第6話 ダンジョン講習会(3)
すると山根自衛官は、俺たちの後方に一瞬視線を向けた。
受講者の中で、探索者に興味がない俺は後ろをさりげなく確認するが、体育館から外へと通じる扉と映写機を扱っている自衛官がいるだけで何か変わった様子はないように思える。
「……ふむ」
「パンフレットの後ろから3ページ目をご覧ください」
山根自衛官は俺が前へと視線を戻したタイミングで語り掛けてきた。
どうやら、彼に目を付けられてしまったようだが……、別に構わないだろう。
41歳の中年が自衛隊に入れるわけでもないし、探索者にも興味はないからな。
今日は、あくまで佐々木の付き合いで来ただけに過ぎない。
接点が無いのだから最低限の節度ある対応だけしていればいいと考えていると山岸自衛官の後ろのスクリーンに画像が映し出される。
――なるほど……、どうやらスクリーンの切り替えができるかどうかを目で確認していたというところか?
少し詮索しすぎていたようだな。
「ダンジョン探索者の主な収入源はモンスターコアと呼ばれる物になります」
「モンスターコア?」
佐々木が疑問の声を呈するが、山根自衛官はそんな言葉に頷きながらスクリーンの文字列に指示棒を向ける。
「モンスターコアというのは、ダンジョン内で徘徊しているモンスターを動かしている核――、人間で表すところの心臓部といった物です。これはモンスターを倒すことで手に入れることができます」
「あの! いくらで買い取るとかは書いていませんが……」
「モンスターコアは、下層のモンスターほど良質な物を出すようになります」
スクリーンが切り替わる。
スクリーンにはいくつもの色合いの違う石が映し出されていた。
「一番品質が悪いものが、石炭のような色合いをしており1個100円となっています」
その言葉に佐々木が「安っ!」と、思わず声に出していた。
ちなみに俺も心の中で安いと思っていた。
そして、佐々木と俺が思っていたことは受講者も全員が思っていたようで誰もが困惑した表情を見せている。
そのうち講習参加者同士で「探索者って稼げるって聞いたのに!」などと勝手に話し始めた。
ざわめく体育館――。
その様子を見ながら俺は溜息をつく。
プレゼンの仕方がなっていないと。
「受講者の皆さん! 落ち着いてください!」
「山岸先輩、聞きました? モンスターコアが100円らしいっすよ」
一部だけを見て全体を想像するのはいいが、話は最後まで聞かなければ意味は為さない。
だが、問題は自衛官にもある。
プロジェクターを使って説明をするなら、料金表の一覧も作っておくべきだろうに。
木だけを見せて森を見せないから問題になるのだ。
「佐々木、山根さんは異なる石を指揮棒で指示していた。つまり、そういうことだ」
「どういうことですか?」
「――お前は馬鹿なのか? 別の色合いの石があるんだから買い取り価格が異なるって言っているんだ。そもそも簡単に稼げる仕事なんて世の中には存在しない。そんな甘言に乗る奴がいるから詐欺が無くならないんだ」
シーンと静まり返る体育館。
全員の視線が俺に向けられていた。
山根自衛官も固まってしまっている。
――仕方ない……、パンフレットは読み終えたことだし、それと早く帰りたいし助け船を出してやるか。
「少し発言をよろしいでしょうか?」
「は、はい」
「山根2等陸尉殿は――」
「山根で結構です」
「わかりました。山根さん、モンスターコアの買い取り価格の一覧表などがあればプロジェクターを通してスクリーンに投影していただけませんでしょうか? 口頭で説明するよりも視覚的に訴えた方が分かりやすいと思うので――」
俺の言葉に、山根自衛官は頷く。
すぐにプロジェクターを通して大きなスクリーンにモンスターコアの買い取り一覧が表示される。
黒 100円
赤色 500円
橙色 1000円
黄色 2000円
黄緑 5000円
緑 10000円
青 50000円
……なるほど……、色相環といったところか。
ただ、問題はダンジョンや魔物といったのは、元々は空想上の御伽噺だったはず。
それが地球の物理学の影響を受けているとは考えにくい。
――いや、すでに俺たちの世界に存在しているのだから空想上のモノではないな。
「買い取り価格は、このようになっています」
「探索初心者は一日でいくらくらい稼げるんですか!」
どうやら、価格一覧が提示されたことで受講者にも考えるという余力が生まれたようだ。
それにしても――、どうやら当初から思っていた問題。
2等陸尉は軍曹よりも階級が低いという可能性だが、信憑性を帯びてきたな。
――何故なら、俺の知っている軍曹なら「黙れ! ゴミ共! 貴様らは黙って俺の言うことだけを聞いておけ!」と、新人教育を軽やかに熟す熟練の教師だからだ。
