第20話:交易都市シャンドラにて
「この店はどうなってるんだ!」
インビクト王国西部最大の交易都市シャンドラの大通りにある地元民に人気のレストラン、旅人の憩い亭にモブランの怒号が響いた。
「長い旅路の果てにようやくやってきた人間に出すものがないだと!」
「ですから、申し上げた通り今日は祝日ですのでお客様が予想以上にいらっしゃったおかげでもう食材がなくなってしまったのです。申し訳ありませんがどうかご了承ください」
「ふざけるな!客が来たら料理を出すのはこの店の責任だろう!なんとしても食材を用意するのだ!金なら払うといっているだろう!」
「お金の問題ではないのです。市場はもう閉まっているし、買える場所がもうないのです」
店主が汗を拭きながら平謝りに謝っている。
「もうよい、モブラン」
テーブルについていたアポロニオが立ち上がった。
「評判の店だというから来てみたのだが、とんだ期待外れだったようだな。行くぞ」
そう言って店の外に出ていく。
誰のせいだよ、モブランは聞こえないようにつぶやいた。
クブカ領を出て以来、いやそれ以前からだったが三人の力関係ははっきりと決まっていた。
アポロニオがトップでその下にいるのがサラ、そして一番下がモブランだ。
何かにつけて雑用を押し付けられるモブランのストレスは既に限界に達していた。
アポロニオはとにかく何もしようとせず、飛竜の一件からキャンプも嫌がって町に泊まりたがった。
そして旅館や料理屋は常に高い所に泊まろうとしていた。
その宿や料理の注文は全てモブランの仕事だ。
何よりむかつくのは事あるごとにテオフラスと比較される事だった。
テオフラスならこの位造作もなかった、テオフラスなら言われる前にやっていた、テオフラスなら、テオフラスなら……
その怒りが店員など更に立場の下の者に向けられるのだった。
こんな旅、抜けられるものならさっさと抜けてしまいたいが、よほどの事情がない限りその後の自分の立場が危うくなることは必至だ。
残念なことにモブランの体は健康そのもので病気になる様子もない。
なったところで自分の魔法でさっさと治せと言われるだけなのだが。
そんな事をぶつぶつと呟きつつ二人の後をついていると突然アポロニオが立ち止まり、モブランはその背中にまともにぶつかった。
鎧に鼻っ柱をぶつけ涙目になりながら抗議しようとしたが、アポロニオは驚愕の眼差しで一点を見つめている。
そこは武器屋の前だった。
そのショーウィンドウに飾られていたのは……盗まれたアポロニオの聖剣アルゾルトだった。
「おい、店主!」
ドアを打ち破らんばかりの勢いで店の中に入っていくアポロニオ。
「あの剣はどうやって手に入れた!あれは私のだ!」
「おいおい、あんちゃん。いきなり何の用だ?」
カウンターの奥にいたいかつい禿面の店主がアポロニオの気迫に気圧されながら尋ねた。
「あそこにある剣は我が聖剣アルゾルトだ!あれの正当所有権は私にある!今すぐ返してもらうぞ!」
「ふざけたこと言うんじゃねえよ。あれは俺が大枚はたいて仕入れたんだ。いちゃもんつけるんだけだったらさっさと
「ふざけてるのはどっちだ!」
「アポロニオ様、不味いですよ!」
血相を変えるアポロニオをモブランが必死でなだめる。
既に何の騒ぎだと通りの人々が集まってきている。
交易都市シャンドラで悪評が広まったらあっという間に王国中に伝わってしまう。
そんな事になったら名折れどころではない。
「……わかった。そちらの仕入れ額で買い取らせてくれ」
「何とぼけたこと言ってるんだ?お前さんがこの剣の正当な持ち主だっていう証拠がどこにあるんだよ?俺ぁ売値以外では売るつもりはねえからな」
「ぐっ…、な、ならば幾らだ。言い値で買ってやる」
アポロニオは額に血管を浮き上がらせながら必死に堪え、カウンターに財布を投げ出した。
金貨銀貨がカウンターに流れ出る。
それを見て店主の目がギラリと光った。
モブランは頭を抱えた。
この男に金を持たせたら駄目だ。
「そうさなあ……金貨七枚ってところだな」
「なっ……」
陸に上がった金魚のように口をパクパクさせるアポロニオ。
「ふざけるな!金貨七枚だと!暴利にもほどがあるぞ!」
「おいおい、値段を決めるのはこっちだぜ。こいつにゃあ結構な金を使ってるんだ。嫌なら
既にアポロニオ一行が幾ら持っていてその剣を喉から手が出るくらい欲しがっていることを知っている店主は取り付く島もない。
金貨七枚と言えば慎ましく暮らせば数年は暮らしていける額だ。
普通だったらあり得ない額なのだが、頭に血が上ったアポロニオにはそこに思い至る事ができなかった。
「まあ特別にあんたの顔を立てて金貨五枚で良いぜ」
店主はにやにやと笑いながら挑発してくる。
「クソッ、払えばいいんだろ!払えば!」
金貨をカウンターに叩き付け、アポロニオは聖剣アルゾルトをひったくるように持っていった。
モブランは目眩がした。
おそらく真っ当な交渉をしていれば銀貨五十枚も出せば買えただろう(それでも相当な値段なのだ)。
盛大なため息をつく。
せっかくクブカに貰った路銀があっという間になくなろうとしていた。
雑用を頼まれるたびにちまちま貯めていた自分のへそくりだけは絶対に奪われないようにしよう。
そう誓い、アポロニオの後をついていくモブランだった。
◆
「お代なんか結構ですからなんでも頼んでください!
ブレンドロットでも評判の料理屋、湖畔亭の店主オークのトンパラは満面の笑みをテオに向けた。
「ザンギアックを倒したあなたたちはこの町の英雄だ!英雄から金をとる事なんてできませんよ!今回は私の奢りだと思ってください!」
「うむ、良い心掛けである」
椅子に座ったルーシーが満足そうにうなずく。
テーブルには香草と一緒にオーブンで焼いた魚、鳥の丸焼き、香辛料でマリネした猪肉のステーキ、サラダ、パン、その他さまざまな料理が所狭しと並んでいる。
あれからまずは腹ごしらえだと領主の屋敷を出て湖畔亭にやってきたのだ。
「ではまず再会を祝って乾杯じゃ!」
ルーシーの声が湖畔亭に響いた。
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