非情口

エリー.ファー

非情口

 あの扉の向こうに何かがある。

 音は聞こえてくる。

 誰かの肉片も飛んできた。

 しかし。

 あの扉の向こうに何があるのかを私は知らない。

 そして。

 知った人間は皆、死んでしまった。

 ここに閉じ込められて、もう一年以上経過している。

 そろそろ外に出たいのだ。

 けれど。

 その扉を通るしかない。

 昔から、自分は弱虫な方であったと思う。心配性で中々行動に移せない人間であったと思う。それを直そうにもきっかけも特になかったのだ。

 そういう意味で言えば。

 今が正にそういう状況であるといえるのかもしれない。

 ここから少し自分の未来に期待ができるような、足の踏み出し方の一つや二つ、しても罰は当たらないだろう。

 けれど。

 あの扉の向こう側が分かる頃には。

 たぶん。

 というか。

 十割の確率で死ぬ。

 十割零分零厘の確立で死ぬ。

 何度だって、叫ぶことのできることだが。

 私は死にたくない。

 どんなことをしてでも生きていたいし、だから、この扉の向こう側を見ないというつまらない約束を守ることができている。


 非常口の向こう側に何があるかを知っている。

 しかし、それを語ることはできない。

 語ってはいけないと、そう言われているからだ。

 言いつけは守らねばならない。

 そうしなければ。

 私の居場所もなくなってしまう。

 それだけは勘弁だ。

 いずれ、誰かの元にこうして多くの問題がやって来て、一つの結論を置いていく。

 私はそれを解き明かすこともできずに、この場を去っていく。

 そうして。

 いつか誰かに聞かれるのを静かに待つことになる。


 非常口であるとか、非情口であるとか。

 もう、どちらであってもいいのだけれど。

 私はもう、決めていた。

 ここを閉じてしまうしかない。

 そう考えていた。

 自分の思う正しさに従えば、遅かれ早かれこのような結論にはなっていたのだろう。

 別に誰に許可をとる必要すらない。

 私はそういう意味では最早自由なのである。


 どうにか。

 本当にどうにかなってしまいそうな夏の日に。

 非情口を見つけた。

 最初は弟をその中に突き飛ばして、次におばあちゃんを突き飛ばして、最後にお父さんを突き飛ばした。

 お母さんはあたしが生まれた時にはもういなかったから。

 これで。

 あたしは一人になった。

 地球に一人になりたいと思っていたのに、あたしの家族以外の人たちの方が圧倒的に多くて、あたしの努力は無意味だったと思い知らされる。

 悲しいかな。

 本当に悲しいかな。

 あたしは自分の夢を叶えることはできない。

 お母さんはあたしによく似ているそうだ。

 いや。

 あたしがお母さんによく似ているのかもしれない。

 非情口のことはもう口に出すことはしない。

 誰にも教えないし、たぶん、教えたところで誰も信じてはくれない。

 あたしが何かを捨てるために見つけた世界の裏側の宝箱。

 嫌いなものばかり詰め込んだせいで、もうどこにもないばかりになってしまった。

 だから。

 あたしはもう非情口のことを忘れてしまおうと頑張っている。


 悪魔に話しかけた。

 夢を見ているような気分だった。

 魂を売ったかとかそういう話はどうでもいい。

 悪魔の魂を買ってやることにした。

 後悔させるとかしないとかではなく。

 振り回してやろうと思って首根っこを摑まえる。

 楽しいことがしたい。

 本日も晴天なり。

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