第53話 ダンジョン探索依頼(3)

 車が角を曲がったのを確認したあと、2階へ上がるためにアパートの階段に足をかける。


「山岸さん」

「江原さん?」


 声がした方へと視線を向ける。

 道路とアパートの境界に、江原(えはら) 萌絵(もえ)が立っていた。

 彼女は、両手に白い手提げ袋を下げている。


「江原さん、ちょうど良かった」

 

 江原の落ち着いた様子から鑑みて、彼女は自分の祖母が倒れたことを知らないことは容易に察することが出来た。

 おそらく俺が書いた手紙などは読んでいないのだろう。


「丁度良かった?」


 俺の言葉に、きょとんとする江原。

 さすがに、日本ダンジョン探索者協会でキャンペーンガールをしていただけはある。

 その表情は、とても愛らしい。


「何かあったんですか?」

「実は、江原さんの祖母である杵柄(きねづか) 妙子(たえこ)さんが、昨日の夜に倒れたんです」

「――え? 倒れた?」


 ――ん? あまり動揺が無い? 気のせいか?

 

「いまは集中治療室に居ると思いますので、案内します」

「――あ……、はい……」


 なんだ? いきなり落ち込んだように見えるが……。

 やはり祖母が倒れたことに対してのショックか?


「大丈夫か? 具合が悪いようなら……」

「――いえ、そうではなくて…………、あ、あの! 山岸さんに話さなければいけない事があります!」

「話さなければならないこと?」


 俺の言葉に彼女――、江原は神妙な顔で頷く。


「ここでは、あれですから私の部屋に来ていただけますか?」

「……分かった」


 数日ぶりに入った江原の部屋は、前に入った時には無かったヌイグルミなどが置かれている。

 やはり、女性はヌイグルミが好きなのか?

 男の俺には今一理解が出来ない。


「お茶を入れますね」


 彼女に勧められるままにコタツに足を入れる。

 そして、俺が見ている前で江原はケトルに電気を入れたあと、外のポストから手紙を持ってくると俺の手紙を見つけたようであった。


 江原は、ポストに入っていた手紙や書類のあて名書きを確認すると俺が座っている対面に座る。


「山岸さん、どうぞ」


 お茶のティーパックにお湯を注いだ湯呑を江原から受け取ると一口飲む。

 ティーパックのお茶の味がする。


 まぁ、いまはそれはどうでもいいだろう。


「それで話さなければいけない事とは?」

「それは――」


 江原は、俺の問いかけに戸惑いの表情を見せる。

 何か言い難いことなのか――。


「別に言いたくないなら言わなくてもいいですよ」


 俺は肩を竦めながら彼女に言葉を投げかける。

 これが佐々木相手なら、「言いたいことはさっさと言え!」とか、山根相手なら殴って「さっさと教えろ!」とお願いするところだが……、俺は基本的に社会人のマナーやルールやモラルは守るからな。

 

 相手が敵対してくるなら、徹底的に叩き潰すが――。

 スキル「大賢者」も「駆逐してやる!」みたいなことを言っていたからな。


「じ、じつは――」

「実は?」

「私と、杵柄さんは血が繋がっていないのです!」

「なるほど……。つまり養子縁組って奴か」


 今の日本では珍しいが無いわけではない。


「違います……、養子縁組でもないのです」

「ふむ?」


 どういうことだ? 事情が今一掴めないんだが……。


「私は、江原 萌絵は――、杵柄 妙子さんとは何の面識も親子の繋がりも何もないんです」

「――どういうこと……ですか?」


 頭の中は、クエスチョンマークだらけだ。


「以前に、貝塚ダンジョンで私はレムリア帝国の兵士に撃たれました。その恐怖を克服できなかった私は、日本ダンジョン探索者協会を辞めようと思ったのです。――でも……、脱退は許されませんでした」

「職業選択の自由があるんじゃないのか?」


 江原は頭を左右に振る。


「レベルが100近い人間を、国が――、日本ダンジョン探索者協会が脱退を許す訳がありません」

「――脱退は出来たんでしょう?」


 俺は、スキル「解析lv10」を発動。

 江原のステータスを確認する。




 ステータス 


 名前 江原(えはら) 萌絵(もえ)

 職業 無職 ※アパート管理人

 年齢 20歳

 身長 148センチ

 体重 49キログラム

 

 レベル91


 HP887/HP910

 MP910/MP910


 体力10(+)

 敏捷19(+)

 腕力12(+)

 魔力 0(+)

 幸運10(+)

 魅力37(+) 


 所有ポイント90




 日本ダンジョン探索者協会所属の文字はどこにもない。

 やはり脱退は出来ている。

 

「ある条件を――、提示されました。そして私は、その条件を承諾して、このメゾン杵柄に引っ越してきたのです」

「条件?」

「はい。山岸(やまぎし) 直人(なおと)さんに接近して情報を得ること――、そして……、陸上自衛隊に勧誘するということでした」

「なるほど……」


 俺はお茶を啜りながら小さく溜息をつく。

 メゾン杵柄を陸上自衛隊が購入したのは、山根から聞いていたがハニートラップまで仕掛けてきているとは……。


 まったく気がつかなかったな!

