タイムラグ・チューニング短編集

黒川 禄

愛しい彼しか見えない占い師の話※BL要素があります

 彼に服を着せるのは思ってたより手間取った。大変なことは視えていたのだけど、やはり視えるのと実際体を使うことは違うらしい。

「ほら、ジャケット着ろよ」

「嫌よ!私が似合うわけないじゃない!」

「採寸に狂いはないんだから合うだろ」

「デザインの話よ!」

 どう言ってもごねるので力づくで押さえつけて着せる。力だけなら彼には及ばないが、それでも自信作の洋服を破きたくはないようでどうにか着せれた。

「ほら、サイズもいいし、よく似合ってる」

「私みたいな男が着れてどうするのよ!あなたのために作ったのに!」

 彼は大層ご立腹だった。彼が着ているのは深みのあるダークブラウンにドット柄の生地を基調に作ったゴシックドレスだ。そして着てる本人は百八十センチを超える男なのだ。しかしそう言われるとこっちも黙るのは癪に障る。

「俺だって男なんだけど。毎日着てて問題ないから大丈夫だって」

「あなたは可愛いから似合うのよ!」

 彼は顔を隠してしゃがみ込んだ。まあ彼の怒りは最もだ。本来なら俺のために作るつもりだった服を自分のサイズに作らされたのだから仕方ない。そしてそれを企てたのは紛れもない俺だ。

 昨晩彼は酷く疲れていたし、普段ならやらない失敗をする様子が視えたものだから、試しにサイズ表を俺の物から彼のものにすり替えてみたら本当に間違えた。この手の企てはほぼ間違いなく失敗するのに、珍しいこともあるものだ。

 驚いた彼とは一転、俺は一安心。彼に合わせたのなら着れないはずはない。作るくせに着せたがらない彼に、こうしてまんまと着せてやった。当人は似合わない恥ずかしいなんて言ってるが、俺から見れば十分似合っている。顔も体も整っているし、肉体の頑丈さの割に線が細く着痩せするのだ。あと必要なものが二つ、俺の手元にある。

「ほら、とりあえずこれ被れ」

 手早く彼の頭にネットを被せ、その上に彼と同じブロンドのウィッグを被せてやる。顔の骨格は中性的なので大丈夫だとは思うが、念の為ロングウィッグにしておいた。これで頬周りの骨格は隠せる。メイクは後でいいとして、もう一点。

「ほら、ガーターベルトとニーハイソックス。その服と色合わせといたから」

「……嬉しくないわ」

「いいから履け。あとメイクが残ってるんだ」

 俺が退かないことをもう理解してか、大人しくソックスを履く。そして俺の前に座った。

 全体を見ながらメイクをしていく。その間も彼の顔はどこか暗い。

「……普段私が着せるから怒ったの?」

「怒ってない。俺が好んであんたの服着てるの知ってるだろ」

「そうね。じゃあなんでこんなことするの?何をしたか思い出せないわ」

「俺があんたに着せたかったから」

 俺の答えに彼は驚いた顔をした。まあそうだろうな。

「あんたはこういう服好きなくせに自分で着ないから着せたかった。あんただって美人なんだから似合うはずだ」

 思ったことを隠しもせずそう言うと悲しそうに目を細めた。思ってることは想像はつくし視ることもできるが、俺は彼の言葉が聞きたい。

「……あなたは可愛いから似合うのよ。私じゃダメだわ」

 彼はそう言って俺の右頬に手を伸ばす。頬に蕾を膨らまている薔薇を愛おしそうに撫でられた。

「……私は、そういうのじゃないから」

 彼はそう言って顔を辛そうに歪める。困らせたかったわけじゃないし、こんな顔もして欲しかったわけじゃない。右頬にある彼の手に俺の手を重ねる。

「俺は、フォレストにも好きな服を着てほしい」

「……」

「いい服を作れるんだから、自分でも来て欲しい」

「……」

 しばらく黙った彼は大きくため息をついて顔を床に向けた。せっかくやったのに、ズレるから動かないで欲しい。

「可愛いレグをもっと可愛くするのが、私の楽しみなのよ。自分が着れなくても問題ないわ」

 彼はようやく声を出して、少し顔を上げた

「それじゃ俺の気が治まらないって、そろそろ気づけよ」

「気づいてるわよ」

 彼もようやく諦めがついたらしい。顔を上げると俺に手を伸ばした。

「メイク、上手くなったけどまだまだね。ブラシ貸して、あと鏡持ってきて」

 自分でセットする気になった彼に大人しくブラシを渡し、近くにあった手鏡を渡した。メイクをする彼は楽しそうだけどどこか複雑そうで。そのなんとも言えない表情がおかしかったけれど、今うっかり笑うとへそを曲げてしまうだろうから耐えていた。

「さて、こんな感じかしら」

 最後に唇へ筆を引いた彼は、それは美しかった。初めて見るものは女と信じて疑わないだろうし、彼を知るものでもすぐには気づけないだろう。

「フォレスト、きれい」

「……ふふ、ありがとう」

 俺の言葉に笑った彼は先程の複雑そうな感情も混ぜながら、それでもどこか嬉しそうだった。

「なあ、出かけよう?」

「やーよ、さすがに街は歩けないわ」

「海岸散歩くらいいいだろ」

 俺がムッとして返すと彼は困ったように笑う。いいと言われてないけども俺も支度を始めた。元々タンクトップにハーフパンツだったし、今から面倒な着替えやメイクをしている時間はない。そばにあった長袖シャツとスキニーパンツを手早く着て、右頬に大きなガーゼを貼る。薔薇が完全に隠れたことを鏡で確認して彼を振り返った。

「ほら、行こう」

「あら、今日はそっちなの?」

「美人の隣に並ぶのは色男なんだろ」

 彼にいつぞや言われた言葉をそのまま返してやると、驚いた顔をしたあとに嬉しそうに笑った。

「ふふ、そうだったわね。じゃあ、行きましょうか」

 彼は踵の低いブーツを履き、俺は少しだけ見栄を張って10センチ底があるブーツを履く。20センチ近い身長差をなかったことになんて思ってないが、これは意地だ。

「じゃあ、行きましょうか」

「ああ、エスコートするよ」

 彼の手を引いて裏口から外へ出る。振り返って見た表情は、とても嬉しそうだった。


end

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