで人材確保が難しくなって……、それで……」

「業務上過失を引き起こしたということか」

「……はい」

「それで、これからどうするつもりなんだ?」

「…………」


 無言ということは、コレからどうするかの目処がついていないということか。

 まぁ、マニュアルに沿って行動している分には、年の功は必要ない。

 

 ――だが、少しでもイレギュラーが起きれば、あとは人生経験が物を言う。

 

「わかりません。……もう、どうしたらいいのか分からないです。お父さんが、元気だった時は、何も苦労なんてしなかったのに……、でも――、お父さんが倒れて入院して――、意識が戻らなくて……、それでも! お母さんが残してくれた会社を何とかしたくて……、でも! どうしようも出来なくて……」


 どうやら一度に色々な事が起きたことで半ばパニックになっているようだな。

 さて――、どうしたものか。

 生憎、俺は――、こういう女が切羽詰まった時にどう対応していいかという経験がない。

 

 ――さすがに牛丼でも気分転換に食べにいくか? とは言えないからな。


 ……スキル「演武」に任せるか?

 いや――、藤堂の時のように問題になったら困る。

 ここは、まず相手を落ち着かせることが先決だろう。


「桂木。自動販売機に行ってくる」


 無理だ! 絶対に無理!

 泣いて取り乱している女を落ち着かせるとか、俺には難易度が高すぎる。

 相手からの了承も受けず、俺は病院内の廊下を歩き1階まで降りたあと、自動販売機に辿り着く。


「はぁ、参ったな……」


 正直、桂木は、俺を利用しようとした前科もあるわけだし、いい印象もない。

 なので、普段どおりどうでもいい相手として対応することにしていた訳だが……。


 自動販売機に千円を入れてボトル缶コーヒーを購入。

 そしてキャップを回して開けて一口飲みながら考える。


「父親が心労で倒れて、母親が死んでいた。そして――、母親が作った会社を守ろうとして、俺を利用しようとしたが……」


 たしかに……、やり方は最低であった。

 それは間違いない。

 だが――、それで相手を責められるのかと言えば――、難しい。

それに、まだ20代後半だと言っていたからな。


「困ったものだな」


 壁に背中を預けながら溜息をつく。

 そして、缶コーヒーを一気飲みしたあと、温かいお茶を二つ購入してから階段を上がり廊下の角を曲がるところで俺は足を止めた。


「おや? 貴方は、杵柄さんを連れてきてくれた……、山岸さんですか?」


 廊下の角で接触しかけたのは、以前に緊急で杵柄を連れてきた時に対応してくれた医師のようであった。

 あの時は、俺も慌てていたから、誰が誰だと認識していなかった。

それでも俺を覚えている辺り、流石は病院の医師と言ったところか。

  

「あの時は、お世話になりました」

「いえ、いいんですよ。人を救うのが我々、医師の仕事ですからね」


 躊躇なく即答してくる医師。


「そうですか……」

「そういえば――、山岸さん、杵柄さんの親類の方が来られていますよ?」

「はい、先ほど会ってきました」

「そうでしたか」


 何度か頷く医師――、名前が書かれている胸のプレートには轟(とどろき)と、書かれている。


「轟先生、杵柄さんのことですが数日が山場だと聞きましたが?」

「……それは、患者の家族から聞いたのですか?」

「はい。桂木 香さんから伺いました」

「そうですか……」


 轟医師は、神妙そうな表情で頷くと。


「実際の所、どうなんですか?」

「…………コレから話すことは内緒にして頂けますか?」

「構いませんが――」

「正直なところ、患者である杵柄さんはいつ容体が急変してもおかしくない状態なのです」

「それは、つまり……」

「はい」


 轟医師の言葉に、俺は深く溜息をつく。

 つまり、杵柄は何時死んでもおかしくない状態だということだ。

 