 

 まぁ、俺に向けて銃口を向けてくる連中だからな。

 何でもやりそうだ。


 むしろハニートラップをしてこない事に違和感すら覚えるくらいだ。


 それにしても――。

 色々と納得できた。

 なるほど……、それで杵柄さんが倒れた時も、顔色を変えたのは杵柄さんとの関係性が俺にバレると思ったからだろう。


 しかし、つくづく俺も舐められたものだ。

 

 一瞬、彼女が俺に好意を抱いているかも知れないと勘違いしたじゃないか。

 まぁ――、女はお金がかかるからな。

 事実を明かされずに、ずるずると(友好)有効関係を保っていた方が問題だったかもしれない。


「――さて」


 話も殆ど聞いた。

 

「山岸さん?」

「そろそろお暇させてもらいます。それと、メゾン杵柄の権利書は陸上自衛隊から俺に変わるので、あなたが管理人をする必要はなくなります」

「――え?」


 一瞬、何を言われたか分からない表情をする江原。


「陸上自衛隊の上層部とは話がついていると言ったんですが?」


 まぁ、彼女――、江原を一般人というか第三者として相手をしてきたが、彼女が陸上自衛隊と繋がっているのなら社会人として応対する必要はない。


「江原さんが、陸上自衛隊や日本ダンジョン探索者協会から、ハニートラップ要員として送り込まれたのは分かりました。それが、自らの意志でないことも――、そして……、そうしなければ日本ダンジョン探索者協会から脱退できなかったことも」

「は、ハニートラップ?」

「ええ、違うんですか? 俺には、そう聞こえましたが?」

「お、俺!? あ、あの……」


 乱雑な話し方に切り替えた俺に、驚いたのか口を開けたままの江原に思わず溜息が出てしまう。


「江原さんは、おそらくですが日本ダンジョン探索者協会もしくは陸上自衛隊から給料をもらっているはずですが?」

「…………はい」


 コクリと頷く江原。

 まぁ、これは俺の予想だったが、そのままで半ば当たり前のことでもあった。

 人間が暮らしていく上ではお金は絶対に必要だからな。 

  

「――で、でも!」

「何でしょうか?」

「ハニートラップなんかじゃないです!」

「なら、どういう意味で仕事を引き受けたんだ? ハニートラップを承諾してまで日本ダンジョン探索者協会を脱退したかった。そのために俺を騙した! それだけだろう?」

「――そ、それは! それは……」


 話にならんな。

 騙されていたという事実だけで、相当苛立つというのに……、言葉に詰まり、尚且つ! 何の説明もしないなぞ、正直なところ、話すだけ時間の無駄だというところだ。


「それでは――」


 俺は立ち上がる。

 聞きたいことは聞けた。

 もう江原には、用事はない。

 

「まってください!」

「いい加減、自らの保身のために俺を利用するのは止めてもらいたい。江原、お前は自分が同じ立場だったら、どう思うんだ?」

「…………」


 まったく――。

 またダンマリかよ。

 これだから女ってのは……。


「帰らせてもらう」


 これ以上、ここに居ても何の意味もないからな。

 玄関で靴を履き、ドアを開けると同時に、江原の泣き声が聞こえてきたがいい加減にしてほしい。

 騙されていたのは俺の方だ。


 それなのに泣くとか被害者面にも程がある。

 俺は、部屋の外に出るとドアを閉めた。


「まったく……」


 江原の家から出た俺は空を見上げて思わず溜息をつく。

 やけに寒いと思っていたら雪がチラホラと降り始めている。


 どうりで寒いわけだ。


「それにしても困ったものだな……」


 江原が、杵柄さんの孫だと思っていたから杵柄さんが倒れたことを親戚や家族に伝えられていない。

 どうしたものか……。

 

 ――そういえば……。


「神原なら分かるかも知れないな」


 以前に、杵柄の家の前で出会った老人の事を思い出す。

 彼は、――杵柄を心配していた。

 それに町内長なら、もしかしたら杵柄の親類縁者の電話番号を知っているかも知れない。

 

「乗りかかった船だからな」


 面倒だと思いながらも、千葉都市モノレール沿いの大通りに出てから商店街を歩く。


 しばらく歩くと、道路沿いに中華飯店の看板が目に入る。

 