それができないということは、まだまだ階級も低い新人といったところなのだろう。
まあ、一般の企業で20代後半なら精々チームリーダや係長補佐くらいだから仕方ないな。
俺は、山根自衛官の話を聞きながらも手に持っているパンフレットへ視線を落とす。
――いくつかの規約はある。
ダンジョン内での殺人・犯罪は日本国憲法にて裁かれるということ。
これは当たり前と言える。
……あとは――。
一つ、刃物を持ち歩くことを許されるのは成人のみだということ。
一つ、探索者登録をする際、精神病院での精神鑑定を受けていること。探索者となった後、月に一回精神鑑定を受けること。
一つ、持ち歩く刃物に関しては最寄りの陸上自衛隊駐屯地とダンジョン探索者協会での登録が必要。
一つ、前科のある者は探索者になることはできない。
一つ、外国籍の者は探索者になることができない。また、日本国籍を有していても日本語での意思疎通ができない者も不可とする。
一つ、ダンジョン内で死亡した場合は自己責任とする。
一つ、ダンジョン内で手に入れた物に関しては一度、ダンジョン探索者協会へ全てを提出し審査を受けること。
一つ、ダンジョン内で手に入れた物は、ダンジョン探索者協会のオークションで販売すること。無断で流通させた場合は、30年以下の懲役もしくは禁固または5億円以下の罰金刑に処する。
――5億円って……、またとんでもない価格だな。
それよりも外国籍だと探索者になれないというのは聞いたことがない。
意図的に排除しているのか? それとも、ダンジョンが出現してから5年の間に色々あったのか?
「それでは説明は以上となります。このあと探索者になることを希望される方は、今回の講習のためにカウンセラーの先生が来ていますので申し出てください」
どうやら、山根2等陸尉も説明が終わったようだな。
まぁ、パンフレットの中に書かれているのは、探索者になるにあたっての注意事項くらいなものだったからな。
あとはインターネットのサイトで確認してくださいと書いてあった。
きっと、あとで受講者たちは確認するのだろう。
人間というのは一度に全てを教えようとしても、一度で覚えられるほど賢くはできていない。
ノコモココールセンターでも、携帯電話の操作の仕方や規約などを一ヵ月かけて講習会で教えるのは一度に教えても身に付かずに忘れてしまうからだ。
パンフレットにネットを見て確認してくださいと書いてあるのも理に適っていると言える。
「山岸先輩」
「――どうした?」
「俺、カウンセリングを受けてきてもいいですか?」
「別に構わないが……」
「山岸先輩はどうしますか?」
「俺は帰る」
全員の視線が俺に向けられる。
だから俺は目立つのはあまり好きじゃないんだが……。
「山岸先輩も冒険者は稼げる職業だって聞いていましたよね? 青いモンスターコアを1個手に入れるだけで5万円ですよ! 5万円! 一日1個で5万円ということは……」
「30日出勤して月額150万と考えているのか?」
「はい!」
「そうか! 頑張れよ!」
俺は佐々木の肩に手を置くとパイプ椅子から立ち上がる。
「先輩、待っていてくれるんじゃ?」
「待つわけがないだろ。講習会は終わった。つまり、俺が付き合うことはもうないってことだ」
「ええー」
「ええー、じゃない。がんばれよ」
俺は社交辞令を言い体育館から出るとトイレを探す。
寒い体育館の中でずっと座っていたのだから、そろそろトイレに行きたい。
問題はトイレの場所が分からないことだな。
「失礼、山岸さんでよろしかったでしょうか?」
「はい」
後ろから話しかけてきたのは山根2等陸尉。
「先ほどは、ありがとうございました」
「いえ、お気になさらず」
ずいぶんと低姿勢な人だ。
普通なら、いくら助け船だったとしても司会ならば教える側の人間に一瞬とは言え会話の主導を握られたら嫌悪感を抱く。
「山岸さんは、探索者にはなられないのですか?」
「今日は後輩がどうしても付いてきてほしいと言っていたので、私自身は特に興味はありません」
「そうなのですか?」
「はい。それに危険が付きまとう仕事は私には向いていないと思いますので」
後輩や親しい中ならともかく相手は今日出会ったばかりの人間。
俺という言葉を使うのは好ましくはない。
これも社会人としてのTPOというやつだ。
「山岸さんなら優秀な探索者になられると思いましたので――」
どうして俺をそこまで買ってくれているのか分からないが、正直なところを言わせてもらえばさっさと帰りたい。
何が悲しくて寒空の中、男二人で会話をしないといけないのか。
「それは買い被りというモノです。それでは失礼いたします」
俺は無理やり、会話を切って自衛隊駐屯地を後にし帰路についた。
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