「そうですか……」

「……あの、患者の親類の方には内緒にしておいてください。一目で分かるほど、親類の方も衰弱しているようですから……」

「分かっています」


 言われなくても言わない。

 いまの追い詰められている桂木には、あまりにも酷な現実なのだから。

 

 ――それよりも問題なのが……。


「轟先生、杵柄さんを連れてきた人間だとしても――、どうして第三者の俺に話したんですか? それは不味いのでは……」


 俺の問いかけに――。

 轟医師が、ほんの僅かだが笑みを浮かべる。そして――。


「現代の英雄でありヒーロー、山岸直人」

「……また、それか――」


 思わず溜息が出そうになる。


「ふふっ、やはり誰からも言われますか?」

「そうですね」


 肩を竦めてしまう。

 別に、俺は英雄になりたい訳ではない。

 ヒーローになりたいわけでもない。


「それでも貴方は、警察官の凶弾から市民を守った。生身で――、自分の身がどうなるか分からない状況でも――、だからこそ日本国民は貴方を英雄視したんです。自分が出来ないことをしたから。英雄やヒーローは自分で望んでなれる物ではありません。大勢の名も知れない人から人々から思われることで――、求められることで英雄(ヒーロー)と呼ばれるようになるわけです。そして、そんな貴方だからこそ、教えたと言えば分かりますか?」

「…………俺は、英雄(ヒーロー)ではない。人を救ったのは、俺の意志(ポリシー)だからだ」

「はい。分かっています。やはり、貴方は私が思ったとおりの方でした。山岸さんは杵柄さんを助けようとした。人を助けるという行為は、とても尊いものだと思っています。だからこそ、私は貴方に話しました。本当は、病院に貴方が来たと聞いた時からずっと後ろを着いて観察していました」


 観察ってストーカーか……。

 思わず心の中で突っ込みを入れてしまうが――。


「何故?」

「貴方に話していいかどうか迷っていたからです。でも、貴方は憔悴している桂木香さんを気遣う様子を見せていました。だからこそ――」

「廊下の曲がり角で接触するようにして話しかけてきたということか……」

「はい。申しわけなく思っています」

「いや――。別に気にしない。むしろ誰かを救うというポリシー、信念があるだけマシだ」

「それで、俺に話したと言う事は……、どうにかして欲しいから話したんだろう?」

「山岸直人さんは、ポーションという物を知っていますか?」

「ええ、まあ……」

「持ち合わせなどは……」

「ないですね」

「そうですか……」

「そもそも、ポーションで杵柄さんの体は治せる物なんですか?」

「治療は出来ません。ですが! 時を稼ぐことができます。最下級のポーションでも数日は時間が稼げます」

「数日間、時を稼いでもどうにもならないのでは?」

「杵柄さんの病気は、心臓病ですが病名は虚血性心疾患と言います。治療には、冠動脈バイパス術を使うのですが、いまの杵柄さんの体力では手術に耐えられるだけの体力が……」

「なるほど……、つまり――、その手術に耐えられるだけの時を稼ぐ――、正確には体力を回復させるためにポーションが、どうしても必要だということですか?」

「はい、そうなります。山岸さんでしたらお持ちかと思ったのですが……、日本ダンジョン探索者協会の方とも動画では親しげに話していましたから……」

「申し訳ない。手持ちはない」

「そうですか……」

「ただ――、俺が、そのポーションを持ってくれば杵柄さんが助かる可能性がある――、そういうことでいいんですか?」

「――は、はい!」

「そうですか。それで、時間的猶予はどのくらいあるんですか?」

「それは、桂木香さんに伝えたとおり、数日です」

「ふむ……」


 スマートフォンで、日本ダンジョン探索者協会のホームページを開く。

 そしてチェックしていくが、どのオークションのポーションも締め切りまで一週間以上ある。

 とてもじゃないが間に合わない。

 お金を積んで購入してもいいが――、どうやら即決設定はないようだ。

 まったく……、融通が利かないな。



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