「元祖! 中華飯店か……。ここで、いんだよな?」


 看板に書いてある文字を確認しながら、店内は良く見えないがドアを手で空ける。

 ドアはスライド式になっているが自動ドアではない。


「いらっしゃい! 御一人ですか?」

「はい。一人ですが――」


 老婦に勢いよく聞かれたこともあり、「あ、はい」と、言った感じで頷いてしまう。

 さらに席まで案内され水も用意されメニュー表まで渡される。

 杵柄の事を聞きにきただけなのに、気がつけば注文する前段階まで持っていかれるとは……、さすがはおばちゃんなだけはある。

 有無を言わさず客にしてしまうあたり歴戦の兵だと思ってしまう。

 まあ、以前に神原が何でも好きなだけ奢ると言っていたからな。

 好きなだけ頼ませてもらおう。


 丁度、今日は1日、お昼に牛丼しか食べていないからな。


「すいません!」

「決まりましたか?」

「ええ、まずはフカヒレと燕の巣の特上スープと北京ダックと上海蟹のチャーハンをお願いします」

「――!? フカヒレは少し時間がかかりますが……」

「かまいません!」


 どうせ、無料なのだ。

 待つくらい問題はない。


「わかりました。少々お待ちください」

「ふう……」


 俺は水を飲みながら店の中を見渡す。

 思ったよりも中華風ではない。

 何というかアジアンテイストな雰囲気で、赤ではなく緑を基調とした壁紙などが使われている。

 椅子に至っては、木製――、まるで居酒屋のような感じだ。

 まぁ、別に俺としては飯は美味ければ内装が拘っていようがどうでもいいが……。


 店内を見渡していると、すぐに料理人と思われる男が厨房から出てくる。


「おきゃくさ……、君は!?」

「お久しぶりです。食事に来ました。何でも無料で食べさせてくれると言ってくれたので」

「――え!? む、無料!?」


 神原が驚いたが、俺は何かおかしなことを言ったか?


「ええ、以前に――、今度! 良かったら――、私の中華料理店に食べてに来てくれ。一度も来たことがないだろう? 北京ダックでも、燕の巣でも、上海蟹でも、フカヒレでもドンとこいだ! と言っていましたよね?」

「いや、その言葉のどこに無料という言葉が……」


 こいつは何を言っているのだろうか?


「俺に借りが出来たイコール無料で奢るって意味じゃないんですか?」

「それは無理がありすぎるよ」

「そうですか……」


 なんだ無料じゃないのか。


 そしたらメニュー表に書いてある北京ダック3000円、フカヒレのスープ5000円、上海蟹のチャーハン2000円は食べられないな。

 さすがに一食で1万円は高すぎる。


「それじゃ、ラーメンの半チャーハンセットでお願いします」

「――分かったよ。そのくらいなら奢らせてもらおう」

「本当ですか!? なら! フカヒレのスープも!」

「それは無理だからね! それに、うちのような小さな中華飯店では事前予約しておいてもらわないと時間がかかるからね」

「そうなんですか……。でも、奢ってくれないんですよね?」

「ああ――。それは無理だね」

「ならいいです……」


 まじで想定外。

 約束くらい守ってほしかった。


 ああ、そういえば……、本来の目的を忘れるところだった。


「神原さん」

「どうしたんだね?」

「杵柄さんの親戚に、彼女が倒れたことを知らせたいんですが……」

「ああ、それか――。それなら私の方からもう連絡は入れてあるから大丈夫だよ。昼間は仕事があるらしいから、今日の夕方以降に見舞いにくるらしいよ。君にもお礼が言いたいから会いたいと言っていたよ」

「なるほど……」


 俺は店の壁に掛けられている時計を見る。


 ――時刻は19時。


 夕方以降なら、もしかしたら行けば会えるかも知れないな。

 片づけられる問題は、残しておくと面倒になる。


「神原さん、俺は病院に行ってきます。家族の方と引継ぎもとい話をして正式に彼女のこと――杵柄さんのことを頼んだ方がいいと思いますので」

「そうかい? 分かったよ。うちは21時まで営業しているから、またくるといいよ」


 神原の言葉に俺は頷く。

 すぐに席を立ち、店の外に出たあとスマートフォンを取り出し千城台交通へと電話をする。

 すると数度のコールのあと――。


「はい。千城台交通です」

「山岸直人と言います。大至急ハイヤーの用意をお願いできますか?」

「山岸様でございますね。大至急、車の手配を致します」

「それでは、元祖! 中華飯店まで車をお願いします」

「畏まりました」


 すぐに電話が切れる。

 そして5分後、クラウンが目の前に止まった。

 すぐに車に乗り込む。

 運転手は、以前に会ったことがある相原であった。


「山岸様、お待たせ致しました」

「いえ、無理を言ってしまい申し訳ありません」

「こちらこそ、それで、どちらまで?」

「千城台病院までお願いします」

「わかりました」


 10分もかからず車は千城台病院に到着する。


「少し時間が掛かるかもしれませんが待っていてください」

「わかりました」


 帰りの足を確保しつつ、病院の中に入る。

 向かう先は集中治療室。

 途中、数人の看護師に出会う。

 そしてナースステーション前を通り過ぎたあと、集中治療室へと足を踏み入れる。

 もちろん集中治療室の中に入ることは出来ない。


 ただ――、集中治療室の外に女性が一人立っており、窓ガラスごしに室内を覗き込んでいる様子が見えた。

 




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