大掛かりな詐欺を仕掛けられたので騙されたふりをして悪人として生きようと思います。
安曇唯
手紙
35歳の正月明け。七草粥を食べるべき日。
部屋はオールフローリングなのにカーペットも買えない独身彼氏なし金なし女が寒すぎてサラダチキンを電子レンジでチンして食って寝て、翌朝。
郵便受けに届いていたのは、法律事務所の封筒。
ああついに、首が回らなくなってきたか、中身はどうせ取り立てだろうと絶望して一度は放置した封筒。
幸か不幸か今日は休みだ。洗濯も3回目に突入する頃になると、ふつふつと胸の底から怒りが湧いてくる。
どこまでも人を不幸にして楽しいかああ!? と神様だか運命だか人生だかそう言ったものに逆ギレして封を切って開けたら、出てきたのは二重封筒。
いかにも法律事務所らしい、公的文書っぽい体裁の紙の裏に静電気で張り付いてた封筒をペラりと剥がす。
なんだこれ?
表書きには嫌いな名前が様付けされているが、あろうことか手書きだ。そこそこ達筆。
封筒を横目にペラい紙に目を通す。
すると——
——……は?
産院で他の嬰児と入れ替わってしまったあなたの本当のご家族が、あなたに会いたがっています。私共の調べた結果、あなたが血の繋がったご息女だと判断しましたが、よろしければDNA鑑定をさせていただけませんか。同封したのは実のご両親からの手紙です。一読して判断していただき、可能ならば一度お会いできませんか。ご連絡お待ちしています。
……最近の詐欺は、手がこんでやがる。
逆に面白くなってきて、いそいそと封を切る。
今度出てきたのは便箋だ。
そこに表書きと同じ達筆が綴られている。
時候の挨拶から始まって、突然の連絡を詫びる文面がつづき、そして本題に入るそれは、きっと日本の正しい手紙の手順に則って書かれているのだろう。
残念なのは、小さい頃から書類の類を読み慣れているせいで、重要でない箇所は読み飛ばす癖がついている人間が送り先だったという点。
血液型に問題がなく、実の子だと疑いもしなかった娘が、病気にかかって精密検査を受けたら(移植とかそういうので一致しなかったってことだろう)実子ではなかった。
心当たりもあって(一瞬ひやっとしたぞおい)、それは産院で生まれたばかりの子を抱いたとき、右腕に黒子があったのに、連れ帰った子からは黒子が消えていた。なのでもし、あなたに黒子があるのなら、そしてもし望んでくれるのなら、会いたい。
そこまで読んで、「んなばかな」と声に出た。
なにせこちらは高校の生物の教科書で親との血縁を全否定された身の上だ。
走って帰って血縁について問いただせば、当時存命だった同居の母方の祖父は首を捻った。心当たりはないという。それもそのはず、うちの母親は書類関係がてんで苦手で、高校の受験願いは自分で書いた。その時必要だった戸籍謄本には、「養女」なんて記載はどこにもなかった。
しかし、仕事から帰って来た母親に、そう言えば黒子はなかった気がすると言われたのである。
そう、何を隠そう(いや普段は春夏秋冬いつでも長袖で隠しちゃいるが)右腕に特徴的な形状のでっかい黒子があるのだ。
手紙を掴んだまま、思わず逆手で右腕の黒子がある辺りをつかんだ。
血液型はともかく、右腕に黒子ってのは、詐欺の手が込みすぎて、たまたまヒットしたのか。どんな確率だ。
差出人の事務所の名前をネットで検索すると、ヒットした。所在地も電話番号も寸分の狂いなく一致。
これは相当大掛かりな詐欺なのか、本物なのか、どっちだろう?
っていうか、娘はどうなったんだ? ドナーは見つかったのか? そうか、DNA鑑定してもし実子なら、こっちの両親がその子のドナーになれるってことか!
だったら善は急げだ。詐欺の可能性もあるが、人でなしのあの両親がドナーになるかどうかはわからんが、そこは弁護士先生の腕の見せ所だろう。ともかく、人の命がかかってるなら、とりあえず連絡取ってみよう。
懸念は、所在地が遠いってことなんだよなぁ……交通費、前渡ししてくれないかな……
ドナー待ちしてるなら、時間が勿体無いと思って、電話をかけることにした。
幸い、今日自分は休日だが世間様は平日。法律事務所だって開いている。
いつも気分が落ち込んで追い詰められるのは夜中だが、幸い今日は昼日中だ。余裕で電話受付時間内だろう。追い詰められすぎて日中に開封したのが裏目に出た。
電話に出たのは女性だった。名乗って、手紙が来たことを伝える。
書類の右上に書かれている番号を伝えると、担当に変わるとかで保留に切り替わった。
しかし、電話はすごく苦手なのに、人の命がかかってるとなれば、電話をかけられるんだなぁと少し見直した。自画自賛。
保留が解除されてすぐ、名乗られた相手の名前を書類の名前と照らし合わせて確認する。大丈夫っぽい。
娘さんの病状について切り出すタイミングがわからず、ひたすら説明に相槌を打つのと、待ち合わせをメモするのとで終わった。
こちらに出て来てくれるらしい。遠いけど。
待ち合わせ場所にはファミレスを選んだ。
小洒落たカフェは1杯がアホみたいに高いし、そんなとこいけるか。
かと言って、このゴタついた部屋に招くのも気がひけるし、さらに言うなら、いくら住所がバレているとは言え、実際に詐欺師を部屋に招き入れるのは遠慮したいところだった。金なんてないのは部屋を見てもらえば一発でわかるだろうが、それでも散らかった部屋を見られるのは抵抗がある。なにせ立派な汚部屋だ。生ゴミの類はほとんどないが、子供の頃家族の好みでずっと髪をショートカットにされていた反動で、今は腰につくまで伸ばしている。抜け毛が半端ないからそれがどうにも目立つんだよなぁ……長くて。掃除機かければ良いって? ヘッドに絡むんだよ。ありえないほど。その絡んだ髪を始末するのがまた面倒なんだ。フローリングワイパーかければ良い? そうだね。正論だ。でもそれには部屋中に散らばってる書類と本をどこかへ移動させないとならない。そしてそんな気力がない。
子供の頃はくだらないプライドを守って、大事なことを蔑ろにする大人に腹を立てていたのに、今となっては自分がそうなっているのだから、悲しいような情けないような。
幼い自分が腹を立てていた大人も、外面の自分と内面の自分の齟齬をどうにかして隠したくて必死だったのかもしれない。
自分の仕事は平日休みが多い。だから待ち合わせ予約は取りやすかった。
直近の予約が取れたのは、弁護士も暇なのか、やっぱり人命がかかってるから最優先なのだろうか。
次の休みの日に会うことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます